ガルドとナナイ
「あ、ソルフィーユだニャ!」
視線が合った瞬間、ナナイはぱっと顔を輝かせ、こちらへ駆け寄ってきた。
つい先ほどまで男たちと一触即発だったとは思えないほど、いつもの調子だ。
まるで何事もなかったかのように尻尾を揺らしている。
「……どうして貴女がここに?」
「いや〜、あの後パーティーに入れなかったニャ。仕方なくソロで参加したところ、あいつらに絡まれたニャ」
肩をすくめる。
「どうせ女ニャだからって下に見てた雑魚ニャ。結果的に取り分が増えるなら、むしろラッキーだったニャ」
ナナイはけらけら笑う。
その背後では、先ほどの男たちが地面に倒れたまま動かない。
今回の共同討伐に参加できるかどうか、怪しい状態だ。
ただの喧嘩とはいえ、少々やり過ぎではないか。
「ナナイ」
ソルフィーユは静かに言う。
「彼らも魔物討伐の戦力です。一人でも多く討伐に参加しなければなりません」
「ニャ〜?」
ナナイは首を傾げた。
「別に、アタイ一人であいつらの倍は働けるニャ」
さらりと言ってのける。
だが現実問題、南フォルキアへ向かう討伐隊の人数は多くなく、西フォルキアの討伐隊に比べれば、その数は半分にも満たなかった。
「あなたが受けた侮辱は、先ほどの喧嘩で帳消しにしてください。ですが――」
ソルフィーユは倒れている男たちへ視線を向ける。
「彼らにも働いてもらいます。フォルキア領の安全のために」
そう言って歩み寄る。
一人ずつ、脈を確かめる。
命に別状はない。
だが、全員の顎の骨が砕けていた。
このままでは食事すらまともにできない。
討伐どころではないだろう。
ソルフィーユは静かに指先を伸ばす。
――『治癒』
指先が触れた瞬間、淡い光が男たちを包んだ。
神力の光。
砕けていた骨が元の形へ戻り、腫れ上がっていた顔がみるみる引いていく。
周囲にいた冒険者たちがざわめいた。
神力を見たことのない者は、魔法か何かだと思ったのだろう。
だが、広場で奇跡を目撃していた者たちは違った。
「……聖女だ」
誰かが声を上げる。
「聖女ソルフィーユ様だ!」
その声が、夜のキャンプ地へ静かに広がっていった。
「ソルフィーユ様、姿が見えないと思ったら……って、ナナイ殿?」
人垣をかき分け、リュミエルがやって来た。
そういえば彼女は、先ほど水を汲みに行っていたはずだ。
「ニャは! リュミエル、奇遇だニャ〜! アタイも南フォルキアに来たニャー」
ナナイは勢いよく抱きつき、喉を鳴らしている。
「ど、どうも……」
突然の距離の近さに、リュミエルは明らかに戸惑っていた。
その様子を横目に、ソルフィーユは倒れていた男たちを起こし、容態を確認する。
「体調はいかがですか?」
「……お、おう。何が起きたんだ? ここはどこだ?」
男は頭を押さえながら周囲を見渡す。
状況が理解できていない様子だった。
「南フォルキアのキャンプ地です。エルフの国の国境付近ですね」
「もうそんなところまで来たのか? ここ数日の記憶が飛んでるな……」
男はゆっくり立ち上がると、ふらつきながら仲間のもとへ戻っていく。
その背を見送りながら、ソルフィーユは一瞬だけ考えた。
脳に障害が残ったのか。
だが歩き方に異常はない。
おそらくは強い衝撃による、一時的な記憶の混乱――脳震盪だろう。
男たちを見送ったあと、ソルフィーユはリュミエルとナナイのもとへ戻った。
どうやら、随分と打ち解けているらしい。
もっとも――。
ナナイが一方的に甘えるように抱きつき、リュミエルが必死に引き剥がそうとしているだけなのだが。
「ナナイ。冒険者同士の喧嘩は珍しくありませんが、状況を見て行動してください」
「わかったニャ」
