25話 脆弱な心
文化祭当日……私はとても憂鬱な気持ちだった。
昨日は調子に乗ってしまって大和を怒らせてしまった。
嫌われたかもしれない。
大和が私から逃げるように去った後、教頭先生に慰めてもらった。
先生が言ってくれたように彼と話をしなければならない、
でも……今の私の話を彼が聞いてくれるかどうか……。
「葵、大丈夫か?昨日……あまり眠れなかったんじゃないか?」
徹には昨日大和を怒らせてしまったと軽く相談に乗ってもらったので心配をしてくれる。
昨日は一睡もできていない。
「徹……あの……大和は……どんな様子だった?」
「え、あー……大和なら今日休みみたいだぞ」
「えっ……?欠席……?」
「ああ、担任も連絡が来ていないと言っていたから、このままだと無断欠席になるんじゃないか?」
そんな……大和が欠席だなんて……。
これまで大和が無断で学校を休むことなんてなかった……。
「大和、なにかあったのかな……?」
「いや……俺に聞かれてもわからねぇよ」
これじゃあ……今日大和に謝ることができない。
今日の文化祭は実行委員の人たちと協力して沢山仕事がある。
気持ちが沈んでいて、とても務まりそうにない。
「葵、とにかく文化祭の開会式もあるし……大和のことは後回しだ。生徒会長のおまえがいないと始まらないし」
「……うん……わかってる」
体が重い。
正直、文化祭の運営なんてできるモチベーションではない。
「生徒会長、今日は頑張りましょうね!」
「皆で文化祭を成功させましょう、宮野さん!」
周囲の期待値が高い。
それだけ、多くの人がこの文化祭を楽しみにしていたんだ。
「う、うん……頑張ろうね……」
実行委員の人たちや生徒会の皆が助け合って、楽しんで、ここまで準備を進めてきた。
もしも、この中に……大和がいてくれたら……そんな妄想を何度したことだろう。
私はいつも大和のことばかり考えている。
♢
無事開幕した文化祭。
運営の方も順調で少し休憩時間を作れた。
大和はまだ学校へ来ていない。
彼と連絡を取りたかった。
急いで生徒会室に戻り、自身の鞄の中に入れてあるスマホを探しているのだけど……。
「あれ!?……ない……どうして……!?」
鞄の中にあるはずのスマホが見当たらない。
「葵……どうかしたのか?」
「私のスマホが無いの!」
「……スマホが無い?……学校に来るときにでも落としたのか……」
「そんなはずないよ!いつも鞄の中に入れていて……学校に来た時にはあったはずなのに……」
「とりあえず、学校の落とし物にないか確認しよう。そこになかったら紛失届を出して……」
職員室で落とし物を確認してもスマホはなかった。
休憩時間も少ししかないし……。
とにかく大和のことが気になって仕方がない。
「ねえ徹……ちょっとだけスマホ貸してくれない?大和に連絡したくて」
「だめだ」
「ど、どうして?少しでいいから」
「この学校の校則を忘れたのか?緊急時以外はスマホの使用は原則禁止だろ。生徒会の俺たちがそのルールを破ってどうするんだ」
そんなことはわかってる。
生徒会長の私が校則を破るなんてあってはならない。
それでも……。
「徹……今回だけだから……」
「だめだ。大和が学校に来ないのは俺も気になるが、今はあいつに構っている暇はないはずだろう?」
そんなことないよ。
私にとっては大和のことが何よりも重要で大切なんだよ。
「……うん、ごめん、身勝手だった」
それでも、これ以上は懇願できなかった。
だって徹が言っていることが正論なんだから。
「まあ……大和のやつ、ただ寝坊しただけでそのうち登校してくるかもしれないしな」
寝坊……それが理由だったら良いんだけど。
昨日私が大和を怒らせてしまったから……私なんかの顔を見たくなくて……文化祭に来てないのかな……。
気持ちがどこまでも沈んでいく。
少し前まで楽しみにしていた文化祭。
でも今は……ただただ苦しかった。
♢
私の気持ちとは裏腹に文化祭は大いに盛り上がっていて、午後の部も大きなトラブルがなく終えられそうだ。
「葵、少し前に頼んだことだけど……俺の親が来ていてさ」
「あ、ああ……うん。そう、だったね……」
文化祭で徹のご両親と会う約束をしていたんだった。
私は村瀬先生と紀子さんに苦手意識を持っているから、心身ともに疲れている今会うのは億劫だったけれど……徹と交わした協力関係もあるし断るわけにはいかない。
「あ!葵ちゃん、徹、こっちよ!」
「こんにちは、葵さん」
学校の正門前に向かうと紀子さんと村瀬先生が私たちを待ってくれていた。
「お久しぶりです……。今日は来ていただいて、ありがとうございます」
「いえいえ、そういう堅い挨拶はいいから!それよりもこの後二人はどうする予定なの!?」
生徒会長として挨拶をする私を見て、紀子さんのテンションは高い。
「この後?午後の部も終わりだし、あとは……後夜祭を残すだけ、だな」
「後夜祭?そんな催しがあるの?」
「あ、ああ……そこであるフォークダンスにはジンクス、伝承があって────」
徹が紀子さんに後夜祭のことを細かく説明している。
後夜祭……フォークダンス……。
大和と……踊りたかった。
大和……会いたいよ。
もう……嫌われちゃったかな……。
昨日私が呼ぶ止めても、鬼の形相で彼は去っていった。
多分、私がなにを言ったって……大和は聞く耳を持ってはくれない。
……そんな気がする。
「そんな素敵なイベントがあるのね!徹、葵ちゃんと踊りなさいよ!きっと良い思い出になるわよ!」
えっ……!?
