桜の大樹
城内はとても広くて複雑な構造をしていた……これは、きっと迷子になる。
お城の奥には庭があってその中央には満開の桜の大樹が植えられていて、その周りには4色の扉が立っている。
「ここは桜彩の間と言ってそこにある扉を通るとそれぞれの屋敷に繋がっているんだ。国王の子供達――つまり夕緋様や俺の父上達が屋敷の主をしている」
「屋敷に繋がってる!?大がかりな魔法だね……」
「大昔に王家に仕えていた魔法使いが完成させた転移魔法だと言われている。……さて、まずは夕緋様の屋敷に行こう」
風によって葉や花が揺れるとその色は七色に変わり、風が止むとまた緑と薄ピンクになる……ますます不思議な木だ
橙矢さんは一番左端にある赤い扉を開けた。
扉の向こうには赤い鮮やかな色を基調とした室内が存在していた。
「ここは”赤の屋敷”、夕緋様が主の「学」に優れたものが集う場所だ」
「ここにいる人たちは頭のすごくいい人達ってこと??」
「まぁ、そんなところだな」
扉を向けると赤と金色の装飾のされた豪華な室内に入る。
屋敷内には分厚い本を持った男性や、巻物を何個も忙しそうに運んでいる女性がせわしなく通り過ぎていく。
「青藍??早速訪ねて来てくれたのか??」
「はい!!もしかして、お忙しい時に来てしまったでしょうか??」
「いや、構わん。時間があるから私が案内しよう――ついてきなさい」
そんな人達の流れを見つめていると、夕緋様がやってきた。
恐らく仕事中でお忙しいのに夕緋様自ら屋敷を案内すると言ってくださったので、お言葉に甘える事にした。
「この書斎には桜彩国の全ての歴史や知識などが全て記載されている」
「全てですか??だからこんなに広いんですね」
「青藍は勉強は好きかい??」
「……嫌いでした。学校でも合格点ギリギリでしたよ」
「なんだ、白蘭と一緒だな」
古い紙の臭いに包まれている書斎には大きな本棚にびっしり本と巻物が入れられていた。
夕緋様に勉強の事を聞かれて、学生時代の苦い思い出がよみがえる……。
私の嫌そうな顔になったのを見て、夕緋様が口に手を当てて笑った。
「では、桜彩国の歴史に興味はないか??おとぎ話のような本当の話が書かれていたり、読んでいて面白い本もある」
「おとぎ話のような本当の話……ってなんですか??」
「例えば、千年以上前に竜を騙して鱗を持ち去った男の話とか、だ」
「竜!?大昔に存在していたと言われる生き物ですよね……確かに面白そうです」
夕緋様は大人でも楽しめるという本を勧めてくれた。
中には今では、いや大昔にも存在していたのか不確かな存在だと言われいる竜の話もあると聞いて少し興味が湧く。
その様子を見て微かに優しい眼差しになった夕緋様は私の頭に大きな手の平を置いてきた。
「また来るといい。青藍なら好きにここに出入りして構わない」
「ありがとうございます!!おすすめの本があったら教えてくださいね」
私は夕緋様を見上げて言うと、より目元を緩めて優しい表情になった。
これ程の量の本があるなら、退屈しないで済みそうだ。
***
私達は夕緋様と別れて、赤の屋敷を後にした。
再び桜が舞う場所に戻ってくると、次は緑色の扉の前に立つ。
「この扉は”緑の屋敷”。翡翠様の屋敷だ……ちょっと目がチカチカするかもしれないから気を付けろ」
「目がチカチカ??」
「見ればわかるさ……開けるぞ」
橙矢さんが扉を開けるのを一瞬躊躇してから、ゆっくりと扉を手で押した。
扉が開いた瞬間、橙矢さんが言っていた意味が分かった――なんだかキラキラしている!!
