意外な人物
桜彩国に来て一週間……あれから平和な日々を送っている。
私を狙っている犯人については、橙矢さんがずっと護衛をしてくれているお陰なのか全く現れなくなった――その為、犯人探しは行き詰っているみたい。
そして、毎日、いや時間があるとリオールと手紙でやり取りをしているようにしている。
魔法道具のお陰ですぐ手紙が届くので、今ではちゃんとした便箋ではなく小さなメモ紙のようなものでたった一行だけを書いて送る事もあるほどだ。
『”最近バルムント兄上がよそよそしいんだよ??青藍を内緒で帝国から出したことをまだ僕が怒っていると思ってるのか近くを通り過ぎようとするだけで体を強張らせるんだ。……あんな兄上初めて見たかも。ちょっと面白くてわざと兄上の近くを通って行くんだ”』
『”バルムント様に八つ当たりしないでよ。可哀想じゃない。それで??私との結婚は考え直してくれるの??”』
「”結婚式は予定通り行うよ。だからそれまでに戻ってきてね、じゃないと迎えに行って無理矢理連れ帰るから”……あいつ、ほんっっとーになんにもわかってないわね!!」
いつもならここで手紙のやり取りをいったんやめて違う事をするのだが、今日は徹底的に争いたくなった。
私は適当な紙に自分の気持ちを書き出す。
『”大体ね、こっちが結婚する気はないって言ってるのに強行しないでよ!!本当に私の事を好きって思ってくれているならこんなことしないでしょ、普通!!”』
『”だってこうでもしないと青藍はどっかへふらふらしちゃうじゃないか!!君、今まで自分は身分も低いし魔法も使えないから私の事なんて誰も相手にしないって言ってたけど、学園の男子達に結構好意を持たれていたんだよ!?身分とか関係なく青藍は人気があったんだから!!”』
『”それは別に関係ないでしょ!!リオールだって学園中のご令嬢に囲まれてさぞかしいい気分だったでしょうね!!”』
『”喋る肉塊には興味はないって言ってるだろう!!うわべだけしか見てない人間は大嫌いだし、ある程度はおだててやらないと彼女達の親がうるさいし、父上にも迷惑をかけてしまうからしょうがなく話しかけてただけだよ!!”』
『”そういえば生徒会の会長とはどうなったのよ。彼女といい雰囲気だったってみんなが噂してたじゃない。だからてっきり私”』
「昼食をお持ちしました。……あれからずっと手紙のやり取りをしていたんですか??実は仲良しなのでは」
「そんなわけないじゃない!!って、書いてる途中だったのに手紙送っちゃった。……仲良しじゃないわ、相変わらず冷戦中よ」
「そうですか、では一度中断してくださいね。少ししたら橙矢様もいらっしゃるので」
茉莉がテーブルに昼食のお皿を並べていると、橙矢さんが暗い顔をして戻ってきた。
椅子に座った橙矢さんは何かを考えているような仕草をしている……どうしたんだろうか。
「橙矢さんおかえりなさい……なにかあったんですか??」
「いや、城下町で自殺したと思われる女性の死体が見つかってな……」
「自殺した……??」
「川辺に女性の死体が発見されたんだ、死因はまだ不明で調べ中だ。――だが、身元を調べていたらその女性は悠々に儲け話をふっかけた本人だったことはわかった」
「え……」
その女性は城内で雇われていた侍女の1人だったらしく、借金を返すために青の屋敷に勤めていたという。
彼女の死体は外傷もなく、まるで眠るように亡くなっていたようだ。
「眠るように??それってもしかして」
「ああ、悠々と同じ死因かもしれない。彼女の部屋からは青藍の写真と、ずっと紛失物扱いだった黄の屋敷の武器庫の鍵が見つかった。それを使って桜彩国軍の軍服と銃を持ち出したのだろう」
「犯人確定ってことだよね。でも、どうして私を??」
「証拠もあるし、犯人はすでにこの世にはいない……一件落着だ。だが、確かに謎な部分が多い」
私とその女性は会った事もなければ接点もない……どうして私を誘拐させるようなことを悠々に言ったのだろうか。
橙矢さんは懐から一枚の写真を取り出して私に見せてくれた。
「彼女の写真なんだが……この女性にあったことは??」
「……いいえ、全く」
「だよな。変な事を聞いてすまなかった」
写真には灰色の長い髪をした美しい女性が映っていた。
美しい色素の薄い黄色の瞳は写真越しだというのに、あまりの綺麗さに吸い込まれてしまいそうだと思ってしまうほどだった。
「この件はもう忘れてくれ。――さて、この後の予定は??」
