桜彩国
帝国を出発して2日……私達は何事もなく国境近くまでたどり着いた。
馬には乗るのは初めてだったので、橙矢さんの前に乗せてもらっている。
いつもは箒で空を飛んでいたのでなんだか不思議な気分だ。
「国境が見えてきたな。それにしても、追手が来るかと思ったがその心配もなかったな」
「そうですね。でも、そのほうが好都合です。早く国境を抜けてしまいましょう」
「ああ。桜彩国の軍が待機されているはずだから合流してすぐにでも桜彩国へ出発しよう」
何度も後ろを振り向いたが、誰一人として私達を追ってくる気配はなかった。
国境の大きな壁が見えてきて、私はようやく緊張が薄れていく。
すると、橙矢さんが私の肩に手を置いて深刻そうな声で話しかけてきた。
「青藍、お前に言っておかなければならないことがある。……以前、命令違反をして発砲してきた奴がいただろう??」
「え、ええ。そういえばあの人はどうして私達に発砲してきたんですか??」
「それが……そもそもそいつは桜彩国の軍人じゃなかったんだ」
命令違反をしたことで罰を与えようとしたところ、その人物は軍人名簿に名前の乗っていないただの部外者だったようだ。
”悠々”と名乗った男はただの桜彩国の一般市民で、お金に困っていたところ酒場で会った見知らぬ男に儲け話を持ち掛けられたという。
成功すれば大金が手に入ると知った悠々は二つ返事で承諾、手配された軍服を着て桜彩国の軍隊に紛れ込んだようだ。
「その儲け話の内容が「白蘭王女の娘の青藍を連れてくること、怪我をさせてでも構わない」というものだったらしい」
「だから、私に思いっきり銃を向けて発砲もしてきたんですね」
「誰に命令されたのか聞き出そうとしたんだが、全く口を割らなかった……そして次の日、悠々は静かに死んでいた」
「亡くなった!?どうして??」
一晩密室で捕らえられ、もちろん部屋の外に見張りもいたようだ――だが、次の日に鍵を開けて中に入ると、眠るように悠々が亡くなっていたという。
その為、誰に命令されたのか根本的な事は分からずじまいとなってしまった。
「という事は、私がまた狙われる可能性が……」
「あるだろうな。だが、安心しろ。お前の事は俺が守るし、命令した犯人も必ず探し出してやるから」
「ありがとうございます、橙矢さん」
「まかせておけ。それから、俺に敬語は使わなくていい――お前とお前は従兄妹同士で兄妹のようなものなのだから」
「……あ、ありがとう」
後ろ振り向くと、鮮やかな橙色の瞳が優しい眼差しと目が合う。
そして橙矢さんに乱暴に髪の毛を撫でられると少しだけ気恥ずかしい気持ちになった。
そうしているうちに私達は国境のすぐ前まで来ていて、そのまま国境を超える事ができた。
桜彩国へは国境近くの港に泊めてある船に乗って一週間程で着くらしい。
船に乗り込んでからはあっという間だった――船での生活はとても新鮮で快適に過ごすことができた。
のんびりと海を眺めていると、隣にいた橙矢さんが海の向こうにかすかに見えてきた大陸を指差した。
「青藍、あれが桜彩国だ」
「わぁ……大きな国だね!!」
港に近づくにつれて活気ある人々の声や美しい街並みが見えてくる。
船着き場には豪華な装いをしている一人の男性と大勢の兵士が見えてきた。
私は橙矢さんの後ろに隠れながら船から下りると、一番前にいた男性が近づいてくる。
「橙矢様、なかなかご帰還なされなかったので心配しておりました……その方が??」
「すまない、少し遅くなってしまった。ああ、この女性が白蘭様の娘の青藍だ」
「青藍様、初めまして。私は紫苑陛下の側近をしている弓弦葉と申します。陛下がお待ちですよ」
