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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
112/153

ガルドとナナイ

「あ、ソルフィーユだニャ!」


 視線が合った瞬間、ナナイはぱっと顔を輝かせ、こちらへ駆け寄ってきた。


 つい先ほどまで男たちと一触即発だったとは思えないほど、いつもの調子だ。

 まるで何事もなかったかのように尻尾を揺らしている。


「……どうして貴女がここに?」


「いや〜、あの後パーティーに入れなかったニャ。仕方なくソロで参加したところ、あいつらに絡まれたニャ」


 肩をすくめる。


「どうせ女ニャだからって下に見てた雑魚ニャ。結果的に取り分が増えるなら、むしろラッキーだったニャ」


 ナナイはけらけら笑う。


 その背後では、先ほどの男たちが地面に倒れたまま動かない。

 今回の共同討伐に参加できるかどうか、怪しい状態だ。


 ただの喧嘩とはいえ、少々やり過ぎではないか。


「ナナイ」


 ソルフィーユは静かに言う。


「彼らも魔物討伐の戦力です。一人でも多く討伐に参加しなければなりません」


「ニャ〜?」


 ナナイは首を傾げた。


「別に、アタイ一人であいつらの倍は働けるニャ」


 さらりと言ってのける。


 だが現実問題、南フォルキアへ向かう討伐隊の人数は多くなく、西フォルキアの討伐隊に比べれば、その数は半分にも満たなかった。


「あなたが受けた侮辱は、先ほどの喧嘩で帳消しにしてください。ですが――」


 ソルフィーユは倒れている男たちへ視線を向ける。


「彼らにも働いてもらいます。フォルキア領の安全のために」


 そう言って歩み寄る。


 一人ずつ、脈を確かめる。

 命に別状はない。

 だが、全員の顎の骨が砕けていた。


 このままでは食事すらまともにできない。

 討伐どころではないだろう。


 ソルフィーユは静かに指先を伸ばす。


 ――『治癒』


 指先が触れた瞬間、淡い光が男たちを包んだ。


 神力の光。


 砕けていた骨が元の形へ戻り、腫れ上がっていた顔がみるみる引いていく。


 周囲にいた冒険者たちがざわめいた。


 神力を見たことのない者は、魔法か何かだと思ったのだろう。

 だが、広場で奇跡を目撃していた者たちは違った。


「……聖女だ」


 誰かが声を上げる。


「聖女ソルフィーユ様だ!」


 その声が、夜のキャンプ地へ静かに広がっていった。


「ソルフィーユ様、姿が見えないと思ったら……って、ナナイ殿?」


 人垣をかき分け、リュミエルがやって来た。

 そういえば彼女は、先ほど水を汲みに行っていたはずだ。


「ニャは! リュミエル、奇遇だニャ〜! アタイも南フォルキアに来たニャー」


 ナナイは勢いよく抱きつき、喉を鳴らしている。


「ど、どうも……」


 突然の距離の近さに、リュミエルは明らかに戸惑っていた。

 その様子を横目に、ソルフィーユは倒れていた男たちを起こし、容態を確認する。


「体調はいかがですか?」


「……お、おう。何が起きたんだ? ここはどこだ?」


 男は頭を押さえながら周囲を見渡す。

 状況が理解できていない様子だった。


「南フォルキアのキャンプ地です。エルフの国の国境付近ですね」


「もうそんなところまで来たのか? ここ数日の記憶が飛んでるな……」


 男はゆっくり立ち上がると、ふらつきながら仲間のもとへ戻っていく。


 その背を見送りながら、ソルフィーユは一瞬だけ考えた。


 脳に障害が残ったのか。


 だが歩き方に異常はない。

 おそらくは強い衝撃による、一時的な記憶の混乱――脳震盪だろう。


 男たちを見送ったあと、ソルフィーユはリュミエルとナナイのもとへ戻った。


 どうやら、随分と打ち解けているらしい。


 もっとも――。


 ナナイが一方的に甘えるように抱きつき、リュミエルが必死に引き剥がそうとしているだけなのだが。


「ナナイ。冒険者同士の喧嘩は珍しくありませんが、状況を見て行動してください」