紀子さんがノリノリで発した言葉に驚いて声が出そうになった。
「い、いえ!私たちは生徒会の仕事もありますし……」
「でも少しぐらい時間はあるでしょう?二人は恋人以上の関係なんだし、こういうイベントは大切よ!」
恋人以上の関係……!?
確かに婚約が……っていう話を私と徹は干渉せずに放任するスタンスを取っていたれど。
「徹……そのフォークダンスで葵さんに恥をかかせてはいけない。わかっているな?」
紀子さんの言動を傍観していることが多い村瀬先生までそんなことを言い出した。
「ああ、わかってる」
徹の返答に呆気にとられた。
「と、徹!私、フォークダンスを踊るなんて!」
「時間的にも多分大丈夫だろう。俺たちの仕事は後夜祭までには終わりそうだし」
なにを言っているの、徹?
そんなことをしたら……。
私が口を挟もうとすると徹は鋭い眼光でこちらを凝視する。
『今は黙っててくれ!』
彼の視線は私にそう言っている気がした。
「じゃあ俺たち忙しいから……」
「ええ、二人とも頑張ってね!」
昨日から全く眠れていない。
朝から凄く多忙だった。
大和のことが心配で気が気じゃない。
徹の両親の反応が辛い。
頭の整理が追いつかない。
「どうなってるの、徹……どうして私たちがフォークダンスを踊るなんて流れに……」
紀子さんたちと別れて生徒会室に戻ってきた。
徹にさっきあったことを説明してほしくて、疑問を投げかけるけど……。
「実は……結構前からおまえのお父さんと俺の両親の間で話が大きくなっていたらしくて……」
「そ、そうなの!?なんでそのことを教えてくれなかったの!?」
夏休みにこの話を最初に聞いた時は婚約をしたら将来的に結婚して……という一つの候補としての、数ある可能性の話に過ぎなかったのに。
「前にも言っただろう?その気になって俺たち二人で反対すれば大丈夫だって」
言ってたよ……言ってたけど……。
話が段々と複雑になってきている。
このままだとだめな気がする。
……嫌な予感がする。
「徹……もうこの協力関係の継続は……」
「わかってる、葵。俺にケジメをつけさせてほしい」
この時の私は身体的な疲労と精神的なストレスで……もう疲れていた。
「俺の好きな人が……この学校にいるんだ。そいつにわからせてやりたい。俺の気持ちを」
……辛い。
……苦しい。
「だから俺と後夜祭でフォークダンスを踊ってほしい」
なんとかしなきゃ……大和に私の話を聞いてもらって……。
「そいつに……思い知らせてやりたいんだ。俺が感じてきた辛い気持ちをそいつにも味合わせてやりたい」
「復讐……?」
「……そうだ」
今の徹は女子からの人気が高いことは知っている。
成績は常にトップ、運動神経も良い。
生徒会副会長。
「そんなことをしても……虚しくなるだけだよ」
私は肌で感じた。
大和に構ってほしくて……気にしてほしくて……。
その結果が今の事態を招いている。
「そうかもしれない。でも……俺は……」
徹の目を見ていると、そこには強い意志があることがわかる。
「徹……ごめん。そんなことをしたら……今度こそ、大和に言い訳できない」
そう……現時点でも大和に嫌悪感を抱かれいているかもしれないこの状況でそんなことをすれば……。
「葵、今ならまだ言い訳できるのか?」
「それは……」
わかってる……もう手遅れだって。
「葵の気持はわかっている。だから俺に任せてくれ。俺がすべて大和に説明する」
「え……?」
「だって、葵はなにも悪くないだろう?」
私は……悪くない……?
「葵は本当に頑張っていた。大和に振り向いてほしくて勉強を頑張って、生徒会にも入って」
私……頑張ってた……?
「元はと言えば……悪いのは大和の方だったと思う。これだけ葵が想っているのに、自分の力を過信して、漫画だかアニメだかに夢中になっておまえのほうを見ようともしていない」
気持ちが少し……楽になる。
「そして俺も悪かった。安易に協力関係なんて持ちかけたから、話が余計に拗れてしまった」
私は……辛さから、苦しみから、逃れたかった。
「悪いのは俺だ、大和だ、環境だ。もう一度言うが……」
涙が……溢れてくる。
「葵はなにも悪くない」
自分が肯定されたことで楽になった。
目の前の問題から逃げた。
自分は悪くないと思いたかった。
「後日、すべてを打ち合ける。大和にも、親にも、葵のお父さんにも」
私がしてほしかったことだった。
「俺は罵倒されても構わない。それでもこれだけは強調して言わなければならないと思っている」
そして……。
「葵は完全に被害者なんだって」
私が言ってほしかった言葉。
「だから……最後に頼む。後夜祭で俺とフォーダンスを踊ってほしい」
徹は頭を深々と下げて右手を私に差し出した。
「今日一日……俺の彼女になってください」
もう正常な判断なんてできなかった。
とにかく楽になりたい。
私は悪くない。
大和にそれを理解してほしいだけだった。
「はい、よろしくお願い……します」
徹が差し出してきた手を……私は握った。




