24話 純真な優しさ
文化祭前日。
午前中の授業を終えた後、午後から文化祭の準備がある。
生徒たちが数週間前から放課後や休み時間に少しずつ進めてきた準備を今日で一気に完成させる。
「あの、牧野大和くん、いますか?」
私は大和のクラスを訪ねた。
昨日までは毎日私に話かけてきた大和だけど、今日はそれが無かったから気になっていた。
「あ、生徒会長の宮野さんだ。牧野くんなら帰ったよ」
「え、帰った?でも、これから文化祭の準備だよね?」
「うん、でも別に大丈夫だよ。今更手伝ってもらっても……って感じだし」
大和はこれまで文化祭の準備にほとんど参加していなかったらしい。
その事実を知った私はついさっき帰っていったという大和の事を追いかけた。
またイライラする。
昨日まで大和は私のことを気にしてくれていると思っていて、幸せな気持ちになっていたのに。
「大和!待ちなさい!」
下駄箱前で靴を履き替えている大和を見つけた。
「あ、葵…………どうした……?」
「どうした?じゃないでしょ!一体ここでなにしてるの!?皆、頑張って文化祭の準備してるんだよ!?」
「それは……わかってる……けど」
文化祭の準備はしない。
勉学も疎かになっている。
私にも話かけてこない。
「誰か一人でも欠けたらその分皆に負担が掛かるんだよ!」
「そんなこと……わかってる、よ……」
感情の起伏が激しい。
「わかってるなら早く教室に戻って!私も文化祭の実行委員の人たちと打ち合わせがあって忙しいんだから!」
あぁ………なんだろう。
なんで……いつもこうなるんだろう……。
私はただ……頑張ってほしいだけなのに………。
大和と同じ大学に行きたくて……。
大和とこれからもずっと一緒にいたくて……。
それなのに……。
「ちょっと聞いてるの!?」
どうしてそんなふうなっちゃったの?
私は明日の文化祭を楽しみにしていたのに……。
「最近……学校で流れている噂だけど……」
俯いていた大和が顔を上げて言葉を発した。
その表情がとても緊張感を含んでいることが一目でわかった。
「徹と……付き合ってるのか……?」
はっとした。
さっきまで込み上げていた怒りが嘘だったようにどこかへ消えた。
「つ、付き合っているのか……?」
一気に感情が切り替わる。
やっぱり大和は私のことを気にしていたんだ……。
私のことを完璧に意識している……!?
「……気に、なるの……?私と徹の……噂話が……」
愉悦……そう形容して遜色ない喜びだ。
「それは……俺たち、幼馴染だし……。徹は親友だし……。その二人が付き合ってるかどうか……気になるだろう……」
私は大和の目をジッと見つめるけど、彼は本心を隠すように視線を逸らした。
「それで、どうなんだよ?徹とは?」
笑みがこぼれる。
彼とは長い付き合いだけど、ここまで焦ったような大和の顔は見たことが無かった。
その事実が堪らなく私の心を躍らせた。
「ふふっ……別に~、大和には関係ないでしょ」
ここで本当のことを告げても良かったのだろうけど、私の心はもっと大和を求めた。
もっと私のことを想ってほしい。
もっと私のことで悩んでほしい。
もっと私に構ってほしい。
そうすれば徹が言っていたように、彼のほうから……もしかしたら、告白を……。
明日は文化祭……後夜祭のフォークダンス。
シチュエーションはバッチリ。
「そんなことより明日の文化祭の準備で大変なんだから」
本当はもっと話を引っ張って大和が困難する顔を見たかったけれど。
『徹は生徒会でとても頼りになって、誰かさんと違ってカッコいいしね』……なんて思っていもいない言葉が口から出そうになった。
「早く教室に戻るよ」
うん、これ以上は可哀そうだしね。
そんなことよりも明日の文化祭に意識を向けてもらいたい。
「俺一人いなくても……なんとでもなるだろう……」
そんな私の期待を裏切る言葉が大和の口から聞こえてきた。
「なにを言ってるの!?そういう問題じゃないでしょ!」
さっきまでハイになって気持ちよくなっていた心が一瞬でどす黒い色に変わった。
どうして屁理屈ばかり言うの?
