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すべてに絶望した俺は転校して幼馴染の前から姿を消した。  作者: 孤独な蛇


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46話 顧みる傷跡

「さっきの女……だれ?」


 大和は、私を見て一瞬動揺したように見えた。

 そして私も、間違いなく動揺していた。


「えーっと……」


 だから、平静を装うことに必死だった。


「……友達だよ」


 友達……?

 本当に……そうなの?


「どんな……友達なの……?」


 さっき見た大和とあの女の距離感。

 あれは友達という枠を超えた……もっと深い関係に、私は感じてしまった。


「うん……実は……高校の時の先輩で……」


 先輩……?


「ほら、前に話たことあっただろう? お世話になった先輩がいるって」


 確かに聞いた。

 ……聞いたよ、その話は。


 大和には辛い過去があって、その時に心の支えになっていた人がいたって。


 その先輩は今の大和にとってどんな存在なの?

 その先輩と同じ大学だったってこと?


 それでここまで一緒に帰ってきて、もしかして……。


「なんでその先輩とここにいるの? もしかして……アパートに……」


「あ……うん、先輩と会ったのは偶然で、立ち話もなんだから中に入ってもらったよ」


(そ、そんな……)


 この気持ちは何だろう……。

 大和が自分の部屋に誰を招いたって、私が文句を言う資格なんてない。

 でも……この気持ちは……一体……?