「えっと、赤の屋敷に行って本を見に行きたいの。あと、翡翠様と鷺羽様が衣装のデザインについて話したいから緑の屋敷に来るようにって言われてる」
「わかった、付き合おう」
橙矢さんと一緒に昼食をとってから、まず赤の屋敷へと訪れる。
相変わらず慌ただしく歩いている人達の邪魔にならない様に書斎へ行くと偶然通りがかった夕緋様に会った。
「おや、本を読みに来たのかな??」
「お邪魔にならないように部屋の端で読ませてもらいますね」
「そう気にすることはない。それにここの書物には桜彩国特有の文字で書かれていることがあるから読めないものもあるだろう……私が教えるから遠慮なく聞きなさい」
「よろしいのですか??でも、それなら橙矢さんが読めるのでは??」
「……」
「あれ??橙矢さん??どうして目をそらすんですか」
書斎には本をテキパキとしまっている人達もいて、絶賛お仕事中なのだろう。
邪魔にならない様に、と思ったのだがどうやら私では読めない字があるらしいので、夕緋様は快く読み方を教えてくれると言ってくれた。
そして、橙矢さんを見るとつばが悪そうに目をそらした。
「橙矢は古代文字を勉強しなかったからな」
「うっ……ですが、今では古代文字なんて使う機会も読む機会もあまりないではありませんか」
「そうは言ってもお前は桜彩国の王族の血を引いているのだぞ??この文字を後世に伝える役目もあるというのに」
「じゃあ、橙矢さんも私と一緒に古代文字を教えてもらわないとね」
「どうだな。そうしなさい……橙矢、いいね??」
「……ハイ」
こうして嫌そうな顔をしている橙矢さんも巻き込んで一緒に小さい子向けのお伽噺の本を読むことにした。
すると、近くで作業していた二人組の声が聞こえてくる。
「そういえば鏡華さんの事聞いたか??……今日川の近くで死体で発見されたらしい」
「ああ、聞いたよ。……彼女、必死に勉強してやっと正式に青の屋敷で働けるって嬉しそうにしていたのに」
「残念だよな。いい子だったのに」
「川で発見された死体……??さっきの話って」
「青の屋敷に配属になる予定だった女性が今朝、死体で発見されたようだ。彼女は努力家でね……よくこの赤い屋敷でよく勉強に勤しんでいたよ」
「そうだったんですか。残念ですね……」
自殺した女性――鏡華さんはよく赤の屋敷のこの書斎で医療についての勉強をしていたという。
その姿は夕緋様もよく見かけていたようで、時には10時間以上この書斎にいたこともあったという……相当努力して勉強していたようだ。
翡翠様達との約束の時間に近づいてきたので夕緋様にお礼を言って別れる。
「もう行ってしまうのか……」と、少し残念そうな顔をしていた夕緋様にまた来ることを言うと嬉しそうに笑ってくれた。
「あんなに頑張ってた人が自殺するなんておかしいと思うんだけど……」
「その話はもう忘れろといっただろう」
「でも、あまりにも不自然すぎる気がする」
緑の屋敷への扉をくぐり、私は橙矢さんにさっきの事をきいてみた。
努力して青の屋敷に正式に働けるようになったのに自殺なんてする??ますます自殺する理由がわからない……。
「死人の気持ちなんてもう聞くことも知ることもできないんだ……だからもう忘れろ」
「そうだよね……ごめんね」
「何かあったのぉ??」
「わ!!翡翠様……!!いつもいつもいきなり現れないでください!!」
「ふふふ、ごめんね」
必要以上に考えすぎている私に橙矢さんは優しく頭を撫でてくれた……これ以上考えても仕方がない事だと思っているがどうしても気になってしまっている自分がいる。
すると、いつの間にか隣にお化粧をして女性物の衣装を身にまとっている翡翠様が立っていた……相変わらず女性と見間違えてしまうほどの美人さんだ。
「いらっしゃい、青藍ちゃん。お母様も待ってるよ」
「すみません、遅くなってしまいました」
「いいよー、早く行こう!!橙矢ちゃんは部屋の外で待っててね!!男子禁制なんだから」
「……翡翠様も男子ですが」
「僕はいーの!!ほら、早く!!」
奥にある部屋に案内されると、私が部屋に入った瞬間に橙矢さんは部屋の外に締め出されてしまった。
その部屋は天井から美しい色とりどりの細い布が垂れ下がっていて、色の雨が降っているような幻想的な部屋だった。
その布の雨の下にあるソファに座っていた鷺羽様はその雰囲気にとても似合っていて、まるで神話にでてくる女神様のようにも見える。
「青藍、来たのね。ささ、私の隣に座りなさいな」
「鷺羽様、遅くなって申し訳ありません」
「いいのよ。少しお茶を飲んでから青藍の衣装作りに取り掛かりましょうね」
