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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
122/164

トロールの渓谷 突入

 ――トロールの追撃を退け、月下の牙が渓谷を抜けると、ギルド職員が陣を構えている場所へ辿り着く。

 

「はぁ……はぁ……大変なことが起きた!」

 

 ライナーは息を切らしながら陣の前へ駆け込んだ。

 そこには、退屈そうに待機していたギルド職員と、護衛の冒険者が数名いる。

 

「どうかしましたか?」

 

 気の抜けた声で問い返される。

 

「どうかしましたか、じゃない!」

 

 ライナーは思わず声を荒げた。

 

「トロールの群れに待ち伏せされた! 渓谷に降りた大半の冒険者たちがやられた!」

 

 その一言で空気が変わる。

 ギルド職員が、がたりと椅子を蹴って立ち上がった。

 

「生き残りは!?」

 

「俺たちと行動していた聖女様たちが、なんとか抑えている」

 

 ライナーは荒い呼吸のまま続ける。

 

「救助のため、すぐに手を貸してほしい」

 

「……周囲を探索させている冒険者を呼び戻せ!」


 職員は一瞬だけ考え込み、すぐに指示を飛ばした。

 

「了解であります!」

 

 側にいた冒険者が敬礼し、陣から飛び出していく。

 緊急の伝令が、森へと駆け出した。


 すぐに、陣の外から叫び声が上がった。

 ライナーたちは反射的に外へ飛び出すと、空が血のように染まっていた。

 

 そして、黒い塊がゆっくりと渓谷の上に現れていた。

 

「……なんなんだ、あれは?」

 

 ライナーは唖然とした表情を浮かべながら呟く。

 

「森が……泣いているわ……」

 

「あんな物、見たことがないぞい」

 

 セレナの震える声が続き、バロックが顔を歪める。 

 そして、ガルドはただ渓谷の方角を睨みつけた。

 

「ソル……リュミ……無事でいてくれよ!」

 

 月下の牙の面々は、上空に現れた異形を見上げていた。

 理由の分からない恐怖が、体の奥から湧き上がる。

 膝が震え、喉が乾く。

 視線を外したいのに、目が離せない。

 

 やがて、黒い塊がゆっくりと形を変えた。

 それは、巨大な眼球へと姿を変え、何かを探しているようだ。

 

 渓谷の底を覗き込むように、空中で静止しすると、周囲の森から一斉に色が失われる。

 葉は黒く縮れ、草は枯れ、木々は軋みながら朽ちていく。

 

 腐臭が風に乗って広がり、深い森は瞬く間に死んだ大地へ変わっていく。

 

 まるで、この世界にある生命すべてが、あの眼球に吸い取られているかのようだった。


「おまいニャたちは行かないのかニャ?」

 

 背後から、聞き覚えのある声が飛んできた。

 ガルドが振り向くと、そこに立っていたのは――ナナイだった。

 

 その姿を見た瞬間、ガルドの眉間に深い皺が刻まれる。

 

「この状況で、どうしろってんだよ!」

 

 空は赤く染まり、渓谷の上には巨大な眼球。

 もはや戦場ですらない。天変地異だ。

 

「時間がないニャ」

 

 ナナイは淡々と言った。

 

「決断するニャら、早いほうがいいニャ」

 

 ガルドが視線を渓谷へ向けると、新たな変化が起きていた。

 赤黒く蠢く肉の塊が、渓谷を囲むように現れていたのだ。

 血の匂いを放ちながら、じわじわと空間を塞いでいく。

 

「ガルド」

 

 ナナイの呼ぶ声が、ガルドに届く。

 

「獣王傭兵団にいた頃を思い出すニャ。選ばニャきゃいけニャい時に――選ばニャかった」

 

 ナナイは続ける。

 

「そのせいで、手遅れにニャったことを」

 

 ガルドの拳が、ぎり、と音を立てる。

 掌に血が滲むほど強く握り締めていた。

 

「あんな化物……」

 

 絞り出すような声。

 

「あんなの、俺一人でどうこうできる訳がねぇ」


「ガルドは、アタイと違って一人じゃニャいニャ」

 

 剣一本で、この天変地異を止められるはずがない。

 だが、ナナイはあっさりと言うと、ガルドを指さす。

 

「できるできニャいじゃニャい。仲間の力を借りて、あのキモいのに穴を開けるニャ」

 

 背後の気配にガルドは振り向くと、そこには月下の牙の面々が立っていた。

 

 誰も言葉を発しない。

 だが、その視線はすべてガルドへ向けられている。

 その時、ガルドはようやく気づいた。

 自分がどれほど優柔不断だったのか。

 それでも――

 仲間は、まだ自分を信じていることを。

 

 ガルドは深く息を吸う。

 そして頭を下げた。

 

「みんな頼む」

 

 ガルドにしては弱々しい声だった。

 

「ソルとリュミを助けたい。力を貸してくれないか?」

 

「別に頼まれなくても護衛対象だ」

 

 ライナーがガルド肩を抱き、顔を上げさせる。

 

「行こうぜ、ガルド!」

 

