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すべてに絶望した俺は転校して幼馴染の前から姿を消した。  作者: 孤独な蛇


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45話 嫉妬と不安

 私……斎藤雫は無事に高校を卒業することができた。


 大和が日々勉強を見てくれたおかげ。

 大和が日々私の隣にいてくれたおかげ。

 

 そして迎えた4月。


 今日は私がこれから2年間通う短大の入学式。

 スーツを身に纏った私は新たな門出に胸を膨らませていた。


 入学式とガイダンスを終えた私たち新入生は、先輩たちと先生たちが企画した歓迎会に参加することとなった。


 歓迎会といっても、大きめの講義室で学部ごとに新入生が分かれて、あらかじめ注文しておいてくれた弁当やお菓子なんかを食べて、最後にはビンゴゲームをするという催しだった。


 私はもう何人かの女子学生と軽く会話をして一緒に昼飯を食べることになった。

 2年ぐらい前の私ならこんなふうに立ち振る舞えなかったと思う。


 それはきっと……ううん、絶対に大和のおかげだ。


「斎藤さんって下の名前なんて言うの?」


「え? はい……雫、です」


 何人かの男子学生が私の傍にやってきた。

 チャラいそうな奴らで、どこか見下されている感じがした。

 

「ねえ、雫ちゃんってどこの高校出身なの?」


 こいつら……なんでいきなり名前呼びなんでよ。


「あー……高校は────」


 そういえば、何日か前に大和が言っていたことを思い出した。


「雫ちゃんは絵は小さい時から描いてるの?」


「ああ、うん、そうだけど」


 心配性の大和だからあんなことを言ったんだろうけど─────。




『いいか雫、変な男に絡まれないように気をつけろよ』


『大丈夫だって。私なんかに話かけに来る奴なんていないだろうし。仮に絡んできたとしても普通の良識ぐらいあるだろう』


『そういう奴に限って普通の振りをしてからんでくるんだよ。いいか? 雫は美人なんだから気を付けないとダメだぞ!』




 私が美人だなんて……。

 私のことそんなふうに思ってくれてたんだ。


 大和の心配なんて他所に、私は女として見られているいうことに勝手に舞い上がってしまっていた。


「ところでさ雫ちゃんってさ、彼氏とかいるの?」


「あー……いない、です」


 彼氏?


 いない。

 いるはずもない。


 こんな性格だし。


 でも……。


 彼氏……彼氏かぁ……。


 いいなぁ……。


 彼氏はいないけど……いたことなんてないけど……。


 私にだって……好きな人は……いるから……。


「じゃあ……雫ちゃんってさ、経験ないんだ?」


「はい? 経験……?」


 その男子学生たちは声を潜めながら、私により接近してくる。


「なんだよ? 意味わかってるんだろう?」


 そんな男たちの反応を見て、さっきまで私と会話をしてくれていた数人の女子たちは少しずつ距離を取ってこの場を離れて行ってしまった。


「さぁ……わからないな」


「だからさ、雫ちゃんは処女────」


「先生! ここにセクハラ男がいます!」


 デリカシーのない男の言葉を遮って、私は声を張り上げた。

 かなり広い実習室全体に響き渡るほどデカい声でさらに言葉を続けた。


「この人たちが私のことを処女かどうかって聞いてきて困ってるんです! 助けてください!」


「あっ! いや、ちがくて!」


 私がこんな大胆な行動に出るとは思っていなかったからか、そのセクハラ男たちはパニック状態だった。


「おい、またおまえらか! 表に出ろ!」


 私のSOSを聞いて鬼の形相でこちらにやってきたのは筋骨隆々なおっさんだった。


「すまないな、新入生。こいつらは厳しく指導しておくから」


 そのおっさんはこの学部の先生で、数人のセクハラ男たちを実習室から無理やり連れだしてそのままどこかへ去って行ってしまった。


「はいはい、みなさん。これからビンゴゲームを始めますよ」


 静まり返ったしまった状況を払拭しようと、別の先生がそんなふうに進行していく。


「あ、あの……大丈夫だった?」


 さっきセクハラ男たちがやってきた時に、私から離れていった同じ新入生たち。


「ご、ごめんね……私たち、怖かったから……」


 少し前の私なら、こういう奴らとはもう関わりたくないと思っていただろう。


「ううん、ありがとう。また声を掛けてくれて」


 そうだよ……みんな、怖いものからは逃げ出したくなるものなんだよ。

 でも、逃げたとしても、その後にどういうふうに行動できるか。

 いくらでも自分を変えることができるんじゃないのかな。


「あ、ありがとう……斎藤さん」


 こうやってお互いに良い所も悪い所もわかち合った分だけ、友情は深まっていくのかもしれない。


(大和、私……頑張るよ)


