大切な人の為に
翡翠様と鷺羽様に着せ替え人形にされて2時間後、私はようやく解放された。
私はもちろんだが、すぐ傍で待機していた橙矢さんも疲れ切った表情をしている。
橙矢さんの手にはお二人に持たされた衣装などが入った蓋つきの大きな籠を持たされて余計しんどそうだ……。
自室に入り、ソファにどさり、と座り込む……本当に疲れた。
橙矢さんは「飲み物を取ってくる」と言って籠を部屋の隅に置いて部屋から出て行ってしまった。
ふと、水の器に手紙が浮いているのが見えてそれを取って広げる。
「”君のお母様から伝言だよ。「瑠璃斗にはあまり近づかない様にしてね」だって。瑠璃斗ってどんな人??”……リオールと少し雰囲気が似てるって送ってあげようかしら」
私はとりあえず返事を書こうと、水の器の置いてある丸い窓の目の前で返事を書き始めた。
目の前には相変わらず美しい庭園が広がっている――そして庭の中央に白い花を持った瑠璃斗様がいて目が合った。
近づくな、と忠告されたばかりなのに瑠璃斗様のほうからこちらに向かってゆっくり近づいてくる。
「こんにちは。君に伝えたいことがあってここでまっていたんですよ」
「こ、こんにちは。伝えたい事ですか??」
「ええ。是非、君に見てもらいたいものがあるんです」
段差によって瑠璃斗様が私を見上げて言うと、手に持っていた白い花を私に差し出してきた。
嬉しそうに笑う瑠璃斗様だが、首や手の甲には引っ掻き傷のようなものがあって痛々しい。
「あの、その傷……猫にでも引っかかれたんですか??」
「これですか??まぁ、そんなところです」
「よければ治しますよ。治癒魔法が使えるので」
「ではお願いしても??」
白い花を受け取って窓辺にひとまず置くと、両手を出すようにお願いした――よく見ると、手の甲だけではなく服に隠れていた腕の方まで広範囲に数本の長い傷があった。
かさぶたになっている傷に手を添えて治癒魔法を使うと、傷は数秒で無くなる。
次に首辺りにある傷も治していく――集中するために閉じていた目を開けると、目の前には少し頬を赤く染めた瑠璃斗様がいた。
「……治癒魔法は始めてだけど、こんなに気持ちいいと思えるもんなのですか??」
「え”!?あの、普通は気持ちいいって思う事はないはずなので勘違いですよ、絶対に」
「そうですか??確かにそう思ったんですが……」
瑠璃斗様がリオールと同じことを言いだしたので急いで気のせいと言っておいた。
傷が無くなった自身手をうっとりと見て瑠璃斗様は上機嫌に笑っている。
「ありがとうございます。では、明日に迎えに行きますね」
「わかりました。じゃあ橙矢さんにも言って――」
「いえ、橙矢は来る必要はありませんよ。青藍が護衛される意味がなくなりましたので」
「え??」
私の言葉を遮って言うと、瑠璃斗様は背を向けて庭から出て行ってしまった。
それと同時に後ろの扉が開いて橙矢さんと茉莉が入ってきたので、二人を出迎えた。
***
鏡華が死んだ……まるで穏やかに眠るように。
李黄兄様が彼女の死体を運んできて、自殺の可能性が高いが念のため死体を解剖して欲しいと言われた。
血の気のない顔は、昨日まで血が通っていて僕と普通に話していたのに。
むしろ、喧嘩別れのような最後だったのでそれが少し心残りかもしれない
『瑠璃斗様……それはつまり私はもう必要ない、ということですか??』
『だって君は白蘭姉様の代わりでした。姉様と同じ瞳の色をしていたから傍に置いていただけですので』
『……青藍様が桜彩国にいらっしゃったからですか』
『君は瞳だけ姉様だけど、青藍は瞳以外の全てが姉様の生き写し――君と比べられないほどの価値があるものを見つけましたからね」
たまたま僕が担当した患者の鏡華はくすんだ色の黄色の瞳をしていた……今まであった誰よりも姉様に近い色だった。
それが気に入って、退院後も気まぐれで構うようになり鏡華も僕に懐いた。
鏡華は青の屋敷で下働きをしながら医学の勉強に励み、先日正式に僕の直属の部下になる事が決定していた。
『やはり、白蘭様の事は忘れられないのですか??でもあの方は青藍様です、白蘭様では――』