「よろしくお願いします……」
弓弦葉と名乗った男性は薄緑色の襟足まである髪をハーフアップにし、その顔は無表情で少し怖い。
だが、目が合うと鋭い目つきが少しだけ優しい目つきになった……気がした。
私達は弓弦葉さんに付いていき、街の上の方にある大きなお城に向って歩き始めた。
桜彩国のお城は帝国のお城とは全く違う雰囲気が新鮮で思わずキョロキョロしてしまう。
庭には見たことのない花が咲き誇り、お城の中は香水とは違う優しい香りがふんわりと香ってきて不思議と心が落ち着いた。
「着きましたよ。この先に陛下と王妃がお待ちです。……陛下から青藍様だけを通すように言われておりますので、ここからは青藍様だけでお進みください」
「わ、私だけで……ですか??」
結弦葉さんがひときわ豪華な扉の前で立ち止まると、私を振り返って言った。
両開きの扉を開けると長い通路があり、両側には緩やかに流れる滝と睡蓮の花が咲き誇っている美しい水の庭が広がっていた――まるで神様のいる世界のような幻想的な美しさだ。
この先に両陛下がいらっしゃると思うと一気に緊張してきた。
「そう恐れる事はない。紫苑陛下も鷺羽王妃も誰よりもお前に会いたがっていたんだ。きっと青藍を歓迎してくれるだろう」
「そうですよ。今日到着すると聞いて、朝からソワソワして落ち着きのない陛下は初めて見ました。なので早くお顔を見せて上げてください」
「わかりました。あの、橙矢さん……終わるまでここにいてくれませんか??」
「ああ、ここで待っている」
橙矢さんと弓弦葉さんが私を安心させるように言ってくれたので頷いて扉の向こうを見据える。
私は念のため橙矢さんに待っててもらうように言うと、微笑みながら送り出してくれた。
神秘的な水の庭を抜けて、大きな扉を恐る恐る両手で開けると二つの王座には威厳に満ち溢れた王様と、気高く美しい王妃様が座っていた。
「ようやく相見える事ができたな――我が孫娘よ」
「紫苑陛下、鷺羽王妃、初めまして。青藍と申します」
「よく来てくれた。白蘭に似た素晴らしい銀色の髪だ……どれ、すぐ傍で見せておくれ」
「容姿もあの頃の白蘭と生き写しね。まるであの子が帰ってきたみたいだわ」
紫苑陛下は銀色の髪に青空のような瞳は少し鋭い……だけど、私を見つめる瞳は潤んでいるようにも見える。
鷺羽王妃は漆黒の長い髪に薄桃色の瞳を細めて懐かしむように見つめてきた。
二人は座っていた王座から立ち上がるとゆっくりと近づいてきて、私の存在を確かめるかのように頭や顔、肩などに触れてくる。
「本当によく来てくれた。長旅で疲れたであろう??難しい話はまた後で聞くことにしよう」
「そうね。時間はゆっくりあるんですもの……これからゆっくり聞かせてね」
「お気遣いありがとうございます。私もお二人といろんな話がしたいです」
紫苑陛下も鷺羽王妃も嬉しそうに笑ってくれるので私まで嬉しくなってきた。
この人達が私の祖父母だとはまだ実感がわかなくて不思議な気持ちだ。
「貴方が帰ってくると聞いて白蘭が使っていた部屋を掃除させておいたの。その部屋を使ってね」
「はい、ありがとうございます」
「陛下、お呼びでしょうか??」
「ああ。青藍、この者は茉莉。青藍専用の侍女だから何かあれば茉莉に遠慮なく言いなさい」
後ろの扉から一人の女性が深々と頭を下げて入ってくる。
茉莉、と呼ばれた少女は恐らく年齢は私と同じか少し年下、長くて黒い髪を三つ編みにしていてしっかり者な雰囲気がした。
「茉莉と申します。これから青藍様の身の回りのお世話を務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「茉莉、部屋に案内してやりなさい。――青藍、また明日」
