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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
124/171

トロールの渓谷 二人の関係

 遺品と遺体は、回収できるものをすべて回収した。

 遺体のうち、損傷が激しくないものには保存魔法が施される。

 腐敗の進行を抑え、グラン=テルムへ戻るまで保たせるための処置だ。

 その魔法を扱えるのは、この共同討伐部隊の責任者であるギルド職員である彼、ワキトのみ。 

 だが、被害はあまりにも多すぎた。

 

 ワキトは三日三晩、休む間もなく魔法を使い続け、血を吐きながら遺体を運び続ける。ひとつひとつ、丁重に、無言の作業が延々と続いた。

 

「……これで最後になります」

 

 ソルフィーユが丁重に告げる。

 

「聖女様……ありがとうございます。あなたがいなければ、私……色んな意味で死んでいました……」

 

 ワキトは力なく笑う。冗談のようで、冗談ではない言葉だった。

 その顔は青白く、目の下には深い隈が刻まれていた。

 

 ソルフィーユは頷く。

 損壊を最小限に留めた遺体を、丁寧に引き渡す。

 ワキトはそれを受け取り、慎重に馬車へと運んでいく。

 彼はまだ二十代で、ギルドに入って間もない新人だという。

 今回の遠征が初任務だったらしい。

 ――これほど過酷な現場になるとは、想像もしていなかっただろう。


「ギルド本部へ提出する資料の作成まで手伝っていただき、本当に感謝しています。私一人では……正直、荷が重すぎました」


 ワキトが深く頭を下げる。

  

「事務仕事は得意ですので、お気になさらず」

 

 ソルフィーユは丁重に答えると、ワキトは力なく笑ったような気がした。

 

「それでは、明朝に出発いたしますので、陣を引き払います」

 

 ワキトはすぐに踵を返し、冒険者たちへ指示を飛ばし始める。

 重い荷はすべて馬車へ。

 明朝、即座に出発できるよう準備が進められていく。

 慌ただしさの中に、どこか疲れきった空気が混じっていた。

 

 ソルフィーユも月下の牙の馬車へ戻る。

 すると、ライナーが地面を見つめたまま座り込んでいた。

 動かない。ただ、じっと、喪失感のような背中が寂しく見える。

 

「どうかしたのですか?」

 

 近くにいたバロックへ声をかける。

 バロックは一瞬だけライナーを見やり、ソルフィーユを少し離れた場所へと誘った。

 

「実はの……」

 

 低く声を落とし、事情を語りだした。

 

「この共同討伐任務が終わったら、セレナにプロポーズするつもりだったんじゃ」

 

「え?」

 

 思わず声が漏れる。

 慌てて口を押さえた。

 友人以上の関係だとは思っていたが――そこまでとは知らなかった。

 ソルフィーユは黙って耳を傾ける。

 

「指輪を、どこかで落としたらしくての。それで、ああして塞ぎ込んどるんじゃ」


 バロックは小さく息を吐いた。

 

 ペルジーオの町で見つけた品だという。

 細工も見事で、嵌め込まれた宝石は精霊石で高純度。

 ライナーはそれを一目で気に入り、その場で購入したらしい。


「それって、緑色の宝石が嵌ってましたか?」


 ソルフィーユが具体的に尋ねる。


「ワシは見とらんから分からん。ただ……綺麗な細工がしてあるとは聞いとる」


 バロックが腕を組んだまま答えたのを見ると、ソルフィーユは、袖の内から小さな箱を取り出した。


 土で汚れた指輪のケース。

 あの渓谷、肉の壁が崩れた跡地で拾ったもので、誰かの遺品だと思っていたが――


「聖女よ……まさかそれは」


「脱出した後に拾ったものです」


 ソルフィーユは頷く。


「もしこれが、ライナーの探していたものなら……返してあげるべきでしょう」


 そう言って、ライナーの正面に立つ。

 地面を見つめたまま、動かない背中。


「月下の牙のリーダーたる人が、くよくよしていては示しがつきませんよ」


 その言葉に、ライナーの肩がわずかに揺れた。


「……放っといてくれよ」


 力の無い弱い声。

 

