遠い東の国
私が向かっているのはずっと東にある”桜彩”という国だ。
他国との交流を拒んでいた国で、ちょうど百年ほど前にたまたまたどり着いた他国の人々をきっかけに多くの国と交流していくようになったという。
その桜彩国の端っこにある小さな村に冬を届けるため、私はいくつもの大陸と海を渡り飛んでいた。
小さいながらも、殆どが山と畑が並ぶ自然豊かな土地が広がっている……だが、今はもう収穫が終わっていたので土の色しか見えない。
村の入り口には一人の男性が立っていて、こちらに気づいて手を振ってくれた。
「あなたが冬の季節使い様ですね。お待ちしておりました」
「初めまして、よろしくお願いします。これが私の身分証になります」
「はい、拝見させてもらいますね」
私の住んでいた帝国とは遠い国なので文化が大きく違う……国民達の服は私達とはまったく違う雰囲気の服装をしていた。
通りすがりの女性が来ていた服の袖はドレスとは違う形をしていて、裾は長くて足首まである……異国のお花の模様が織り込まれていてお腹辺りに大きなベルトを巻いている。
そのベルトも後ろの腰のあたりで大きなリボン結びがされていて華やかで可愛い。
「我々の服が気になりますか??貴方達とは文化が違いますからね」
「はい、とても興味深いです。模様も繊細で美しいですし素敵な民族衣装ですね」
「そう言ってもらえると誇らしいです。よろしければあとで着てみますか??うちの娘が着ていた物をまだ残してあるので」
どうやら私がチラチラと村人達の服装を見ていたのがバレていたようだ。
私が興味を持っていると男性がその衣装を着てみないか、と言ってくれた。
「ですが大切な物なのでは??……それに着方も難しそうですし」
「いいんですよ。少し昔の物ですが色も形も綺麗な状態ですよ。あとで、妻に言って着付けを手伝うように言っておきますから」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」
村長さんのご厚意に甘える事にした……楽しみだな。
身分証を返してもらい、村長さん――祐樹さんに案内され、村の中央へと向かう。
「すごい広い畑ですね。何を育てていたんですか??」
「ほとんどがお米です。そのお米で作るお酒がこの村の名物なのです」
「お米のお酒ですか??初めて聞きました」
お米で作られるお酒は初めて聞いた……どんな味なんだろう??
詳しく聞くと、秋にお米を収穫してそのお米で冬にお酒を造るのだそうだ。
「そこで青藍さんにはとんでもなく寒い冬を呼び込んで欲しいのです」
「とんでもなく……ですか??そうなると雪の被害も心配になりますが」
「大丈夫ですよ。このためにいろいろ対策はしてきたので」
「そんなお願いをされたのは初めてです……以前に冬の寒さを嫌がった国王様に会ったことがありましたが、まさかその正反対のとてつもなく寒い冬にしてほしいと言われるなんて……」
「あはは、そうでしょうね。でも、その寒さが必要なんですよ――この中を見ていただけますか??」
寒さを強くすると、雪が多く降ってしまう……恐らく外出するのも危険なほどだ。
聞いた話では、大雪によっておこる災害を見越していろんな対策をして準備をしていたらしい…それほどまで寒い冬にしたい理由はなんだろう??
