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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
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トロールの渓谷 未知の毒

 ――リュミエルが鎧トロールと激しく斬り結んでいる頃。


 ソルフィーユは別の異様な存在と向き合っていた。

 毛むくじゃらの、丸い塊。

 最初は魔物の複合体か何かかと思ったが――よく見ると違う。


 顔の造りは、確かにトロール。

 ただし体格が明らかに小さい。

 大きいとはいえ、他のトロールの半分ほどしかない。


 それでも、その目だけは妙に生き生きとしていた。


「ギャッギャッギャッ。オマエ、綺麗ダナ」


 ソルフィーユの眉が、ぴくりと動く。


 ――喋った。


 魔物が人の言葉を話す。

 それだけでも驚くべきことだが。


 よりによって、トロールに『綺麗』と言われるとは思っていなかった。


 ほんの僅かに動揺が走る。


「言葉が分かるのですか?」


 ソルフィーユが静かに問う。


「ワカル? ワカルワカル。ギャッギャッギャッ」


 毛玉のようなトロールは、とぼけた調子で答え、そして、腹を抱えるように笑い出した。


 ケタケタと無邪気に。


 他のトロールとは明らかに違う。

 あの、むき出しの殺意がない。


 どちらかと言えば――


 子供に近い奇妙な無邪気さだった。


「オマエノ中ノ石、チョウダイ」


 その一言で――毛玉トロールから、粘つくような殺気が溢れ出す。

 それは鋭い刃のような殺気ではない。

 もっと重く、深い。

 底なし沼に足を踏み入れたときのように、ゆっくりと身体を沈めていく圧。


 絡みつく気配。

 息が詰まる。


 動けば、そのまま沈められそうな感覚だった。


 先ほどまで無邪気に見えた瞳。

 今ではその奥が、暗く濁っている。


 底知れない狂気が、静かに揺れていた。


「……そうですね」


 ソルフィーユは小さく息を吐いた。


「貴方はトロール」


 ほんのわずかな期待が胸の奥で消える。

 言葉が通じるなら、もしかすると意思疎通ができるかもしれない。


 そんな淡い希望。

 だが、目の前にいるのは魔物だ。


「別に、気にする必要もありませんでした」


 人間を家畜か何かのように見ている存在。

 ならば最初から、相容れるはずなどなかった。


 毛玉トロールの体が、わずかに震えた瞬間――何かが飛んできた。


 何かは分からない。

 だが、ソルフィーユの直感が危険を告げると、体が先に動いた。


 身をひねり、軌道から外れる。


「ギャッ?」


 背後で異様な音がした。


 振り向くと、そこにいたトロールが口から血を吐いている。


 そして、体が溶けていく。


 皮膚が崩れ、肉が崩壊し、どろどろと地面へ流れ落ちていく。


「……毒?」


 ソルフィーユは思わず口から零れた。


 なるほど、と理解する。

 この群れには、武器を使うトロールがいる。

 ならば、毒を使う個体がいても不思議ではない。

 だが、毒針を飛ばすタイプは厄介だ。


 考えた瞬間、また小さな音がした。

 空気を裂く、ごく微かな音。


 飛翔物。


 ソルフィーユは横へ走る。

 だが、回避先にも毒針が飛んできた。


 ソルフィーユはナイフを咄嗟に振るうとカン、と甲高い音と共に細い針が弾かれ、地面に落ちる。


 毒針に視線を落とす。

 闇の中で、細く、光を反射しにくい針だ。

 

 渓谷の底は暗い。

 太陽の光は届かない。 


 無邪気に笑う毛玉トロール。

 見た目に反し、かなり厄介な相手だ。


 「ギャウ!」


 棍棒を振りかざしたトロールが、側面から突進してくる。


 振り下ろされた棍棒を、ソルフィーユは半歩だけ身をずらして躱した。

 そのまま滑り込むようにトロールの影へ入り込む。


「ギャッ!?」


 直後、トロールの体がびくりと跳ねた。


 目、鼻、口――。

 穴という穴から血が噴き出す。

 筋肉が崩れ肉がどろりと溶け落ちると、骨格だけを残し巨体は崩れた。

 

 ソルフィーユはその影から離れず、群れの奥へ潜り込む。


 すると――


「ギャ!?」

「グォッ……!」


 次々とトロールの体が痙攣し、崩れ落ちた。

 血と腐肉が地面に広がっていく。


 ソルフィーユは視線だけを背後へ向ける。


(あの毛玉トロールに、迂闊に近づくのは危険……か)