「そうはいきません」


 ソルフィーユは一歩も引かない。


「貴方に渡したい物があります」


 しばらくの沈黙のあと。

 ライナーがゆっくりと顔を上げた。

 目の下には濃い隈。

 連日の調査とトロールの残党狩りで、疲労は限界に近い。


「これをどうぞ」


 ソルフィーユが掌を開く。

 そこにあったのは、小さな黒い箱。

 土に汚れ、くすんでいる。


 だが――


 それを見た瞬間。

 ライナーの目に、はっきりと光が戻った。


「お、おい……これ……!」


 思わず身を乗り出す。

 ソルフィーユは静かに続けた。


「まずは中身を確認してください。もし違うのであれば、遺品としてギルドに預けなければなりません」


 ライナーは、わずかに震える手で黒い箱を開けた。

 中に収められていたのは、銀色に輝く指輪。

 精緻な細工が施され、中央には大きな緑の宝石が嵌め込まれている。

 

「これだ……!」

 

 思わずごくりと、息を呑む。

 

「無くしたかと思ってた……!」

 

 ばっと表情を変えたライナーが顔を上げる。

 

「ソルフィーユ様、ありがとう! 本当に……感謝しきれねぇ!」

 

 何度も頭を下げるライナー。

 ソルフィーユはその肩に、そっと手を置いた。

 

「ライナー」

 

 静かに声をかける。

 

「話は聞いております。貴方には――伝えなければならない相手がいるのでしょう?」

 

 間を置いて言葉を紡ぐ。

 

「時間はあるのですか? 明日の明朝には、ここを出立します」

 

 その言葉に、ライナーの表情がはっと変わる。

 

「そうだ……!」

 

 勢いよく立ち上がった。

 

「こんなとこで立ち止まってる場合じゃねぇ! すまん! 続きはまた後でだ!」

 

 慌てて駆け出したライナーは、足元の道具を蹴散らしながら、あっという間に走り去っていった。

 その背中を見送り、バロックが苦笑する。

 

「まったく、騒がしい奴よのう」

 

「仕事が増えましたね」

 

 ソルフィーユも小さく息を吐く。

 

「片付けて、明日に備えましょう」

 

 ▽

 

 翌朝。

 まだ日が昇りきらない時間。

 バーバリアンホース二頭が引く馬車が、グラン=テルムへ向けて動き出した。

 

 御者台には、ライナーとセレナ。

 いつもなら賑やかな二人だが――

 今日は妙に静かだった。

 

「……なぁなぁ」

 

 干し肉を齧りながら、ガルドが呟く。

 

「あの二人、朝からなんかおかしくねぇか?」

 

 ガルドは隣のリュミエルへ視線を向ける。

 リュミエルも同じ違和感を覚えていた。

 だが――あえて、何も聞かなかった。


「ソルフィーユ様は、ご存知で?」

 

 リュミエルが視線を向ける。

 少し探るような声音に、ソルフィーユはわずかに間を置く。

 ここは――事実だけを述べるのが適切だ。

 

「どうして二人が静かなのかは、知りません」

 

 簡潔に答える。

 

「なんか隠してんのか?」


「隠している訳ではありませんよ」

 

 ガルドが眉をひそめるが、ソルフィーユは首を横に振る。

 

「ただ、今日の様子については知らない――それだけです」

 

 ガルドは小さく鼻を鳴らした。

 

「……ってことは」

 

 少しだけ口元を歪めながら「こうなる前のことは知ってるが、その後は知らねぇ、ってことか」と言うが、ソルフィーユは何も答えない。

 

 それで十分だった。

 二人の関係に、野暮な詮索は必要ない。

 仲間ではあるが、踏み込むべきでない領域もある。

 本人たちが語るまで待つべきだし、その沈黙もまた、パーティーの形だと、ソルフィーユは感じていた。

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