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すべてに絶望した俺は転校して幼馴染の前から姿を消した。  作者: 孤独な蛇


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44話 迷える心情

「どうして、ここに……?」


「うん、少し用事があってね……」


 風が吹き抜けて、桜の花びらが宙を舞う。

 その桜を背景に微笑みかけてくる先輩の立ち姿が……とてもきれいだった。


「用事? それで偶然……このアパートに?」


「この付近に用があってね。用事を済ませたら時刻はお昼を回っていて。そして駅前のスーパ―に立ち寄ったその時に大和くんを見つけたんだ」


「……そう、ですか」


「大和くん、後ろを歩いている私にまったく気が付かなかったから。それで電話して、少しからかってみたの。ごめんね」


 先輩は片手に持っていたレジ袋を軽く上げて見せてきた。

 その袋は俺が持っているスーパのレジ袋とまったく同じもの。


 偶然俺を見かけた……?


 速水先輩がこの地域にやってきた用事というのは……。


「大和くんも、これからお昼?」


「あぁ、はい。おにぎりを買いました」


「私もだよ。気が合うね」


 先輩は袋の中から梅おにぎりを取り出した。

 それも俺と同じで30円の値引きシールが貼られている。


「どうだった? 大学の入学式は?」


「えっ? ……とても華やかなで楽しかったです」


「そう、良かった。……大和くんが無事に大学生活を迎えられて」


 俺のことをずっと心配してくれていたのだろうか。


「はい、俺も……ほっとしています」


 この言葉は本心だけど……真意どうだろうか……。


「先輩、よかったら……部屋に上がりますか?」


 自分がどう思っているのか……。

 どうしたいのか……。


 俺は……わからないふりを続けていた。



 ♢



「なかなかおいしかったね」


「はい。先輩、お茶飲みます?」


「うん、いただこうかな」


 アパートに上がった先輩と昼食を一緒に食べた。

 買ってきたおにぎりをお互いに二個ずつ食べるだけなので、すぐに食事は終わった。


「ここで大和くんは普段生活しているんだね」


 室内をぐるりと見渡す先輩の前に、俺はコップに注いだお茶を置いた。


「どうぞ」


「ありがとう」


 今日の先輩は……素朴だった。

 以前大学のオープンキャンパスで会った時は絢爛とまでは言わないけど……。


 大学内を一緒に歩いていた時、すれ違う大勢の男子学生たちが速水先輩に視線を向けていた。


「大和くん、どうかした?」


「あっ……いえ」


 俺はお茶を一口飲んだ。

 頭の中を一度クリアにしたい。


「ふふっ、またぼーっとしていたね? なにか考えごとかな?」


 先輩は……いつもよく人を見ている。


「今日の先輩は……凄く……素敵だな、と思っていました」


 お茶を飲もうと口元に近づけていたコップを先輩は咄嗟に止めた。

 珍しい反応だった。

 動じない先輩が、一瞬目を丸くしていた。


「……へー……大和くんって、私のことをそんなふうに見てくれていたんだ」


「はい……先輩と出会った時から、俺は素敵だと思っていましたよ」


 喉が渇く。

 俺はもう一口お茶を飲んだ。


「オープンキャンパスの時に見た先輩は……本当に美しかったです。男性受けが良さそうなお洒落な服装で、化粧もして。その中でも本来の清楚ある佇まいが感じられれて」


「……ありがとう。でも女子大生にもなると、お化粧だってするし、服装にだって気を遣う。それは普通だと思うけど?」


 冷静さを欠いているわけではない。

 でも、いつもの先輩より少しだけ口調が早い。


「そうなんですね。俺は交友関係が多い人間ではないし、今日大学生活が始まったばかりなので無知なんです」


「なんだか……少し、引っかかるなぁ」


 引っかかる?

 一体、なにが?


「大和くんはなにが言いたいわけ? オープンキャンパスの時だって、今の私よりバイトをしていた時の素朴な私のほうが素敵だって言ってたよね?」


「はい……どちらも素敵です。それでも俺はやっぱり素朴な先輩が好きですよ」


 先輩らしくないと思った。

 賢くて、冷静で、物事に一喜一憂しない先輩らしくない。



「あぁ………そう、なんだ……」



 俺の言葉なんて簡単に聞き流せば良いだけなのに……。



「うん……そっか……ふーん……」



 いつも俺の目をまっすぐ見て対話してくれる先輩が初めて視線を逸らした。



「なんだか……少し……暑いね……」



 片手で顔を仰ぐ仕草をしながら、明後日の方向を見た先輩の真意を俺は計りかねていた。



 ♢



 それから先輩とは大学受験の苦労話を語り合ったり、バイト時代の過去の話で意気投合して、知らぬ間に時間は流れ、外は薄暗くなっていた。


「もう18時前か……」


 俺がそう呟いた刹那、ポケットのスマホが振動した。

 画面を確認してから、俺はスマホを再びポケットに戻した。


「出なくていいの?」


「あ、はい。大丈夫です」


 雫からの電話だった。

 気が付かなかったが、その電話が掛かってくる前にも雫からメッセージが届いていた。


 新入生歓迎会が夕方までだったため今から帰る。という内容だった。


 そのメッセージが届いていたのは約30分前。

 順調に帰ってきているのなら、あと15分ほどでアパートに帰ってくるだろう。


「先輩、時間大丈夫ですか? もう外が暗くなり始めていますけど」


「ねえ大和くん、今日はお母さんお仕事で帰ってくるのが遅いってさっき言ってたよね? もしよかったらどこかに夕食を一緒に食べに行かない? 大学入学のお祝いで私にご馳走させてほしいな」