『あれは姉様です。あの頃の姿のままで戻って来てくれた。ようやく止まっていた僕の時間が進み始めるんです』
『ありえませんよ……そんなこと』
『それよりどうしましょうか??鏡華の病状、また悪化しましたよ。ただし手術すれば助かりますが』
なんだか鏡華が一段と煩い……いつもならこんなに食いついてこないのに。
そんな彼女に先ほどの定期健診の結果を知らせる。
手術すれば助かる、けど、少し後遺症が残って思うように身体を動かすことはできなくなるだろう。
『……瑠璃斗様は青藍様が狙われていることを知っていますか??』
『ええ。青藍の体に銃弾が当たらなくてよかったです』
『あれは、私が人を雇ってお願いしたんです。青藍様を連れてきて、他の王族の方々に知られず瑠璃斗様に直接会わせられるように』
『そうだったのですか??でも、失敗したんですよね……それができていたら鏡華のことすごく褒めてあげましたが』
青藍が狙われていると聞いて気が気ではなかったが、犯人を知る事ができてむしろ安心した。
どうやら僕の所に青藍を連れてこようとしてくれていたらしい――が、失敗しているし残念だ。
兄様達が僕の悪口を言っているせいで、青藍が僕の所になかなか来てくれないし……もし、その作戦が成功してたら今頃僕だけのものだったのに。
『李黄兄様は必ず犯人である鏡華の元にたどり着くでしょう。あの人、すごく鼻が利くので』
『そうなれば、私は王族を危険な目に合わせた罪人……死刑ですよね』
『でしょうね……病気を治しても君はどちらにせよ死ぬ運命にあるんですね』
『っ!!全て貴方の為にやったことなのに!!どうしてそんなに冷たいんです!?』
『だって、僕の傍に青藍がいないではありませんか。それが、答えです……使えない子はいりませんよ』
僕が事実を言うと、鏡華は力いっぱい僕に殴り掛かってきて腕や首に爪を立ててきた。
だが、所詮女の力。
思いっきり突き飛ばすと、壁に思いっきり体を叩きつけた鏡華は苦しそうに座り込んだ。
僕はせめてもの慈悲として、戸棚にあった貴重な薬を渡そうとすると2錠あった薬が1錠しかなかった。
『もしかして、この薬持ち出しましたか??』
『……青藍様の誘拐が失敗したらその薬を飲んで自害しなさいと雇った男に渡しました。国で死刑を言い渡されて苦しんで死ぬよりはましだからと』
『じゃあ、今度はこれをお前が飲むんですね。苦しんで死にたくはないでしょう??』
『う……ううっ……』
『大丈夫、泣かないでください。飲んでから眠ると夢を見ながらあっという間に死ねますよ』
僕は鏡華の頭を撫でながら彼女の手に薬をしっかり握らせる。
すると、力なく立ち上がり部屋を出てった。
それが彼女との最後だった。
「……君が望むなら、死刑を免れる方法を一緒に探したのに。でも、君は諦めたんだね」
今ならまだ、証拠を消す方法はいくらでもある。
李黄兄様がたどり着く前にうまくやれば、それかもう青藍を狙わなければそのうち忘れ去られたかもしれないのに。
「でも、鏡華の死は無駄にしません。……ずっとほしかったんですよ、白蘭姉様に似た色の眼球が」
もうこの声は届かないだろうけど、君はまだ僕の為になる。
傷つかないように眼球を取り出すと、それを保存液の入った容器に入れる。
「この瞳を青藍に移植できたら姉様になるけど……失明したら嫌ですし」
この瞳になった青藍はきっと、姉様そのものになる。
もしかしたら視力は失われるかもと思っていたけど、あれほどの治癒魔法の威力なら移植しても視力が回復することができるかもしれない。
「それにしても、両陛下に兄様達、帝国にいる幼馴染の男……邪魔者が多いですね」
僕は鏡華の眼球を見つめながら大事に棚に置く。
……もう、以前と同じ失敗はしない。
「青藍に姉様の仕草や言葉遣いをしっかり教え込んで……今度こそは僕から離れない様にしなければ」
昔、白蘭姉様に微量の毒の入った薬を渡していた――そうすれば姉様は部屋から出ずに僕とずっと一緒にいてくれると思っていたのに。
あの庭師の男が来てから僕の計画はあっけなく失敗して姉様は僕を置いて国を出て行ってしまった。
今回は焦らずゆっくりと、確実に進めて行こう。
とんでもないシスコン、瑠璃斗様




