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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
118/159

トロールの渓谷 二匹のトロール

 数は暴力だ。


 圧倒的な数で押し潰せば、戦いは短期で終わることもある。

 近代兵器など存在しないこの世界では、なおさらだ。

 数で囲み、押し込み、潰す――それだけで大抵の戦は決着する。


 だが、それは条件が揃っている場合に限る。


 ソルフィーユは認識阻害のマスクを装着した。

 その瞬間、存在がさらに希薄になる。


 夜目の利くトロールですら、闇と同化したソルフィーユの輪郭を捉えられない。

 視界に映るのは、かすかな影。

 追おうとすれば、そこには既に残像しか残っていない。


 その事実を悟った時には、もう遅い。


 ソルフィーユはトロールの群れの上を歩いていた。

 頭を踏み、肩を蹴り、巨体を足場にして軽やかに移動する。


 通り過ぎざま、頭頂部へナイフが落ちる。


 一突き。

 また一突き。


 まるで畑の作物を刈り取るように、ソルフィーユは淡々とトロールの命を摘み取っていく。


 単純作業だった。


 刺す。

 抜く。

 そして次へ。


 やがて、その繰り返しに飽きが生まれる。

 だが、手は止まらない。

 素早く突き立てれば、トロールが何かが起きたと認識する前に命を奪える。


 足場の悪い川沿いでは、さらに状況が悪化する。

 トロールの巨体が急流に足を取られ、そのまま流される。

 そして岩へ激突する。


 骨が砕け、肉が裂け、動かなくなった身体が川底へ沈んでいく。


 群れの強さ。

 巨体の力。


 トロールたちが持つ本来の優位は、ここではほとんど意味を失っていた。


 一方、リュミエルは――


 押し寄せる物量に呑まれることなく、淡々と剣を振るっていた。


 聖騎士の剣技に『纏』。


 魔力を剣に纏わせることで、その切れ味を極限まで引き出す技術だ。

 そこに『聖騎士の極意』で磨き上げられた制御が加わる。


 結果として生まれるのは、常識を逸した切断力。


 振るわれた剣は、トロールの皮膚を裂き、盛り上がった筋肉を断ち、骨すら抵抗なく両断していく。


「ハッ!」


 リュミエルは踏み込み、その場で身体を回転させた。


 円を描く斬撃。

 鋼の軌跡が周囲を薙ぐ。


 次の瞬間――


 トロールたちの巨体が、上半身と下半身に泣き別れた。


 重い肉塊が地面へ落ちる。

 裂けた腹から臓物がこぼれ、独特の臭があたりに蒸し返る。


 だが、その重苦しい空気を切り裂くように、聖騎士の剣が再び閃いた。

 細く鋭い光の筋となり、闇の中へ真っ直ぐに伸びていく。


 斬って、斬って、斬り続ける。

 ただひたすらに剣を振るい、トロールの武器が届くより早く命を刈り取っていく。


 もはや二人は、戦う者というより、殺戮のためだけに動く兵器と化していた。


 その前で、次第にトロールたちの動きが鈍っていく。


「……ギャギャ」


「ギャギャギャ!」


 同胞の無惨な屍が積み重なる。


 川辺は肉塊と血で埋まり、異臭が渓谷に満ちていた。


 さすがのトロールたちにも、恐怖が伝染していく。


 次は誰が行く。


 お前か。


 それとも、お前か。


 押し合い、睨み合い、進もうとしない。


 その背中を、後方のトロールが乱暴に突き飛ばした。


 前へつんのめる巨体。


 だが、その瞬間にはもう遅い。

 リュミエルの剣先が一直線に喉を貫いた。

 肉を裂き、骨を砕き、そのまま背骨まで貫通する。

 