「はい……また明日」
茉莉さんが傍まで近づいてきて、私に深々と頭を下げてきた……顔を上げた時の茉莉さんの表情は少し強張っていて緊張しているようだった。
でも、私も頭を下げて言うとびっくりしたような表情になってから安心したように笑い返してくれた。
両陛下に見送られて謁見の間を出ると、先ほど別れた場所で橙矢さんがちゃんと待っていてくれた。
「どうだった??両陛下はお前を歓迎していただろ??」
「うん……あのお二人が私の祖父母なんだね。まだちょっと実感ないや」
「そのうちになれるさ。――茉莉もそう緊張するな。青藍とは歳も近いし、いい話し相手になるだろう」
「ええ、どんな方かと思いましたが……お優しそうな可愛らしいお方で安心しました」
3人で話しながら歩いていると、少し前を歩いていた茉莉さんが蘭の花が彫刻されたドアの前で止まった。
ドアを開けてくれたので、その部屋に入るとほんの少しだけお母さんが好きな香りが漂ってくる。
「こちらが青藍様のお部屋になります。以前、白蘭様が使用していた時とそのまま残してあったんですよ」
「そうなんだ。……お母さんが好きな金木製の香りがする」
部屋の中はお花の模様に彫られた木製のテーブルや椅子、鮮やかな色の刺繍がされたカーペットやカーテンで溢れている。
壁には沢山の種類の押し花が額縁に飾られていた。
「それじゃあ俺は両陛下に今回の事を報告してくる。青藍が狙われた話もちゃんと報告しておかなければいけないからな」
「あの、橙矢さん!!桜彩国に連れて来てくれてありがとう!!」
「構わないさ。俺も青藍が桜彩国に来てくれて嬉しいよ。じゃあ、また」
橙矢さんが部屋を出て行こうとしたので、慌てて引き留めてお礼を言うと今まで見たことのない少年のような無邪気な笑顔になった。
私が狙われている可能性もあって気が抜けない状態だったからか、桜彩国の安全な場所に私を連れてきたことで肩の荷が下りたのだろう……あんな風に笑えるのね。
「さぁ、青藍様!!長旅でお疲れでしょうが、まずはお風呂に入りましょう!!この茉莉がピッカピカにして差し上げます!!」
「え、いや、お風呂ぐらい1人で入れるから大丈……大丈夫だよ!!だから脱がそうとしないで!!てか、力強っ!!」
茉莉さんが私の手を引いて奥の部屋にある浴室へと連れて行こうとする。
1人で入れると言ったのだが、細腕からは予想できないぐらいの力の強さであれよあれよと服を脱がれて湯舟に入れられると、お花の香りのする石鹸で体中ピカピカにさせられた……。
***
青藍と茉莉を見送り、扉が閉まると王座の間は静かになった。
若い頃の娘と全く同じの容姿をしていると聞いたが、まるで生き写しだ。
「本当に白蘭にそっくり……そんな事があるのね」
「瞳の色以外は白蘭そのものだ。こうして桜彩国へ連れてこれたのだから今度は失敗しないようにしなければ」
「あの頃は私達もやり過ぎてしまいましたからね。今回はもう少し慎重に動きましょう」
白蘭が生まれた時、ようやく娘が生まれたと喜んだ――そして、その髪色が私と同じ珍しい銀髪の持ち主だったことが余計に。
小さい頃は病弱で、あまり外にも出さずに部屋の中だけで過ごさせた。
私達の過保護すぎる行為が彼女にとっては嫌で嫌でたまらなかったのかもしれない。
「だから、白蘭は私達を置いてあんな男と共に遠くへ行ってしまったのよね……でも今回は失敗しないわ」
「ああ。今度はあの子を――青藍をこの国から出られなくしてしまおう」
やんでれがひとりだけとはかぎらないよ!