「……いろんな色があってなんだか賑やかだね」
「だろう??ここは「美」に優れた者が集い、翡翠様が新しい衣装、装飾品や香水など様々な物を作っているんだ」
「だから、こんなに煌びやかなんだね」
緑の屋敷に入ると、豪華な装飾や美しい色の絨毯の様々な色が目に入り、多くの色が視界に入る。
ふんわりと城内で香っていた落ち着く香りに似た匂いがして心が落ち着いてくる気がした。
「少し屋敷を見て回るか??……回り終わった後には目が疲れ果てていると思うがな」
「ええー??失礼しちゃうなぁ。慣れればなんてことないよ??青藍ちゃんも素敵な屋敷だと思わない??」
「わっ!!翡翠様!?い、いつの間にそこに!?」
「えへへー。青藍ちゃんの気配がしたからすぐに来たんだ」
まだ緑の屋敷にやって来たばかりだというのに、橙矢さんは少しだけ目をしょぼしょぼさせていた。
するとすぐ隣から翡翠様の声が聞こえて、私は思わず飛び上がる。
「僕の屋敷を見に来たんでしょ??案内してあげる!!」
「いいんですか??でもお忙しいんじゃ……」
「全然大丈夫っ!!ほら、早く早く」
翡翠様に少し強引に手を引かれて緑の屋敷の中を案内してもらう事になった。
とある部屋には様々な素材の布や色とりどりの糸などが置かれていたり、一部屋丸ごとクローゼットになっている部屋もあって、私は見ていて楽しかった――橙矢さんはそうでもないみたいだけど。
「青藍ちゃんが今着ているその服だって僕が作ったんだよ。着心地はどう??」
「翡翠様が作ったんですか??すごいです。着やすいし、デザインも可愛くて好きですよ」
「よかったー。今度また作ってあげる!!その時は青藍ちゃんの意見も聞きたいな」
「私でよければ、是非。また遊びに来てもいいですか??」
「もっちろん。待ってるよー」
翡翠様が私や他の王族の人達の衣装も作っているというので驚きだ。
他にも香水の調合や化粧品も作っているようで、それは次回見せてくれると言ってくれた。
興味は物凄くあるので、また遊びに行く時が楽しみでしょがない。
緑の屋敷を出ると、次は黄色の扉へと入る――この扉はやはり。
「次は”黄の屋敷”、父上の李黄が主の屋敷だ」
「黄色いお花が沢山咲いてるね……なんていうの??」
「ヤマブキという植物だ。代々、この植物を植えて大事にしている」
黄の屋敷の庭には沢山の黄色い花を咲かせたヤマブキが沢山植えられていた。
屋敷自体は落ち着いた黒や茶の色をしていたが、それのお陰で庭のヤマブキの存在はより引き立てられている。
「黄の屋敷にいる者は全て、「武」優れている者達だ。俺や父上、そして桜彩国の軍人はここで日々鍛錬をしている」
「へぇー……あれって弓??私、弓で矢を放って見たかったの!!……やってみてもいい??」
「駄目だ、怪我でもしたら大変だろう――っておい!!弓を持とうとするな!!」
屋敷の所々から、勇ましい掛け声や鉄と鉄がぶつかり合うような音がしてくる。
とある部屋を覗くと、ずらりと弓が矢か壁に並んでいた。
存在は知っていたが、こんなに近くで見るのは初めてで興味本位で手を伸ばしたが、橙矢さんに脇の下に腕を入れられて強制的に弓矢から離される……残念。
「いいか??黄の屋敷には急用以外で来るなよ??……お前は目を離したら武器に触れそうだからな」
「そんなに私って信用ないの??わかったよ……」
「それでいい。さぁ、もう出るぞ」
橙矢さんに黄の屋敷にはあまり来ない様に釘を刺されて、軽く屋敷内を案内されて無理矢理扉の外に出される。
すると、橙矢さんが何かを思い出したような声を出した。
「あ、悪い。ちょっと忘れ物をした。少しここで待っていてくれるか??」
「忘れ物??じゃあここで待ってるね」
「すぐに戻るからそこから動かない様に」
そう言って橙矢さんは再び黄の屋敷に入って行った。
私は桜の木の根元で座って橙矢さんが戻ってくるのを待つ事にした……ぼんやり桜の花びらが落ちてくるのを見ていると、以前自室の近くの庭にいた男性がこちらに来るのが見えた。
薄紫の腰まである長い髪に、青、ではなく若干紫が入っている瞳は少し生気がない。
俯き気味だった美人さんと目が合うとその瞳はみるみるうちに涙が溢れて零れ落ちた。
「え!?ど、どうかしたんですか!?どこか痛い所でも!?」
「……あれ??どうしたんでしょうか……おかしいですね」
「うんと、えっと……あった。――よかったらこれ、使ってください」
とんでもないイケメンの泣き顔に私はとてつもなく焦った。
自分の服のポケットを探してみると、白い生地に青い花の刺繍がされているハンカチが入っていたので、それを差し出す。
私が入れた覚えはないので茉莉がそれとなく入れてくれていたのだろう、ナイス茉莉。
「……ありがとうございます。お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね」
「いえ、そんな……。あの、貴方は??」
「君は青藍ですよね??白蘭姉様の娘の。近くで見れば見るほどあの頃の姉様そっくりです」
「白蘭姉様??じゃあ、貴方がお母さんの弟さん??」
「はい、瑠璃斗といいます。よろしくお願いしますね」
ハンカチで涙を拭いた瑠璃斗様は少し屈んで私の顔を隈なく見始める……ちょっとはずかしい。
ふんわりと優しい雰囲気を出す瑠璃斗様は私を見下ろしてにっこりと笑った。
「そういえば、こんなところで座り込んでどうしたんです??」
「えっと……橙矢さんにお城の中を案内してもらっていたんです。橙矢さんが忘れ物をしたみたいで、今ここで待っているんです」
「夕緋兄様達の屋敷に行ったんですね。……僕の屋敷にはまだ??」
「はい。多分この後行く予定だったかと」
「……いえ、それはないでしょう。良ければ僕が”青の屋敷”を案内してさしあげますよ」
”それはない”、とはどういう意味なのだろうか??
首をかしげていると、瑠璃斗様が私の手を取って青い扉の方に手を引かれる……だが、私はすぐに止まった。
「あの、橙矢さんが戻ってからでいいですか??ここにいるようにと言われているので勝手にいなくなったら心配させてしまうと思うので」
「大丈夫ですよ。後で僕の使用人に橙矢に伝えるように言っておきますから――さぁ、行きましょう??」
「で、でも……わわっ」
橙矢さんを待っているのでやんわりと案内を断ろうとしたのだが、背中を軽く押されて有無を言わせず青い扉へと誘われる。
思わず瑠璃斗様を見上げたが、微笑みかけてくるだけだった。
私は少し不安に感じながらも、青い扉へと入って足を踏み入れた。