「ありがとうございます。でも遠慮しておきます。夜遅くに帰ってくる母さんの分の晩飯も作らないといけないし。今日は家で一人で食べようと思います」


「………へー……一人で?」


 先輩の眼光が一気に鋭くなった。

 オープンキャンパスの時に見たあの時の表情と同じだった。


「大和くん……そういえば、彼女……このアパートに住んでるんだよね? 今いるのかな?」


 俺の心の奥底を覗き見てくるような……そんな目だ。


「彼女って……?」


「大和くんが救われたって言っていた……雫ちゃん、だっけ?」


 先輩は……雫に会いたがっているのか……?


「……雫はたしか今日は用事があるとかで出掛けています。……彼女がなにか?」


「他人への警戒心が強かった大和くんが気を許したその雫ちゃんっていう子が気になるのよ。その子、凄いと思うわ。あんな絶望的な状況にいた大和くんが今ではこうやって普通に過ごせているんだから。雫ちゃんはよほどコミュニケーションに長けているのかしら? それとも…………」


 太陽が少しずつ沈み、俺たちがいる部屋は一層暗くなってしまった。 

 薄暗い部屋に流れている空気が重い。


「雫ちゃんは心の傷を抱えている可哀そうで弱い女の子なのかな?」


 ……共感。


 このアパートに越してきて俺と雫が仲良くなれたのは、確かにそれが理由だったのかもしれない。


 それでも……。


「雫は弱い女の子じゃないですよ」


 椅子から立がり部屋の電気のスイッチを押した俺はそのまま言葉を続けた。


「弱いのは俺でした。そんな俺に雫は一歩踏み出す勇気をくれたんです」


「……そっか。失言だったね」


 それ以上、深くは言及されなかった。


「雫にも、先輩にも、俺は救われました。怯えていた暗い心に温もりをくれました」


 ここでようやく先輩はいつもの柔らかい表情になった。

 その優しい顔がやっぱり素敵だと……俺は心の底から思っていた。



 ♢



「大和くん……今日はありがとう。久しぶりにゆっくりお話しできて楽しかった」


 徒歩数分の駅まで先輩を送っていく道中。

 先輩はツバが広い帽子を被り、花粉症らしいのでマスクを着用していた。


「俺も楽しかったです。あの……先輩……今日は何の用事でここに?」


 先輩がこの地域にやってきたという用事が気になっていた。


「……会いたい人がいてね。それで……」


 先輩はそれ以上言葉を続けなかった。


「そう……ですか」


 その人には会えたんですか?


 そんなことを聞こうとも思ったけど、目的の駅前に到着したところで先輩が話題を変えた。


「あらためて……大和くん、大学入学おめでとう。首席合格、さすがだね」


「はい……でも、先輩だってバイトをしながら国立に合格した。俺には出来なかったことだから、本当に凄いです」


「そんなことはないよ。私も家庭環境が良いほうではなかったけど、大和くんみたいに絶望の淵に立たされていたわけではないし」


 それは違うよ……先輩。


 俺は以前思っていた考え方と……異なる価値観を持ち合わせているから。

 ……そう思えるんだ。


「本当のことを言うと少し期待してたんだ。もしかしたら大和くん、国立に来てくれるんじゃないかって。そしたら一緒に……」


 一緒に……?


「……なんてね」


 マスクを一度ずらして優しい笑顔を見せてくれた。


「大和くん少しいい?」


「はい? なんですか?」


 小声で手招きしてくる先輩の顔に俺は耳を近づけた。


「スーツ姿、かっこいいよ」


 そう言われた直後、照れくさくなった俺は互いの息が掛かるほど近づいていた先輩の顔を見て慌てて距離を取った。


「ふふっ……私たち、恋人同士に見られたかもね」


 周囲を見渡すと駅から降りてきた人たちがチラチラとこちらに視線を向けていた。


「まるで遠距離恋愛の恋人同士が別れ際にキスをしてたみたいに」


 大規模な駅ではないが社会人や学生の帰宅ラッシュの時間帯のため、注目を集めてしまったことに恥ずかしさがこみ上げる。


「か、揶揄わないでくださいよ!」


「ははっ、じゃあね、今日は本当にありがとう!」


 改札を通った先輩が手を振って電車の方へと去っていった。


 至近距離だった先輩の美しい顔を見て……。

 女性の甘い香りを感じて……。


「はぁ……これだから男ってやつは……」


  己を戒めるように、高鳴っていた心臓が落ち着くのを待ってから駅を出て、俺は一人帰路に就いた。

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― 新着の感想 ―
前回から・・・イヤ、多分もっと前から速水先輩に怖さを感じてるんだけど・・・まさか落としにきてる?
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