 そんなふうに、心密かに私は誓った。



 ♢



 入学式と歓迎会を終えて、私は今電車で帰宅している途中、スマホの写真を眺めていた。


「ま、待ち受けにしようかな。……で、でも、それだとさすがにキモイかな……」


 今朝、アパートの向かいにある桜の木をバックに撮った大和とのツーショット写真。


「ふふっ……えへへ……」


 ……いけないけない。

 浮かれてキモイ声が出てしまった。


 そうだ、また大和に連絡をしておかないと。


 歓迎会があるなんて知らなかった私は入学式を終えたタイミングで大和に電話をした。


 今日は一緒に夕食を食べようと、私から提案をした。


 でも歓迎会があるなんて知らなくて、社交的な人間ではない私だけど、これには参加したほうが良いと思った。


 もう高校の時とは違う。

 隣に大和はいない。


 自分の力で前に進まないといけない。


 約束を持ち掛けたのは私なのに、大和は快く返事をしてくれた。



『雫も楽しんでこいよ。あまり遅くなったらだめだぞ』



 もう……本当にいつも優しいんだから……。


「ふふっ……え、へっ……」


 ……い、いけない。

 またキモイ笑みが始まる前に首をブンブンと左右に振る。


 こんなにも幸せな気持ちになることがあるなんて。


 帰宅途中の電車の中で私は大和に、歓迎会は夕方までだったので今から帰宅すると、メッセージを送った。


 セクハラ男を撃退したことで私は周囲の人たちから一目置かれ、今日だけで沢山の人たちと会話をした。

 夜はみんなでどこか遊びにいくというグループもあって、私も誘われたけど……。


 夜はやっぱり……大和といたい。


 母さんも大和ママも今日は日勤だけど帰ってくるのは遅い。


 今日はお互いの入学式の話を語り合って、その後も母さんたちが帰ってくるまで一緒にいて……。


 こんな毎日がずっと続けばいいのに。


 すっと続けば……?


 ……どうすれば……この関係が続けられる?


 もしも……大和にこれから好きな人ができて……。

 私なんか……相手にされないようになってしまったら……。


 そうだ……そうだった……。

 大和には好きな人が……。

 今もそうなのかはわからないけど……。


 ……大和が好きな人。


 ……幼馴染の……。


「はっ……お、降りないと……」


 車内アナウンスで我に返った。

 電車を乗り換えないといけない。


 慌てて降りた私は額に汗をかいていた。


 スマホを取り出して、さっき大和に送ったメッセージを確認したけど既読もついていない。


 私は電話をかけた。


 安心したかった。

 声が聞きたかった。

 大和の声を聞いて……。


 でも、大和は電話にはでなかった。


 乗り換えた電車の椅子に腰かけて、大きく息を吐いて乱れてしまった心を落ち着かせる。


 そうだった。

 大和も今日は歓迎会って……。

 電話にでれないのはそのせい。


 私が今帰っても、大和はいない……か。


 さっきの問題をもう一度考える。

 どうすれば私は大和とこの先も……。


「こ、告白……」


 告白……!?

 そ、それしか……ないのかな……。


 自信なんてない。

 告白なんかして断、られたら目も当てられない。


 私はいつも大和に助けてもらってるけど、大和が私のことを好いてくれる理由なんて全くない。


 たまたま隣のアパートに越してきて、それで私がしつこく付き纏ったから、今の関係を構築することができただけ。


 でも、もしも本当に、大和に好きな人がいたら……。


 そんなこと想像したくない。


 今更自分の気持ちを整理する必要なんてない。


 私は大和が好きだ。

 大好きだ。


 出会った時から。


 ずっと昔に出会った……あの日から。



 ♢



 うじうじするな!


 声には出さないけど、頭の中で弱い自分の心に渇を入れた。


 自宅からの最寄り駅で電車を降りて改札を出た。


「お、おい……あれ」

「あぁ……熱いなぁ、羨ましい」


 帰宅ラッシュの時間帯。

 沢山の人たちが行き交う駅の改札付近で、大勢の人たちがざわついていた。


「な、なんだ?」


 私も気になってさっき通過した改札前まで踵を返そうと振り返ったその時だった。


「や、やまと……?」


 改札付近で皆の視線を集めていたのは……見間違えるはずもない大和だった。

 そしてそれと同時に、なぜ大和が注目されてるのかを嫌でも理解することになった。


 大和の傍にいたのは口の広い帽子を被った女性。


 一瞬だったけど、たしかに見えた。

 二人は顔を近づけていて、まるでそれは……キスしてるみたいに見えた。


「最近の若い奴は……場所も選ばずに……」


 野次馬たちが何か口々に言っていたけど、私には聞こえていなかった。


「やまと……なん、で……」


 あ、相手はだれ……?

 帽子を被っていて顔は見えなかったけど、確かにそいつは女だった。


 なんで大和が駅に……?

 歓迎会で大学じゃ……。


 あ、そっか……。

 私みたいに夕方までだったのかも……。

 それじゃあ、あの女は……大学で知り合った女なの……?


「あ、あの女は…………っ!?」


 女はすぐにマスクを付け直したから顔は見えなかった。


 でも、去っていく女の後ろ姿を見て、なぜか……私の体は恐怖を思い出すように震えていた。


 これは恐怖……?

 ううん、精神的ショックなのか……?

 

「ま、まって……」


 女と別れた大和はそのまま駅を出て、アパートの方向へ歩を進めていく。


 震える体に鞭を打って私は駆け出した。


「まって……やまと……」


 力が入らなかった。

 消え入るような声を出しても、大和はこちらに気付かない。


「や、大和……」


 なんとか追いついた私は大和のスーツの袖をつかんだ。


「し、雫……!?」


 私にやっと気が付いた大和は少し驚いているように感じた。


「な、なんだ……びっくりしたな。今帰ってきたのか?」


 でも、やっぱり大和はいつもの大和だった。

 何も変わらないように見える。


 でも……。


「あ、あの女……」


 私は……違う。



「あの女……だれ?」



 単純な疑問だ。

 私は何気なく聞いたはずだ。


 でも、現実はそうじゃなかったと思う。


 私の問いを聞いた大和は目を見開いていて、その瞳は震えていた。

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