そう答えるナナイの顔は、どう見ても理解している表情ではなかった。
ソルフィーユは小さく息を吐く。
諦め半分の溜息だ。
「行きましょう、リュミエル」
「は、はい……」
二人はその場を離れ、月下の牙がいる場所へと戻る。
「ソルフィーユ様、お帰り。そちらの人は?」
ライナーが声を掛けた。
視線はソルフィーユの背後へ向けられている。
振り返とそこには、当然のような顔で――
ナナイが、音もなく付いてきていた。
「……何故ついてきたのですか?」
「んニャ。あの馬車に乗るのは嫌ニャ。またうざ絡みしてくるニャ。そうなったらまた喧嘩始まるニャ。そうしたらソルフィーユがまた治すニャ?」
「面倒ですが、そうなりますね。それよりも、ナナイは今夜はどこで寝泊まりするですか?」
「ソルフィーユのところがいいニャン」
「私一人で決めることじゃありませんね。皆が集まったら聞いて見ましょう」
ナナイは「ニャ〜」と軽く尻尾を振るだけで、不満はなさそうだった。
やがて月下の牙の面々が戻ってくる。
最後に合流したのはガルドだった。
――そして、その瞬間。
事件が起きた。
ガルドの全身の毛が逆立つ。
青い瞳に、はっきりとした殺意が宿った。
背に担いでいた片刃の大剣を引き抜く。
重い刃が焚き火の光を反射し、真っ直ぐナナイへ向けられた。
「……どこかで嗅いだ匂いだと思ったら」
ガルドの喉から唸るような声が響く。
「ナナイ=サーバリオン! なんでテメェがここにいる!」
対するナナイは、まるで緊張感がない。
両腕を頭の後ろに回し、尻尾をゆらゆら揺らしている。
「ガルド=ランフィア。久しぶりニャ?」
名前を呼ばれても、ガルドの視線は一切揺れない。
「……二人は知り合いなのですか?」
恐る恐るリュミエルが尋ねた。
すると――
「敵だ!」
「友達ニャ」
言葉が、真っ向から食い違った。
ソルフィーユを含め、焚き火を囲む月下の牙の面々は、しばし言葉を失う。
空気が妙に静まり返った。
どうやら、事情はかなりややこしいらしい。
――ひとまず、ガルドを宥めることには成功した。
お互い冒険者であり、南フォルキアに現れたトロールの群を討伐しなければならない以上、ここで仲間同士の殺し合いを始めるわけにはいかない。
「……で、この猫獣人、何なのよ。結構強いんじゃない?」
セレナが腕を組みながらナナイを見つめる。
「お、エルフの女ャは見る目があるニャ」
ナナイは串肉を頬張りながら得意げに答えた。
その肉は、つい先ほどガルドが狩ってきた獲物だ。
本人の目の前で、ずいぶん図々しい食べ方である。
「ガルドと知り合いなのじゃろう? 獣人王国ラパスから来たのか?」
バロックが酒瓶を片手に問いかける。
「いんや〜。アタイは野良だから、いつもふらふらしてるニャ〜。たまにラパスに帰るくらいかニャ」
いかにもナナイらしい、気の抜けた答えだった。
焚き火の火がぱちりと弾ける。
ガルドは腕を組んだまま、鋭い視線でナナイを睨み続けていた。
「なあ、ガルド。いつまでも膨れっ面してないで、状況を説明してくれ」
リーダーであるライナーが話を進めるために声を掛ける。
「俺はコイツが嫌いだ! 以上!」
ガルドはそっぽを向いたまま、腕を組んで言い放った。
完全に子供の拗ね方である。
「犬っころが珍しく反抗しておるの」
「可愛くないわよ」
「ガルドのこんな姿、初めて見たな」
月下の牙の面々から一斉に突っ込みが飛ぶ。
ソルフィーユは黙ってその様子を眺めていた。
普段のガルドからは想像できない反応だ。
そして――。
軽い口調で、ナナイがとんでもないことを口にした。
「昔、ガルドとアタイは“獣王傭兵団”ってところで、部隊長をしてたニャ」