 トロールの口から、血がごぼりと溢れる。

 喉を鳴らし、苦しげに痙攣しながら地面へ崩れ落ちる。


 そして――命の灯は、ゆっくりと消えていく。


 同胞が次々と斬り倒されていく。


 それに苛立ったのか、大型トロールが唸り声を上げた。

 そして群れへ向けて、怒号のような咆哮を叩きつける。


 その声に応じるように、トロールの群れが左右へ割れた。


 奥から、二つの巨体が前へ進み出る。


 リュミエルの前に立ちはだかったのは、全身を金属鎧で覆ったトロールだった。

 粗雑に継ぎ合わせた鎧が身体を包み、両手には巨大な両刃斧。


 巨体に似合わぬ重装。

 だが、その佇まいには、ただの群れとは違う威圧感があった。


 そして――


 ソルフィーユの前へ現れたのは、もう一体。

 全身が毛に覆われた、丸みを帯びた体躯のトロール。

 筋肉質というより、分厚い肉の塊のような体。


 その巨体が、地面を揺らしながら一歩前へ出た。


 ▽


  ――リュミエルは、全身甲冑のトロールと正面から向き合った。


 トロールの手には、大きなダブルアックス。

 その刃に刻まれた紋様を見た瞬間、リュミエルの瞳がわずかに揺れる。


 刻印。


 聖王国の騎士が用いる武器に刻まれるものだ。

 つまり、この武器は人から奪ったもの。

 その事実が視界に入った瞬間、ほんの僅かに魔力が乱れた。


 ヘルムの隙間から、トロールの眼がぎらりと光る。

 その揺らぎを見逃さない。


 次の瞬間。


 巨大な斧が振り抜かれた。

 狙いは――右太もも。


 目で追うことすら難しい、凄まじい速度の一撃だった。


 金属と金属が激突する音が、渓谷に響き渡った。

 強烈に振り下ろされたダブルアックスの刃。

 それを、リュミエルのカイトシールドが受け流した音だった。


 衝撃が腕を突き抜ける。


 盾の表面は深く抉られ、金属片が弾け飛ぶ。

 だが――貫通はしていない。


 その瞬間、リュミエルは動いた。


 受け流した反動を利用し、体を踏み込む。

 そして、聖騎士の剣が鋭く一直線に突き出された。


 鋭い切っ先が、トロールの小手へ突き刺さる。

 鈍く銀色に光る金属。

 それを貫き、さらに奥へ――。


 確かな手応え。

 だが、その瞬間。


 トロールが腕を振り回した。

 巨大な腕が、暴風のように薙ぐ。


 剣は小手に刺さったまま。

 握っていられる力ではない。


 激しい抵抗の末、リュミエルの手から剣が弾き飛ばされた。


「しまった!」

 

 聖騎士の剣が宙を舞い、鎧トロールの背後こ岩へと突き刺さった。


 武器を失ったリュミエルを見て、鎧を纏ったトロールはゆっくりと口角を吊り上げた。


 そして――笑う。


「ゲェッ……ゲェッゲェッゲェッ」


 喉の奥で腐った空気を震わせるような、不快な笑い声がヘルムの中で響いて聞こえる。


「命ゴイヲスレバ……生カシテヤッテモイイゾ」


「……喋った!?」


 リュミエルの目がわずかに見開かれる。


 言葉は歪んでいる。

 発音も濁り、聞き取りにくい。

 トロールが言葉を話すなんて、おとぎ話ですら書かれていなかった。

 だが――確かに意味は通じた。


 鎧トロールは楽しげに続ける。


「武装ヲ解除シロ……」


 斧の刃を、ゆっくりとリュミエルへ向けた。


「ハダカニナレ」


 そして喉を鳴らす。


「ゲェッゲェッゲェッゲェッ!」


「ギャッギャッギャッ!」


 周囲のトロールたちも一斉に笑い出した。

 耳障りな嘲笑。獲物を前にした獣の歓声が、渓谷に響き渡る。


「……たとえ剣が無くとも」


 リュミエルは盾を構えた。


 足を踏みしめ、カイトシールドを身体の正面へ。


「私は聖騎士――」


 深く、白い息を吐く。


「盾があれば、護ることができる!」


 灰黒色の鎧に包まれた身体の周囲で、空気が歪み魔力が流れ、渦を巻く。


 腰に巻かれたミラーナの花布が、その流れに引かれて靡いた。


「いざ――参る!」


 次の瞬間、リュミエルは踏み込んだ。

 一直線に鎧トロールへ突進する。


 トロールが嘲笑を浮かべたまま、ダブルアックスを振り抜く。


 刃が側頭部へ迫る。

 だがリュミエルは身を沈め、地面すれすれまで伏せるように体勢を落とし、そのまま滑り込む。


 そして――


 カイトシールドを切り上げた。

 

