冷たい洞窟の中で
海水はあっという間に腰のあたりまできてしまった。
ひとまず、岩の上に登ってどうするかを考えているが……怖すぎてなにも考えられない。
「ど、どどど、どうしよう!!私達このまま死んじゃうの!?」
「青藍、落ち着いて。そんなに動揺してたら助かる方法も出てこないよ??……ほら」
「……その広げた両腕はなに??」
「そんなに怖いなら僕が安心させてあげる。さぁ、僕の胸に飛び込んでおいで!!」
「なんでそんなに余裕なの!?腹立つ……なんで君はこんな時までそういう事言うんだ!!」
私がパニックに陥っている一方で、リオールはキラキラとした笑顔で両手を広げた。
空気を読めない言動に、思わずこいつの胸に思いっきりパンチしてやりたい衝動に駆られる。
「でも、僕の言ってることは正しいよ。こんなに体が冷えているじゃないか……少しでも温めないと」
「平気だよ。これぐらい――くしゅん」
「ほら、可愛いくしゃみが聞こえたよ。変な意地を張ってないで……おいで」
私は水色のワンピースを着ていた――外の気温なら丁度いいのだが、日の当たらないひんやりとした洞窟では少し肌寒い。
リオールは日焼けしたくないのか、長袖のパーカーに長ズボンを着ていて私よりは暖かそうな恰好をしている。
でもなー、やだなー……目の前には下心が全くないと思えないほどニヤニヤと笑っているリオールがいる。
「まぁ……緊急事態だし……不本意だけどお邪魔します」
「はい、どうぞ」
胡坐で座っているリオールの膝に座ると、腰に腕を回されて胸に引き寄せられた。
じんわりと暖かい体温に包み込まれ、先ほどまで不安な気持ちも少し和らいだ……気がする。
「温かい??もっと体をくっつけて」
「うん。あのさ……足を撫でないでくれる??」
「青藍の足に鳥肌が立ってたからさすって温めてあげようとしただけだよ」
「さすり方がいやらしいんだけど!!もういい!!はーなーれーろー!!」
さする、というかしっとりと撫でるように足を触られて全身に悪寒が走る。
リオールから離れようとしたが、体にしっかりと腕を回されて拘束されてしまう。
私はジタバタと暴れたが、リオールはその様子を楽しんでいるかのようにクスクス笑っている。
「少しでも体力を温存しないとだから大人しくしてね??」
「はぁ……ねぇ、私達助からないかな」
「その可能性もあるだろうね。青藍は死ぬのが怖い??」
私はぐったりして、リオールの胸にもたれかかった。
海水は、私達がいる一番高い岩のすぐそこまで水位がきている。
きっと、あと数十分でこの洞窟の天井まで海水が入ってくるだろう――そうしたら私達は溺れ死ぬ。
「そりゃ、怖いに決まってるじゃない。まだ、季節使いを一年も務めていないのに死ぬなんて!!」
「折角順調だったのに……まさか、休暇で溺死するなんて嫌だよね」
「学園でも大した魔法も習得できなかった私にできる唯一の仕事だと思ったのに……ん??学園で魔法を習得……リオール、君ってテレポートの魔法使えたよね??」
絶望的な場面になり、今までの記憶が走馬灯のように流れてきた。
魔力だけがあっても魔法が苦手だなんて……学園時代の苦い思い出がよぎった時、とある魔法の授業を思い出した。
校庭から校舎の屋上に転移魔法で移動するという魔法の授業があった事を……。
リオールは生徒の中で一番その素質があり、いとも簡単に転移したのを思い出した。
「そうだよ!!なんで忘れてたんだろう!!あの時も1人だけ転移魔法が使えない私を、もう一度戻ってきて一緒に転移してくれたじゃない!!」
「うん、青藍が校庭で一人だけポツンと立ち尽くしてて可哀想だったから。もう一度戻って青藍も一緒に僕が転移魔法をして連れてってあげたね」
「それよ!!リオール、今すぐ洞窟の外に転移魔法で出ましょう!!」
どうしてこんな簡単な方法があったのに忘れてたんだろう!!
道理でリオールがいつまで経っても落ち着いていると思ったらそういうことね!!……でも、なんでずっと黙ってた??