そんなだから学校でも孤立しているし、学業だって振るわないんじゃないの?
「学校行事なんだから役割分担して協力しなくちゃだめじゃないの!」
明日は私の誕生日なのに……。
明日は文化祭でフォークダンスがあるのに……。
「ほら、早く教室に戻って!」
あなたに振り向いてほしくて……。
あなたを導けるぐらい大きな存在になりたくて……。
毎日頑張っているのに……。
「うるせぇな……」
俯いている大和が小声でなにか言っているけどよく聞こえなかった。
「え、なに!?」
言いたいことがあるなら男らしくはっきりと言ってほしい。
「うるせぇんだよ!!」
なにが起きたのかよくわからなかった。
大和の叫ぶ声が……鋭い眼光が……私に向けられていることを瞬時に理解できなかった。
「や、大和……?」
踵を返して校舎を出ていく大和を私は慌てて追いかけた。
「放せよ」
頭がパニック状態だけれど、その足を止めてほしくて彼の手を強く握った。
しかし大和は私の手を払いのける。
こんな大和は見たことがない。
彼は今まで一度だって、私にこんな態度を取ったことがなかった。
「ちょっと待って!」
なんとかしなくちゃいけない。
「大和、なにか気に障った?ご、ごめんなさい」
私が大和を怒らせてしまった。
このままだと大和に嫌われてしまう……?
大和に……嫌われる。
それだけは昔から絶対に嫌だった。
な、なんとかしなくちゃ……。
「あの……明日なんだけど、夕方から後夜祭があるよね」
頭が回らない。
とにかく必死だった。
「その時にキャンプファイヤーがあって……」
私と徹は付き合っていないんだよ。
私は大和のことが好きなんだよ。
「もし良かったら私と一緒に……フォークダンスを、踊ってほしいの」
全身が冷たい。
怖い。
嫌われたくない。
「大和は知らないかもしれないけど、そのフォークダンスを一緒に踊るとその男女は結ばれるっていう────」
私の言葉なんて聞こえていなかったのかな?
それとも私なんかとフォークダンスを踊るなんて、彼からすれば滑稽極まりないことだったのかな?
「待って!待ってよ!」
走り去っていく彼を追いかけたけど、恐怖で足が竦んでいた私なんかじゃ追いつけるはずもない。
目の前の受け入れたくない現実に涙が止まらない。
「うっ……うっ……や、やまと……」
私の隣にはいつも大和がいてくれた。
そんな大和が初めて私の傍からいなくなったような気がした。
結局、本質は変わっていない。
私は臆病で泣き虫でひ弱な人間。
「宮野生徒会長?どうしたんですか?」
学校の正門付近で一人で泣いていると、後方から男性の声がした。
「あ……いえ」
声を掛けてきてくれたのは教頭先生だった。
「だいじょうぶ……です」
強がってそんなことを言うけれど、泣いている顔を見られてしまった。
慌てて制服の袖で涙を拭うけれど、悲しみは消えない。
「今さっき帰っていったのは……牧野大和くん、でしたか?」
「あ……は、はい……」
まだ泣き続ける私を見て教頭先生は少し困ったような表情をしていた。
「彼となにかあったんですか?」
「い、いえ……なにも……。ただ……うっ……私が彼を、怒らせてしまった……だけで」
私がそう言うと教頭先生はそっと言葉を掛けてくれる。
「そうですか。人間若い時は色々とぶつかり合うものです」
若くして管理職になったこの人はとても優しいその性格から学内の生徒たちから好かれている先生だった。
「わ、わたしが……彼を怒らせてしまって!……」
「大丈夫ですよ、宮野さんも牧野くんも我が校の誇りです」
癇癪を起こす私に先生は続ける。
「焦らなくても心が落ち着いた時にしっかり話合えば良いのです」
先生の言葉が、優しさが、心に響く。
「大丈夫」
不思議と少しずつ心が落ち着いていく。
お父さん……村瀬先生……紀子さん。
私は自分を取り巻く大人たちに疑念や警戒心を持っていた。
「大丈夫ですよ」
だけど、教頭先生の……遠野先生の言葉には不思議と心が温かくなった。