「わかったニャ」


 そう答えるナナイの顔は、どう見ても理解している表情ではなかった。


 ソルフィーユは小さく息を吐く。

 諦め半分の溜息だ。


「行きましょう、リュミエル」


「は、はい……」


 二人はその場を離れ、月下の牙がいる場所へと戻る。


「ソルフィーユ様、お帰り。そちらの人は?」


 ライナーが声を掛けた。

 視線はソルフィーユの背後へ向けられている。


 振り返とそこには、当然のような顔で――


 ナナイが、音もなく付いてきていた。


「……何故ついてきたのですか?」


「んニャ。あの馬車に乗るのは嫌ニャ。またうざ絡みしてくるニャ。そうなったらまた喧嘩始まるニャ。そうしたらソルフィーユがまた治すニャ?」


「面倒ですが、そうなりますね。それよりも、ナナイは今夜はどこで寝泊まりするですか?」


「ソルフィーユのところがいいニャン」


「私一人で決めることじゃありませんね。皆が集まったら聞いて見ましょう」


 ナナイは「ニャ〜」と軽く尻尾を振るだけで、不満はなさそうだった。


 やがて月下の牙の面々が戻ってくる。


 最後に合流したのはガルドだった。


 ――そして、その瞬間。


 事件が起きた。


 ガルドの全身の毛が逆立つ。

 青い瞳に、はっきりとした殺意が宿った。


 背に担いでいた片刃の大剣を引き抜く。

 重い刃が焚き火の光を反射し、真っ直ぐナナイへ向けられた。


「……どこかで嗅いだ匂いだと思ったら」


 ガルドの喉から唸るような声が響く。


「ナナイ=サーバリオン! なんでテメェがここにいる!」


 対するナナイは、まるで緊張感がない。


 両腕を頭の後ろに回し、尻尾をゆらゆら揺らしている。


「ガルド=ランフィア。久しぶりニャ?」


 名前を呼ばれても、ガルドの視線は一切揺れない。


「……二人は知り合いなのですか?」


 恐る恐るリュミエルが尋ねた。


 すると――


「敵だ!」

「友達ニャ」


 言葉が、真っ向から食い違った。


 ソルフィーユを含め、焚き火を囲む月下の牙の面々は、しばし言葉を失う。


 空気が妙に静まり返った。


 どうやら、事情はかなりややこしいらしい。


 ――ひとまず、ガルドを宥めることには成功した。


 お互い冒険者であり、南フォルキアに現れたトロールの群を討伐しなければならない以上、ここで仲間同士の殺し合いを始めるわけにはいかない。


「……で、この猫獣人、何なのよ。結構強いんじゃない?」


 セレナが腕を組みながらナナイを見つめる。


「お、エルフの女ャは見る目があるニャ」


 ナナイは串肉を頬張りながら得意げに答えた。

 その肉は、つい先ほどガルドが狩ってきた獲物だ。

 本人の目の前で、ずいぶん図々しい食べ方である。


「ガルドと知り合いなのじゃろう? 獣人王国ラパスから来たのか?」


 バロックが酒瓶を片手に問いかける。


「いんや〜。アタイは野良だから、いつもふらふらしてるニャ〜。たまにラパスに帰るくらいかニャ」


 いかにもナナイらしい、気の抜けた答えだった。


 焚き火の火がぱちりと弾ける。


 ガルドは腕を組んだまま、鋭い視線でナナイを睨み続けていた。


「なあ、ガルド。いつまでも膨れっ面してないで、状況を説明してくれ」


 リーダーであるライナーが話を進めるために声を掛ける。


「俺はコイツが嫌いだ! 以上!」


 ガルドはそっぽを向いたまま、腕を組んで言い放った。

 完全に子供の拗ね方である。


「犬っころが珍しく反抗しておるの」


「可愛くないわよ」


「ガルドのこんな姿、初めて見たな」


 月下の牙の面々から一斉に突っ込みが飛ぶ。


 ソルフィーユは黙ってその様子を眺めていた。

 普段のガルドからは想像できない反応だ。


 そして――。

 軽い口調で、ナナイがとんでもないことを口にした。


「昔、ガルドとアタイは“獣王傭兵団”ってところで、部隊長をしてたニャ」


 

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