祐樹さんが案内してくれた大きな建物の頑丈な扉を開けると、独特なアルコールの香りが漂ってくる。
「ここは”ライスワイン”を作る工房になっています。寒ければ寒いほど良質なお酒が造られるんです。我々はこのライスワインを桜彩国の国王、紫苑陛下に献上しようと思っているんですよ」
「陛下に……ですか??」
「ええ。もしも紫苑陛下にこのライスワインを気に入っていただけたら、多くの人々にこのお酒を知っていただけると思うんです」
「そうですね。国王様が賞賛していただければ、とんでもない影響力がでますね」
遠い異国の地にあったライスワインの名前さえ私は知っていなかった。
もしも、紫苑陛下がこのお酒を気に入れば御用達の商品になり、知名度はとてつもなく上がるはずだ。
「理由は分かりました……。とびっきり寒い冬にしてみせます!!おまかせあれ!!」
「ありがとうございます!!どうぞよろしくお願いしますね!!」
私は自慢げに自分の胸を叩いて自慢げに言った。
そして次の日、思いっきり魔力を込めてとびきり寒い冬降ろしをすることに成功した。
***
冬降ろしをして20日後……暖かい室内から窓ガラス越しに外を見つめる。
ようやく猛吹雪が終わり、村を覆っていた厚い雲の切れ間からはお日様の光が降りそそいでいた。
私は祐樹さんの奥さん――紗良さんに今日も綺麗な衣装を着付けてもらい、ふわふわのファーがついたマントを羽織り、髪の毛はポニーテールに結い上げてもらった。
「今日もこんなに素敵な衣装をお借りしていいのでしようか??」
「もちろんですよ。ずっとタンスに入れて置いてもしょうがないですし……ほら、とても似合っていますよ」
「ありがとうございます!!」
今日の衣装は青い生地に袖や裾の辺りに大輪のお花の模様が入っていてとても可愛い。
紗良さんとニコニコしながら話していると、祐樹さんが部屋へとやってきた。
「青藍さん、ついに完成しましたよ!!最高のライスワインが!!」
「本当ですか!?長い間、寒いのを乗り越えた甲斐がありましたね!!」
祐樹さんがとても嬉しそうに喜んでいるので私も嬉しくなった。
すると、一本の瓶を私に差し出してきたので、首をかしげながらそれを受け取る。
「これは??」
「このお酒は青藍さんのおかげで作れました。だから、あなたには最初に瓶に入れたお酒を受け取って欲しいのです」
「いいんですか??……このタグの番号って」
「ええ、今回1000本のライスワインが出来ましたので、そのシリアルナンバーを付ける事にしたんですよ。そして青藍さんの物には1/1000のタグをつけたんです」
黒い紙に金色の文字で数字が書かれたそれは、とても特別感が出ていた。
しかも、一番最初のナンバーが付いてるなんて相当貴重な気がする。
「ありがとうございます。ライスワインを飲むのは初めてなのでどんな味がするのか楽しみです」
「味の感想を聞かせてくださいね。それから、結構アルコール度数が高いので飲みすぎない様にしてください」
「わかりました。……おすすめの飲み方ってありますか??」
私は祐樹さんにおすすめのライスワインの飲み方を教えてもらった。
その夜、私は桜彩国の寝間着に着替えてライスワインと専用のコップを借りて宿の一階にある足湯に足を付けた。
「お湯で暖めで飲むと美味しいですよって祐樹さんが言ってたからその通りに飲んでみよう」
私は木の桶にお湯を入れて、その中にお酒を注いだグラスを入れて温める。
数分後に取り出して、ガラスを触るとほんのりと温まっていたので一口飲んでみた。
「少しお米の甘さがするような……うん、美味しいかも」
口に含むと、コクのあるうま味が口の中に広がった。
初めて飲んだライスワインはとても飲みやすく美味しい……。
あっという間に二杯目を飲み終わってしまったので三杯目のお酒を温めていると、紗良さんが声を掛けてきた。
「青藍さん、ライスワインのお味はどうですか??お口に合えばいいのだけれど……」
「とっても美味しいです!!甘さも感じて飲みやすいです」
「それはよかった。でもアルコール度数が高いから飲みすぎないでくださいね。あとそれから――」
なんだか、気持ちがふわふわしてきて不思議な高揚感が心地よくていつもより上機嫌になっている。
そんな様子を見て紗良さんは少し心配そうに声を掛けてくれた……そして、男性の声が聞こえてきた。
「せ、青藍が顔真っ赤にさせてる……!!か、可愛い!!」
「……私ったらもう酔っぱらったみたいだ……リオールの幻覚が見える」
「大丈夫、僕は幻覚なんかじゃないよ。ほら、暖かいでしょう??」
「ひぃぃっ!!本物だ!!」
声がした方を見たが視界がふらふらとしてしまい一見誰なのかわからなかった……脳が危険人物だと認識するのに時間が掛かってしまった。