「えっ……私のですか??」
「そうだよ!!青藍ちゃんに似合う衣装を作ろうね!!」
私は鷺羽様と翡翠様に挟まれて座り、お茶やお菓子を食べながら女子 (?)トークが始まった。
話の内容は帝国や桜彩国の化粧品の話や衣服の事など女子独特の内容だ。
「それでそれで??青藍ちゃんに婚約を申し込んだ彼氏はどんな人なの??」
「……リオールとは付き合ってませんので彼氏じゃないです。向こうが勝手に言ってるだけで」
「でも、随分青藍に心酔しているみたいね。最近そのリオールって子からお手紙が来るのよ??青藍を返してくださいってね」
「ぞっこんだねぇ……でも、もう少し青藍ちゃんの事を考えてほしいね」
鏡の前に立たされた私にいろんな布を当てながらお二人はリオールについて話し始めた。
そして、着せ替え人形にされながら女子トークは続く。
ふと、部屋の隅にあった完成している一着の衣装が目に入った。
「あの、あそこにある衣装はなんですか??とても綺麗ですね」
「ああ、あれ??……渡す相手がいなくなっちゃったの」
「いなくなった??いきなり受け取り拒否とかになったんですか??」
「……ううん、死んじゃったの」
「え??」
細かい刺繍がされているその衣装はとても美しく、そして高価なものだと見て分かった。
だが、その衣装の事を聞くと翡翠様は興味が無いようにそっけなく答える。
「今度青の屋敷で正式に務める子がいるから、そのお祝いで衣装を仕立ててほしいって言われたんだけど……その子が今日死体で見つかっちゃったらしくて」
「もしかして鏡華さんっていう女性ですか??」
「そうそうー。珍しく瑠璃斗が僕に仕立てを頼んできたんだ。就職祝いで渡したいからって」
また意外なところで鏡華さんの名前が出てきてびっくりする。
豪華な衣装はその鏡華さんのために仕立てられたものだったらしい。
「瑠璃斗がさっきここに来て事情を説明しに来たんだけど……その時にはすでに鏡華の死因を調べるために解剖した後って聞いたんだ。知人が亡くなったって言うのに相変わらず無表情で怖かったよ。今も昔も人間味が無くて気味が悪いヤツ」
「医師にはそういう強さも必要なのよ。きっと表に出さないだけで本当は悲しいはずだわ」
私が見たことのある瑠璃斗様は泣いたり笑ったりしていたけど……どうやら無表情の事が多いようだ。
翡翠様はあんまり瑠璃斗様の事が好きではないみたい。
……むしろ、ちょっと憎んでいるのかもしれない。
「どーだか。瑠璃斗には前科があるじゃない。小さい頃から優しくしてくれた白蘭に毒を盛った冷酷人間なんだから」
「翡翠、もうその事は……」
「あれ??今日届いた青の布がない……ちょっと探してくるねー」
翡翠様が冷たく言い放つと、鷺羽様が困ったように宥めようとした。
だが、それを遮った翡翠様は何事もなかったように笑って部屋から出て行ってしまう。
なんだか気まずくて俯いていると鷺羽様が優しく声を掛けてくれる。
「変な空気にさせてごめんなさいね。……青藍は瑠璃斗が王族の血を全く引いていないというのは知っているかしら??」
「その話は初耳です。血の繋がりが無いのになぜ王家に??」
「いい機会だし話しておきましょうか。紫苑陛下の弟君の黒陽様が娼婦の女性と結婚なされて、瑠璃斗はその娼婦の連れ子だったの」
「連れ子!?そうだったんですね……」
「黒陽様がその娼婦と結婚して一か月後に二人は不慮の事故で亡くなってしまって……取り残された瑠璃斗を不便に思った紫苑様が養子として引き取ったのよ」
鷺羽様は自信の頬に手を当てながらゆっくりと話し始めた。
夕緋様も翡翠様も瑠璃斗様にはよそよそしいと感じていたがこんな事情があったとは……。
「だから夕緋や翡翠は瑠璃斗の事をあまりよく思っていないのよね。けれど唯一、白蘭は瑠璃斗の事を気に掛けていたわ……だから瑠璃斗も白蘭に懐いていたの」
「でも、それならどうして瑠璃斗様はお母さんに毒を盛ったんでしょうか??」
「そうなの、それがずっとわかっていないの!!毒って言っても、軽い倦怠感や筋力の低下の症状だから命を脅かすほどでもないし……紫苑様はもう追及するなって仰るし」
「何がしたかったんでしょうか。ますます謎、ですね」
私達が首を傾げていると、沢山の青い布を持ってきた翡翠様が戻ってきた。
翡翠様はその青い布を私の体に当てると上機嫌で衣装を仕立てていき、再び着せ替え人形にさせられたのだった……。
全く新しい登場人物が犯人。
リオールの存在感が薄いですが、もうしばらくお待ちを・・・