 ソルフィーユはトロールの群れの中を駆け抜けた。

 小柄な体を活かし、巨体の隙間をすり抜ける。


 そのたびに、かすかな音が走る。


「ギャッ!?」


 背後のトロールが血を噴き、崩れ落ちた。

 毒針だ。


 放たれた針はソルフィーユを狙う。

 だが、巨体の影に紛れた彼女の代わりに、流れ弾が仲間のトロールたちを貫いていく。


 ソルフィーユは走りながら、毛玉トロールを観察した。


 毒針を放つ挙動は極めて小さい。

 反動もない。


 ……針じゃない。

 あれは、おそらく――毛だ。


 針のように見えたものは、硬化した体毛。

 それを射出している。


 では、毒はどこから来る。


 毛そのものに毒があるのか。

 あるいは、体内の毒液に浸しているのか。


 判断するには、情報が足りない。


「……一度、近づいて確かめる必要があるか」


 危険なのは分かっている。

 だが、敵を知らなければ殺せない。


 ソルフィーユは進路を変え、毛玉トロールへと踏み込んだ。


 直線で駆ける。


 真正面から毒針が飛来した。

 ソルフィーユはナイフを振り、火花を散らして弾く。


 止まらない。


 狙いを絞らせないよう、足取りを崩す。

 ジグザグに踏み込みながら、毛玉トロールとの距離を削っていく。


 あと三歩、踏み込めばナイフが届く。


 このまま首を刈り取れる――

 そう判断した瞬間だった。


 毛玉トロールの体毛がぬるりと動いた。


「チッ!」


 脳裏で警報が鳴り響く。


 まずい。

 間に合わない。


 次の瞬間、毛玉トロールの全身の毛が外へ向かって突き出した。


 一本一本が、真っ直ぐに。

 まるで外敵を拒む棘の壁。

 全方向に向けて、瞬時に展開する防壁だった。


 咄嗟に後方へ跳ね除ける。

 コンマ数ミリ、毛の針がソルフィーユの静黒聖衣に触れそうになる。

 しかし、毛玉トロールは手を伸ばし、腕から毛を剣のように突き出す。


 ソルフィーユの頬を掠めた。


 皮膚が熱を持ち、瞬時に筋肉、血管、神経を通して毒が全身に回る感覚。

 痛みが思考を停止させる。


 ソルフィーユの全身から血が噴き出し、顔半分が崩れ落ちる。


 だが、ソルフィーユの体が一瞬光る。

 すると、どうだろうか、トロールですら一瞬で液状化した毒が、幻覚のように元の顔の形に戻ったのだ。


 その姿を見て毛玉トロールは動きが止まる。

 理解出来なかった、何故、目の前の人間は溶けたのに元に戻ったのか。

 

 目を見開いて驚く毛玉トロールの視線の先でソルフィーユは口を開く。


「たんぱく質を分解する特殊な毒のようだ。実に興味深い」


 毛の針の隙間を掻い潜り、突き出されたナイフが毛玉トロールの眉間を貫いた。


「ア゙ッ……?」

 

 毛玉トロールの目が白目を剥く。

 巨体はそのまま力を失い、後方へ倒れ込んだ。

 針のように硬直していた体毛も、ぱらぱらと力なく地面へ落ちる。

 

「ふう……正直、死にかけました」

 

 小さく息を吐く。

 

 未知の敵。

 未知の毒。

 

 サイファにとって、そうした相手と対峙する時は本来、慎重に観察しながら手を打つものだ。

 

 だが今回は違った。

 トロールの群れに時間を与えるわけにはいかなかった。

 

 だからこその強引な突破。

 結果として――

 

「……正面突破は、さすがに無茶でしたね」


 苦肉の策とはいえ、あまり褒められた判断ではない。

 

「次からは気をつけましょう」

 

 サイファ自身は、怪我を厭わない。

 だが――

 ソルフィーユの体を傷つけるとなると、どうにも気が引ける。

 

 もう少し、慎重に。

 そう心の中で結論を出し、気持ちを切り替えたとき、トロールの群の奥、大型トロールが渓谷全体に響き渡る咆哮を上げた。


 皮膚をビリビリと刺激する咆哮は、大型トロールの苛立ちが手に取ってわかる。


 視線をリュミエルへ移すと、真っ直ぐとトロールを蹴散らしながら、大型トロールに向かって突き進んでいた。


「さて、追い越される前に、親玉を狩りに行きましょうか」


 

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