26話 軽率な悪手
太陽が沈んで暗くなった空間をキャンプファイヤーの炎が明るく照らす。
沢山の生徒たちが集まり、後夜祭の雰囲気やフォークダンスを楽しんでいる。
さっき生徒会室で徹と話をして、私たちはフォークダンスを踊ることなった。
だけど……やっぱり躊躇いはある。
「徹……本当に、踊るの?」
好きな人に復讐がしたい……それが今の徹の願いだった。
「ああ、頼む」
そして私の願いは……大和に私のことを理解してもらうこと。
「結局、大和は来なかったな」
「……うん」
逆に良かったのかもしれない。
大和がこの場にいたら、さすがに徹とフォークダンスを踊るなんて選択はできなかったから。
周囲の人たちはこれから私たちが踊る姿を見て、また話題にしてしまうかもしれないけど……。
「やっぱり気になるか?野次馬の目が」
もうすでに私と徹が恋人関係なのではないかと噂になってしまっているため、フォークダンスを踊ってから周囲になにか言われても精神的ダメージは少ないと思う。
「……そう、だね。でも、もう気にしていられないし……」
私と徹の協力関係は今日でお終い。
私は徹の願いを聞き入れて、これからフォークダンスを踊る。
そしてその後、彼はすべてを引き受けると言ってくれた。
今日だけは徹の彼女として、彼のために行動する。
その代わりに、徹がすべてを解決してくれる。
「おまえが抱えている心の問題は俺が必ずなんとかする。だから葵……俺と約束してほしい。今日だけはなにがあっても俺の味方でいてくれ」
約束……それは私にとって、とても重い言葉だ。
「繰り返すが、今日が終われば……あとのことは俺がかならず解決する。どんな状況になっても俺を信じてほしい。俺が葵を守るから……だから……」
大和と同じ大学へ行く。
その約束のために……私は頑張ってきた。
「約束……してくれるか?」
徹が私に手を差し出してきた。
私はその手をそっとに握って言葉を返す。
「うん、約束する。今の私は……徹の彼女、だもんね」
「ありがとう、葵。この件が片付いたら今度は……大和との約束を果たすために……頑張れよ」
徹も知っていてくれたんだね。
私と大和の約束を。
「葵……徹くん……」
手を取り合った私たちの背後から声がした。
「お、お父さん……!?」
振り返るとスーツ姿のお父さんが視界に入り驚いた。
反射的に徹と繋いでいる手を離そうとしたけれど、徹の握力が強くて振り解けなかった。
「どうして、ここにいるの……?」
「おまえの様子を見にきた。それだけだ」
今までお父さんが私の学校行事に顔を出したことなんてほとんどなかった。
「え……なんで、わざわざ急に……どうして……」
勿論、今日の文化祭にお父さんがやって来るなんて全く想像していなかった。
「娘の学校行事に保護者の私が様子を見にくることに、なにか特別な理由がいるのか?」
「そういうわけじゃ……ないけど……」
いつも難しい顔のお父さんだけど、今日は一段と険しい表情をしている。
「葵……フォークダンスを踊るのか?……徹くんと」
「それは……」
返答に困る。
後日、徹が誤解を解いてくれると約束してくれてはいるけど、自分から彼と踊るなんて……言いたくなかった。
「はい。これから二人で踊ります」
私の代わりに徹は堂々と言葉を発した。
それを聞いたお父さんはなにを思っているのだろうか。
私のことを見つめてくるけど、なにも言うことはなかった。
「行こう、葵」
さっきからグラウンドに鳴り響いていた音楽が一旦終わり、スタンバイしていた次のペアたちが手を取り合って前に出る。
その中には場を盛り上げようと既婚者の先生たちもいたりして、少しだけ気持ちが楽になる。
でも……。
「と、徹……ダンスの最後だけど」
私は徹に手を引かれるがままグラウンドの中心へと連れていかれるけど、まだ心の準備ができていない。
「ジンクス……伝承のことか?」
「うん……最後に手は……放しても、いい?」
「それは……俺に任せてほしい。絶対に悪いようにはしないから」
ここまで来て往生際が悪いとは思うけど、不安だった。
一抹の不安が大きくなる。