「その先輩とは……どういう、関係……なの?」


「えっ? いや、だから友達だってさっき言った────」


「も、もしかしてその先輩がいるから、国立をやめて……し、私立の大学に……」


「それは違うぞ、先輩と俺はべつの大学だから────」


「歓迎会があるって……わ、私に言ったのにその先輩とアパートで……」


「雫!」


 取り乱している自分を抑えなれなかった私に大和は大声を上げた。


「っ!? ……ご……ごめん」


「雫……大丈夫か?」


 乱れていた心が少しだけ正気を取り戻しけど、まだ大きな不安に包まれている。


「本当に……大丈夫か?」


 目の前の大和が……とても心配そうな眼差しで私のことを見つめてくれている。


「うっ……うん、平気……」


 全然平気じゃなかった。

 私は俯いて、なんとか元気な声を絞りだした。


「かっ……帰ろうか!」


 明るく振舞いたかった。

 笑顔を強引に作った。

 大和の顔を見れなかった。


 私は一人で先に歩き出してアパートへ向かう。


「雫……」


 大和も私の後をついてきて、前を歩く私の横に並ぼうとしてくる。

 でも、今は顔を見られたくなかった私は大和よりもさらに歩くスピードを上げて前を進んだ。


 こんなの、きっと大和は意味が分からないだろう。


 涙を堪えることで必死になっている私の心情なんて理解できないだろう。


 色々と聞きたいことはある。

 でも……それはできない。


 私は臆病だから。

 いくら成長できたとしても、いくら年齢を重ねても、きっと根幹にある性格そのものは変わらない。

 ……変えられない。


 アパートのすぐ傍にある団地が目に入り足を止めた。


 何人かの子供が今もここで生活をしている。

 私が友達だと思っていた……憧れていたあの人も……ここで……。


「し、雫……どうかしたのか?」


 後方から大和が優しい声で訪ねてきた。

 強引に私の横に並んで来ようとはせず、少し距離を開けてくれている。


「べ、べつに……なんでも……」


 強がっているけど、平静を取り繕うことも出来ていないと思う。


 さっきのあの女……。


 昔、常にあった不安……孤独感……恐怖。

 今はそれ以上の…


 そして……それと同時に湧き上がる汚い感情。

 嫉妬……独占欲。


 どちらの感情にも飲み込まれないように……私は大和と再会してからの楽しい日々を回想しながら、アパートに帰宅した。



 ♢



「新入生代表挨拶は緊張したけど、なんとかなったよ。以前の学校のクラスメイトと再会してさ、少し話も弾んで─────」


 約束通り、私たちは大和の部屋で一緒に晩御飯を食べている。

 さっき私の態度がおかしかったことを言及してくることなく、大和はいつも通りだった。


 適当に相槌を打ちながら、大和ママが作り置きしてくれていたカレーを口に運ぶ。


「……おいしい」


 無意識にそう呟いていた。


「雫……カレー好きだよな?」


「え……うん、好きだけど……なに?」


「いや……いつもカレーの時はテンションが低いような気がして…………」


 確かにカレーは好物だ。

 大和ママが作ってくれたカレーもとても美味しい。


 でも……私はカレーに特別な思い出があった。


大和が引っ越してくるより前……。


 母さんが仕事で帰りが遅い時や夜勤の時は当然一人になる。

 それは仕方がないこと。


 でも……小学生や中学生の年齢だった私には辛かった。


「雫が……寂しそうな、悲しそうな顔に見えることがあって……」


 奥歯を強く噛みしめて、こみ上げてくる感情を殺した。

 私は大丈夫……大丈夫だ。


「そんなこと……ない。私は大丈夫」


 言葉にして自分に言い聞かせる。

 この言葉は特別だ。

 私の心に寄り添ってくれた言葉だ。


「大丈夫だよ……。だって今の私には……目の前には、大和がいてくれるから」


 そう……他の誰でもない大和だから。


 大和だからなんだよ?


 だからさ……。


「大和……あの、さっきの女の人……」


「あぁ……先輩のことだな」


「うん……その人とは……友達……なんだよね?」


「あぁ……そうだって言ってるだろう? それと……俺の恩人かな」


 駅の改札前で見た二人はキスをしていたわけではなかったらしい。

 この部屋にその先輩を入れたのも、ちょうど昼飯を食べるところだったから。

 たしかオープンキャンパスでも案内をしてもらったって。

 大学も別。

 再会も偶然。


「雫はどうだった? 入学式、歓迎会で友達できたか?」


 いつもの大和だった。


「う、うん! 何人か友達は出来たよ! あっ、そうそう、セクハラ男に声を掛けられてさ!」


 今日あった出来事を口にして、大和に聞いてもらって、心配してくれて、笑い合って。

 こんなに幸せなことはないかもしれない。


「そのセクハラ連中には気をつけろよ」


「平気だよ! 大丈夫だって!」


 そうだよ、大丈夫だ。


 これからだって、こうやって私は自分なりに頑張って……。

 いつか大和に追いつけるように……。

 隣に並び立てるように……。



「なあ大和、ところでさ……」



 大丈夫……迷いながらでも一歩踏み出せばいい。



「その友達の先輩って、なんて名前なの?」



 そうすれば、大和はきっと……。



「名前……? ……それは……」



 ……私に答えてくれる。



「雫……ごめん……それは言えない」



 …………奮い立たせた心が下を向いた。



「えっ……な、なんで……どうして……」



 一瞬だけ……ほんの一瞬だけ、大和が怪訝な顔をした。



「その先輩は……他人に自分のことを知られたくない性格というか……思慮深いというか……」



 なんで……?

 どうして……?

 

 私にも言えないことなのかよ……。

 そんなにその先輩のことを大事に思ってるってことなのかよ……。


「そ、そっか。人のことを勝手に詮索したりするのはよくないよな」


 もっと踏み込んだ方が良かっただろうか?


 でも、その選択肢はなかった。


 さっきの……怪訝な大和の顔。

 今まで一度だって私にそんな顔をしたことがなかったのに……。


 不快にさせてしまった?

 面倒な奴だと思われた?


 私が今一番恐れていること。


「あー……もう食べ終わっちゃった。おかわりしようかなぁ……」


 大和には……。


「雫……あまり食べすぎたらだめだぞ」


 大和にだけは……嫌われたくなかった。


「い、いつも思ってたけど、大和ママのカレー美味すぎだよなぁ。最強の家庭料理って感じでさ!」


 いつもの調子を取り繕うことにまた必死になっていた私の心には、得体のしれない不安が渦巻いていた。



 私はやっぱり……臆病だった。

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