「ワシの精霊結晶なら、大技一発が限度じゃ。ミスは許されんぞ」

 

「私の精霊結晶、高かったんだからね! 今度ちゃんと弁償してよね!」

 

「お前ら……」

 

 ガルドの胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。

 背中に担いでいた片刃の大剣を抜き放つと、刃が赤い空を映す。

 そして、ガルドは剣を高く掲げた。

 

「よし!」

 

 口元に笑みが浮かぶ。

 

「あの気持ち悪りぃ塊に――風穴を開けるぜ!」

 

「「おう!」」



 ――月下の牙たちは、肉の壁の目前まで進んだ。

 

 空気が重い。一度息を吸っただけで、肺の奥が焼けるように痛む。 

 視界が霞む。この瘴気の中では長くは戦えない。

 

「精霊よ、浄化の領域を展開せよ――『鈴蘭の庭園』」

 

 セレナの耳元でピアスが淡く輝いた。

 次の瞬間、風が渦を巻く。

 精霊たちが舞い、月下の牙の周囲に花の空間を生み出した。

 

 白い鈴蘭が風に揺れる。

 さっきまで濃厚だった腐臭が嘘のように消え、代わりに甘く清らかな花の香りが満ちる。

 胸を締め付けていた痛みも、すっと引いていった。

 

「長くは保たないわ。ライナー、バロック、ガルド。頼んだわよ」

 

 三人は無言で頷いた。

 次の瞬間。

 ライナーの全身が、うっすらと光を帯びる。

 

「久しぶりに披露するな」

 

 剣を構える。

 

「――我流だが、聖騎士の剣術も取り入れた技を、今!」

 

 全身の魔力を、一点に圧縮する。

 器に残された魔力を限界まで絞り出す。

 

「『我流聖式・豪断剣!』」

 

 身体強化。

 だが、それは単純な強化ではない。

 筋肉、骨、神経、それらをすべてを同時に高める。

 そして、脳すら強化される。

 

 世界の動きが遅く見える。

 肉の壁の脆い部分、弱点が、輪郭を持って浮かび上がる。

 

 これは、一日一度。

 余力をぎりぎり残して放つ、ライナーの切り札だった。


 放たれた一撃が、肉の壁に叩き込まれる。

 

 ――ギィィィンッ!!

 

 耳を引き裂くような音が、辺りにに響き渡った。

 

 一瞬の斬撃。

 だが、その刃には数分間にわたる全力が叩き込まれていた。

 凝縮された力が爆ぜると肉の壁が歪む。

 

 そして、巨大な亀裂が走った。

 

「――後は、頼んだ……ぞ」

 

 ライナーの膝が崩れる。

 力尽きた体が前のめりに倒れた。

 その背を追い越すように、バロックが前へ出る。

 

「土の精霊よ!」

 

 戦鎚振り上げ、叫ぶ。

 

「大穴を開けるのじゃ! 『大採掘・轟鉄大回転だいさいくつ・ごうてつだいかいてん』!」

 

 次の瞬間。

 地面がぐらりと沈んだ。

 周囲の土が崩れ、地中から微量の金属が引き寄せられる。

 

 砂鉄のような粒子が集まり、渦を巻き、やがて、巨大な鏃の形を作り上げた。

 その塊が、唸りを上げて回転を始め、さらに回転は加速する。

 空気を裂き、暴風が巻き起こる。

 

「ゆけっ!」

 

 バロックの号令と同時に、鉄の塊が射出された。

 高速回転のまま、肉の壁へ突き刺さる。

 衝突の瞬間、摩擦熱で鉄が真っ赤に焼けた。

 

 そして――、轟音と共に、肉の壁を貫いた。


「ニャハハハ! 一番乗りだニャ!」

 

 ナナイが高らかに笑う。

 いつの間にか、月下の牙の馬車からバーバリアンホースを二頭、勝手に拝借していた。

 その光景を見たガルドの顔が引きつる。

 

「てめぇ! 何勝手なことをしやがる!」

 

 怒鳴り声が飛ぶ。

 

「また無茶苦茶にする気か!?」

 

「ガルドは行動が遅いニャ」

 

 ガルドの怒もどこ吹く風。

 ナナイは肩をすくめる。

 

「穴が開いたなら、さっさと入るのが筋ニャ」

 

 そう言うや否や、二頭のバーバリアンホースを引き連れ、肉壁に開いた穴へと向かう。

 

「おい、待て!」

 

 ガルドが慌てて駆け出す。

 

「勝手はさせねぇ!」

 

 空いていたバーバリアンホースへ飛び乗ると、突然の騎乗に、バーバリアンホースが高く嘶いた。

 

「ヒヒィィィン!」

 

 だが、バーバリアンホースは力強く地面を蹴る。

 まるで「遅いぞ」と言わんばかりだった。

 ガルドは手綱を握り締める。

 

「待ってろよ……」

 

 視線は肉壁の奥、さらにその先の渓谷の奥へ。

 

「ソル、リュミ!」

 

 バーバリアンホースが土煙を上げ、裂け目へと突っ込んだ。

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