南フォルキアのキャンプ地にて
「――という訳で、ギルドの共同討伐依頼を受けようと思います」
宿の近くにある酒場。
夕食の席で、ソルフィーユの声が月下の牙の面々に届いた。
「珍しいな。ソルがギルドの依頼を受けるなんて。しかも魔物討伐だ」
ガルドはそう言いながら、皿の上の肉を大きく頬張る。
長時間煮込まれた肉はほろりと崩れ、香ばしい匂いが漂った。
その様子を見ていると、ソルフィーユの腹も静かに鳴りそうになる。
「魔物災害の調査の一環だと思ってください。多くの冒険者が参加するようですし、私たちが前線で無理に戦う必要はないでしょう」
穏やかな説明。
だが、セレナがすぐに口を挟んだ。
「貢献度が低いと、討伐報酬の山分けの取り分が減るんでしょ?」
腕を組み、少し身を乗り出す。
「ギルド依頼を受けるなら、聖女様との契約とは別の話よ。報酬の取り分については、こっちも口出しさせてもらうわ」
セレナはきっぱりと言い切った。
それは冒険者として当然の確認だった。
「ライナーは、何か意見はありますか?」
ソルフィーユが視線を向ける。
ライナーは手にしていたジョッキをゆっくりとテーブルに置くと、木の音が心地よく響く。
「……バートリー領の件もある。帝国が絡んでいるなら、正直、俺たちの手に余る」
一度、言葉を切る。
「だが、魔物による被害がフォルキア領で深刻なのは事実だ。だから――」
ライナーの目が真っ直ぐソルフィーユへ向く。
「俺は報酬とは別に、この依頼を受けたい」
静かな言葉だったが、その眼差しは揺るがない。
酒場の喧騒の中でも、その決意ははっきり伝わった。
誰からも異論は出ない。
話は自然とまとまり、翌朝、ライナーがギルドへ向かい、依頼を受注する流れとなった。
――ライナーがギルドで依頼を受けてから、一週間後。
私たちは南フォルキアへと足を踏み入れていた。
この地の大半は深い森に覆われている。
人の手がほとんど入っていない、原始の気配を残す大自然だった。
「ソルフィーユ様。西フォルキアではなく、南フォルキアを選ばれた理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
冒険者およそ百名。
その大移動の列に混じり、私たちの馬車も森へ向かって進んでいる。
揺れる車内で、リュミエルがふと問いかけた。
「西フォルキアのゴブリンやオークの討伐は、参加者が多すぎます。私たちが向かう意味は薄いでしょう」
外の木々を眺めながら答える。
「オークの肉は魅力的ですが、保存手段がありません。大量に手に入っても、結局は腐らせてしまいます」
数日であれば食べきることもできるし、乾燥させることも可能だ。
だが、旅を続けながら肉の処理を行うのは難しい。
同じ土地に長く滞在するわけにもいかないのだから。
「その点、トロールには特に旨味はありませんが――」
膝の上の資料に視線を落とす。
「放置すれば後々厄介になります」
ギルドから渡された討伐資料。
「ゴブリンより大きく、オークより小さい。また、繁殖力が高く、力も強い」
そこまで得られた特徴だ。
だが、今回の報告には気になる点があった。
「ここ二百年以上、目撃例がほとんどない魔物が、突然大量発生している」
その異常さが引っかかる。
「トロールといえば、おとぎ話にも出てくる魔物ですね。悪魔の落とし子とも言われています」
リュミエルが資料を覗き込みながら言った。
「……もしかして、本当に悪魔が関係しているのでしょうか」
「可能性はあります」
静かに答える。
「過去に討伐された『男爵級悪魔』も、聖女と聖騎士の犠牲によってようやく倒された存在です。聖典にも、その記録がいくつも残っています」
森の奥を見つめる。
「現れない保証はありません。いつか、どこかで――再び現れても不思議ではないでしょう」
随分と昔の出来事らしく、ソルフィーユが知るのは、ノワレ司書長から聞いた悪魔の使う暗黒魔法についての断片的な知識だけだった。
やがて馬車の列は減速し、キャンプ地で止まる。
明日には南フォルキアの奥地――
エルフの国、エルヴァシア森王国の国境付近まで進む予定だ。
馬車を降りたところでセレナが足を止め、視線は森の奥へ向ける。
周囲を見回し、何かを探すように落ち着きなく耳を動かしていた。
「どうされましたか?」
ソルフィーユが声をかける。
「……ちょっとね」
振り返ったセレナは、いつもの強気な表情ではなかった。
「そういえば、以前エルフの国の近くに来たいと仰っていましたね。生まれ故郷が近いのですか?」
「いや、私は世界樹育ちよ」
セレナは肩をすくめる。
「世界樹って知ってる? ここからもっと南にある場所。色んなものがやたら大きく育つ、大げさが普通の土地」
「……故郷に帰りたいですか?」
その問いに、セレナは長い耳を指でこする。
一瞬だけ、困ったような表情を浮かべた。
だがすぐに、いつもの調子に戻る。
「別に。あそこは頭の固い連中ばっかりだし、何年も何十年も子供扱い。息が詰まりそうだったから世界樹を抜け出して、聖王国まで来たんだ」
軽く笑う。
「今はライナーたちと冒険してる方が楽しい。だから、今はこれでいいの」
言い終えると同時に、セレナは木へ駆け寄り、一息で幹を駆け上がる。
「ちょっと周辺を見てくる! 夜中に襲われたら洒落にならないからね!」
枝がしなると、彼女の姿は木から木へと移り、夜の森の中へ消えていった。
聞いてはいけない内容だったかなと、少し反省しつつも馬車に戻りキャンプの準備を始めた。
ソルフィーユは皆が夕食やテントの準備をしている間、馬の世話をしていた。
鬣を整え、水桶を確認する。
二匹の馬の健康状態は良好だ。
そのときだった。
少し離れた場所から、荒い声が響く。
別の冒険者グループから、罵声が飛び交っていたのだ。
「おい! 俺の保存食を勝手に食っただろう! 返しやがれ!」
「お前のニャんか誰が食うかニャ! いちゃもん付けて、アタイの保存食を奪う気だニャ!」
独特の語尾。
その声を聞いた瞬間、ソルフィーユの胸に嫌な予感が走る。
視線を向けると、騒ぎの中心には大柄な男と、その仲間らしい数人の冒険者。そして――
猫獣人のナナイ。
今にも衝突しそうな空気だった。
「好意で馬車に乗せてやったのに、窃盗とはな! 盗みは三日間、木に縛りつけて放置だ!」
「馬車はギルドの手配したものだニャん! おミャいらの好意なんて関係ないニャ! そもそも管理していニャいおミャいらが悪いニャ! バーカ、バーカ!」
「な、なんだと……!」
大柄な男の顔が赤く染まり、手が震えている。
「この馬鹿猫は、少し躾が必要だな」
男たちが指を鳴らし、ゆっくりと距離を詰めた。
ソルフィーユは一歩前へ出る。
仲裁に入るべきか――そう考えたとき、ナナイの姿が消えた。
いや、消えたように見えただけだ。
男たちの体がぐらりと揺れ、力を失ったようにその場へ崩れ落ちる。
先程まで囃し立てていた野次馬も、突然の出来事に静まり返る。
その背後で、ナナイが尻尾を揺らして立っていた。