リオールの顔を見上げてそう言うと、力強く抱きしめられる。
「青藍……君にはわからないだろうね。転移魔法がどれほど疲労するのか」
「わからないけど、君ほどの優秀な魔法使いなら朝飯前じゃない??」
「そんなことないさ。魔力も結構消費するし、明日は一日中寝たきりになるかもしれない」
「でも、ここで溺れ死ぬよりマシでしょ。さ、早く」
「だけど、ご褒美が無いと転移魔法する気がしないな・・…労働に見合った報酬が欲しいんだけど」
私の頬に手を添えて意地悪そうに笑っているリオールはゆっくりと顔を近づけてきた。
どうやら、私に対価を支払え、と言っているようだ……こんな時に何言ってるんだ。
「さぁ、青藍は僕に何をくれるの??迷ってるなら僕が決めようか??」
「嫌な予感しかしないから私が決める!!……うーん」
「早く決めて??ほら、水位がまた上がってきてるよ」
「えっと、えっと、うううう……!!ひっひっ」
「ひっひっ??」
「ひっ、ひ、膝枕してあげるー!!」
慎重に考えようとしたが、リオールが焦らせてくるし、水位が上がって冷たかったし、勢いで頭に浮かんだ言葉をやけくそになって叫んだ……。
私が言い終えるとリオールはすぐさま意識を集中させて転移魔法を発動させていたので、気が付くと周りの景色は本島の船着き場になっていた。
「……帰ってこれたの??」
「うん。じゃあ、今日と明日はずっと僕に膝枕してね??楽しみだなぁ」
「えっ……今日も!?」
これから拷問が始まるのか……と思っていると、船着き場には追いかけてきた3人の男達が私達の姿を見つけて慌てたようにこちらにやってきた。
だか、その表情は私達を見て安堵しているようだった。
「よかった……!!てっきり、あの洞窟にもいなかったからすれ違いになったのかと思ったら、船員がそんな2人は帰りの船に乗せてないっていうから心配したんだ!!」
「2人とも怪我はないかい??洞窟にまだいたらどうしようかと……。今、船員に言ってもう一度船を出してくれないかお願いしていたところなんだよ」
「えっと……なんとか洞窟から脱出できました。あの、どうして私が誘拐されているなんて思ったんですか??」
私をなぜかリオールから助けようとしたり、今は私とリオールの事を心配してくれている――恐らく悪い人達ではないはず。
この3人の目的がよくわからなくて思わず首をかしげる。
「お嬢ちゃんは奴隷として、この貴族に買われたんじゃないのか??」
「いいえ、違いますよ。どうしてそういう考えになったんですか」
「だって、終始その男性に肩を回されたりして嫌そうに顔をしかめていたじゃないか」
「……た、たしかにそんな顔してたかも」
言われてみれば、リオールに肩を抱かれて顔をしかめたり、腕をつねったりしていたけれども!!
すると、リーダー格の男が一枚の古びた紙を私に見せてきた。
「たまたま海で漂流瓶を拾ってね……その中に尋ね人のビラが入っていたんだ。その尋ね人の似顔絵が嬢ちゃんにそっくりだったもんで、つい」
「そのビラ見せてもらえますか??……えっと、”桜彩国の姫君、白蘭”??」
「本当だ……この人、青藍にそっくりだね。むしろ生き写しだ」
「でも、このビラの日付よく見てよ――今から20年も前だ」
リオールが私の顔とビラの似顔絵を見比べていた。
確かに髪や瞳の色は一緒だがこれは20年前の似顔絵であって、私はその時まだ生まれていない。
彼らはこのビラの入った漂流瓶を海岸で拾ったようだ。
それを見ていたら、ちょうどその似顔絵によく似た人物が嫌そーな顔をして貴族の男性と歩いていたもんだから、奴隷として買われたのではないか。という事になって私を助けようとしてくれたらしい。
「じゃあ、本当に嬢ちゃんは誘拐されて人身売買でその貴族の坊ちゃんに買われたんじゃないんだな??」
「はい、違います。嫌な顔はしてましたけど、一応これは幼馴染です」
「そうですよ、僕と青藍は恋人同士ですので」
「ちょっと、嘘を教えないで」
ようやく誤解が解けて、男達も安心したような顔になると、ペコペコと謝りながら帰って行った。
私は馴れ馴れしく首元に抱き着いているリオールのお腹に肘をごすごすと当てたが、離れてはくれない。
なんだかんだで、一件落着……かな??
「さてと、じゃあ別荘に寄ってお泊りセットを持ってから青藍のホテルに向かおうか」
「えー!!本当に来るの!?」
「もちろん。もう僕ヘトヘトなんだ……青藍の膝枕で癒してもらわないと」
「それなら、お泊りセットを持って行こうとしないでそのまま別荘にある自分の部屋で寝てなさいよ」
「駄目だ、青藍の膝枕じゃないと僕は死んでしまう!!」
「結構元気そうに見えるんだけど!?」
私はどうにかして膝枕を回避しようとしたが、もう無理のようだ。
リオールは疲労を全く感じさせない笑顔で私の手を引いて別荘のある方へ歩いていく……私はというと魂の抜けた顔をしていた。
私、なんで膝枕するなんて言っちゃったんだろうか……。
無事、洞窟から脱出。
テレポートで疲れるは大噓。
次回、膝枕のターン