 盾の縁が鋭い弧を描くと、金属を断つ音が渓谷に響いた。


 鎧が裂ける。

 その奥の肉が断たれ、血と肉片が弾け飛ぶ。


 リュミエルはカイトシールドへ『纏』を施していた。


 それは盾そのものを刃へ変える。

 縁へ魔力を集中させ、強引に切断力を引き上げた一撃だった。


 鎧トロールは、裂けた鎧の隙間から溢れ出た臓物を手で押さえると、ぐしゃりと指の間から血が滲む。


「アァアァッ!」


 痛みに顔を歪め、獣のような叫び声を上げた。

 だが、その声をかき消すように――


 後方から咆哮が叩きつけられる。

 渓谷の空気を震わせる、重く低い咆哮。


 鎧トロールの体がびくりと跳ね、硬直する。


「オ、オウサマ……ゴメンナサイ」


 その咆哮の主は――大型トロール。

 この群れの王だった。


 鎧トロールはゆっくりと首を巡らせる。

 

 そして、次の瞬間。

 ヘルムを乱暴に引き剥がし、地面へ投げ捨てた。


 血走った目が、狂気を帯びている。

 片手でバトルアックスを握り直し、そして――暴れ出した。


 振り回された斧が風を裂くと、竜巻のような軌道を作る。


 味方も敵も関係ない。


 周囲のトロールたちをまとめて薙ぎ倒し、巻き込みながら巨体が暴れ狂う。

 血と肉が飛び散り、渓谷の岩壁へ叩きつけられていった。


 巻き上がるトロールの死骸の雨の中を、リュミエルは駆け抜けた。


「ハァッ……ハァッ!」


 血と肉片が降り注ぐ。

 巨体が空を舞い、岩へ叩きつけられ、砕け散る。

 一瞬でも判断を誤れば、自分もその肉塊の仲間入りだ。


「こんなところで……死ねない!」


 鎧トロールの斧が振り上がる。

 轟音を立て、刃が掬い上げるように襲いかかった。


「グオオオオオ! 」


 リュミエルは咄嗟にカイトシールドを構える。

 だが、衝撃は想像を超えていた。


 斧の刃が盾を貫き金属が裂ける音が耳の奥に響く。

 そのまま、凄まじい力で身体ごと持ち上げられた。


 そして――宙を舞う。


「ぐっ……!」


 世界が回転する。

 視界がぐるりと流れ、血に染まった岩壁が通り過ぎる。


 その回転する視界の隅に煌めく光が映った。

 直ぐにリュミエルの身体が地面へ叩きつけられる。


 だが、彼女は即座に受け身を取った。


 転がりながら腕を伸ばす。


 そして――


 その手が柄を掴む。

 それは聖騎士の剣。


 先ほど弾き飛ばされた、リュミエル自身の武器だった。


「シネェェェエエエ!」


 迫り来る、バトルアックスの嵐。

 鎧トロールは血を撒き散らしながら突っ込んでくる。

 すでに守りなど考えていない。


 捨て身の攻撃だった。

 まともに受ければ、ひとたまりもない。


 だが、リュミエルは動かない。


 心を深く沈める。

 波一つない水面のように、思考を静める。

 やがて呼吸が消えると、周囲の喧騒が遠のく。


「――断て」


 剣が水平に構えられた。


 時間が引き伸ばされる。

 そして、世界がゆっくりと動き出す。


 圧縮された魔力が剣へと流れ込む。


「――極断界剣(きょくだんかいけん)!」


 岩が陥没する程の踏み込み。


 同時に横一閃。


 斬撃は音を置き去りにして走り、空間を断つ一線。

 その軌跡に触れたものは、例外なく断たれる。


 鎧トロールだけではない。

 周囲にいたトロールたちも巻き込み、肉と骨が一瞬で裂けた。


 次の瞬間、血の海が広がった。


 鎧トロールの手から折れたバトルアックスが落ち、金属が岩に当たると甲高い音を立てる。


 そして――

 何も言わぬまま、その巨体の半身が、ずるりと地面へ滑り落ちた。


 

 

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