一瞬幻覚だと現実逃避をしたが、リオールは私のすぐそばまで来て首元に抱き着いてきたので一気に鳥肌が立つ。
「環境省が来るとは思ってたけど、何で毎回私の時にはリオールが来るのよ!!」
「ふふふ、なんでだろうね。僕達はそういう運命なんだよ」
「あってたまるか、そんな運命……!!」
私は首に回されたリオールの腕を剥そうとするが、ビクともしない……。
すると、私の顔に鼻を近づかせて匂いを嗅いできた。
「青藍……思いっきりお酒飲んでるでしょ。しかも相当な量を」
「だって美味しかったから……そんなにお酒臭い??」
「うん、しかも嗅いだことのないお酒の香りがする……何を飲んだの??」
「ライスワイン――お米のお酒だよ。この辺りの国ではよく飲まれているんだって」
「初めて聞いたお酒の名前だ……。僕にも頂戴」
「あ、勝手に飲まないでよ!!」
リオールがずっと私の顔の近くに鼻を近づけてくるので、それが嫌になって大人しくその匂いの正体を教える。
ライスワインに興味を持ったリオールはグラスに残っていた私の飲みかけのお酒を一気に煽った。
勢いよく飲んだことで、形のいい唇の端から液体が零れ落ちている……それを、舌ですくい上げて舐めとる仕草は色っぽくて思わず目が離せなくなる。
「このお酒、美味しいね。青藍、もっと頂戴」
「いやよ、これは大事なお酒なんだからね!!もうおしまい!!」
「ええー、ケチ」
私は急いでお酒の蓋を閉める……このままじゃリオールにほとんど飲まれちゃいそうだし。
そしてリオールが諦めずに酒瓶に手を伸ばしてくるので、瓶を強く抱き締めて守る。
「結構酔っぱらってきちゃったし、もう寝ようかな。それじゃあね、リオール」
「何言ってるの。僕も青藍と同じ部屋で寝るから一緒に行く」
私は足湯から足を出して、用意してあったタオルで拭いてからゆっくり立ち上がるとリオールに手を掴まれた。
しかも、私の部屋で寝ると言い始める……絶対に嫌だ。
「むりだよ。他の部屋に泊まりなさい」
「この辺りってホテルが少ないんだよ。だから、空部屋がもうないみたいなんだ」
「だったら、そこのロビーで寝て過ごしなさい」
「いやだ!!青藍と同じ部屋がいい!!」
握った私の手を、自身の頬に摺り寄せて懇願してくる……まさか結構酔ってるな!?
しまいには腰に抱き着いてきたので私は痛くなってきた頭に手を当てた。
「わかったよ……ほら、部屋に行くよ」
「うん!!あれ??なんだか足元がふらふらするー」
「リオール、君ってたしかお酒弱いんじゃなかった??このお酒度数高いのに……」
リオールがふらつきながらようやく立ち上がった。
立ち上がったはいいが、よろめいて後ろの足湯に倒れそうになったので慌ててリオールの手を引っ張る。
リオールはお酒に弱かったはず……あの一杯で相当酔ってしまったようだ。
「しょうがないわね。ほら、私に寄り掛かっていいから」
「えへへ、青藍の髪の毛からいい匂いがする」
「そこ、嗅がない。……あれぇ??おかしいな、私の部屋ってこんなに遠かったっけ??」
私も結構酔っているので、リオールと同じようにふらつきながら自分の部屋を目指す。
だが、壁に当たりそうになったり、思うように歩けなくてなかなか部屋にたどり着かない。
やっとの思いで部屋に着くと、ベッドにリオールを放り投げるようにして下ろす。
「ようやく部屋に着いた……重かったー」
「青藍も隣に来て……腕枕してあげる」
「それはいらない。……ふあ、眠い」
あまりの眠さに何も考えられず、リオールの隣に寝ころんだ。
お酒が程よく回りふわふわとしていて、このまま寝れたらきっと気持ちよく寝れそう。
そう思っていると、ふと視界が暗くなる。
うっすらと目を開けると、リオールがいつの間にか私の上に覆いかぶさっていた。
「無防備だね、青藍。確かに僕はお酒に弱いけど、僕以上に飲んでいた青藍ほど酔っぱらっていないよ」
「まさか、酔っぱらったフリしてたわけ??」
「ふふふ、そういうこと。今の青藍なら無抵抗だし、ちょっと悪戯しちゃおうかな」
私は眠気に負けそうな瞼を必死に開けてリオールの顔を見ると、お酒のせいなのかほんのりと目元が赤くなっていてうっとりとした表情で私を見下ろしていた。
徐々に顔を近づけてくるリオールの頬に思いっきりビンタをしてやりたいのに腕が動かない。
「青藍??もう寝ちゃったの??」
「寝てない……でも、ね……眠い……」
「みたいだね。ああ……青藍が可愛くて愛おしくてどうにかなりそうだ……触ってもいい??」
「やめろ……駄目だから……」
「駄目なの??でも、少しだけならいいよね」
私の脳はもう寝る事しか考えられないようだ……瞼はもう自力では開かないし、身体も指一本動かせない。
最後にクスクス笑うようなリオールの声を最後に私は完全に眠ってしまったのだった……。
東の国にきました。
日本酒を飲みながら書きました、おいしい