「葵……よろしく頼む。その……いい練習相手だとでも思ってくれ。来年は大和と踊ることになるだろうし」
私は本当にバカで単純で……。
「今は大和はいない。俺が相手で心苦しいと思うが……今日は……俺の、彼女なんだし……」
来年は大和と……。
そうだ……今日が終われば徹がすべてを解決してくれる。
今は徹のために頑張らないと……。
「……うん、一緒に頑張ろうね」
音楽が再び鳴り始めて、私と徹は沢山のギャラリーの注目を浴びながら踊った。
その観客の中に私の想い人が見てるなんて……勿論私は知る由もなかった。
♢
大いに盛り上がった文化祭。
そして学校名物である後夜祭は今まさに終わりを迎えようとしている。
音楽がそろそろ鳴り止む。
徹にリードされて踊っていた私はこの後どうなるのか、緊張感で一杯だった。
復讐……徹のその言葉を体現するなら、私たちはこの後……手を繋いだまま……。
「ありがとう……葵」
私の耳元でそう呟いた徹は私の手から少しずつ力を抜いていく。
それに合わせて私も彼と繋いでいた手をゆっくりと離していった。
正直、最後まで事を進めると思っていたけど……。
今の私は徹の彼女……。
私の懸念は徹が後日すべて解決してくれる。
今この場に大和はいないし……周囲の反応なんて気にしている余裕はなかった。
徹が望むなら私はこの学校の伝承通りの行為を受け入れるつもりでいた。
でも……これで終わり。
私の役目はこれで……。
肩の荷が下りてほっと一息ついたその刹那。
「……えっ……?」
私は徹に力強く抱きしめられた。
突然のことでパニックになった。
すぐに離れようとしたけれど、彼の力が強くて身動きが取れない。
「葵……あいつが……見てる」
あいつ……徹が言うそれはきっと……復讐したい相手。
「葵……頼む」
「え……あ……」
頼む……その意味は勿論理解できる。
徹の抱擁を受け入れた証として、私が彼を抱きしめ返せばいい。
でもそれは、この学校の伝承通りの行動よりも協調性の強い意味を含むことになる。
「葵……これが最後だ。俺を信じてほしい」
私の心には迷いしかない。
覚悟はできていた……そう思っていたけれど徹の行動は私の不安に拍車をかける。
でも……それでも……私には選択肢がない。
私には徹を頼るしかなかった。
「おまえとの約束は守る。だから……」
『約束』……!?
そうだ……『約束』なんだ。
私が大和とした約束。
同じ大学へ行く。
それを叶えるために、私は頑張ってきた。
「おまえも俺との約束を守ってほしい」
徹とも約束した。
今日はなにがあっても徹の味方だって。
「うっ……」
私にとって約束とは重い言葉。
そして、絶対に守ってほしい事項。
私がその約束を破るわけには……いかない。
「……や、まと……」
涙が溢れそうになるのを堪るように目を閉じて、私は徹を抱きしめ返した。
観客たちの興奮が最高潮になる。
また噂になってしまうだろう。
でも、大丈夫。
徹がなんとかしてくれるから。
だから、大丈夫。
私はなにも悪くないから。
周囲の視線や歓声も辛いけれど、それは今だけ。
私にとって最も重要なのは、大和だから。
彼にさえ、私のことを理解してもらえれば……それで……。
心を落ち着かせて……私はゆっくりと閉じていた目を開ける。
おぼろげな視界に映る大勢のギャラリー。
その大勢の人混みの中に……。
(な、なんで……)
その中に……。
(……なんで………)
見間違えるはずがない。
私の想い人。
大好きな人。
「や……ま、と……」
どうして……大和が、ここに……!?
(う、うそ……うそ、でしょ……こんな……)
全身の血の気が引いていく。
背筋が冷たくなる。
力が入らない。
「や、まと……やまと…………大和!」
大和の表情はとても苦しそうに見えた。
こちらに背を向けて、彼はそそくさと正門の方へと去って行ってしまった。
「ま、待って!大和、お願い、待って!!」
見られたくなかった。
「や、大和!行かないで!」
他の誰に誤解されたってかまわない。
あなたにだけは絶対に見られたくなかった。
「ど、どうしたんだ、葵!?」
徹の力強い抱擁から必死に抜け出して、私は大和を追いかけた。




