伝わらない気持ち
ランチを終えて、私達は再びヴィンセント家のプライベートビーチに戻ってきていた。
私は日焼け止めをしっかり塗り、準備運動をしてから海に入ろうとした……が、後ろから浮き輪を被せられる。
「……なにこれ」
「だって青藍って海に流れてどっか行っちゃいそうだから。僕が一緒に海に入ってあげる」
「じゃあ、浮き輪だけでいいよ。リオールはいらない」
「ほら、早く海に入ろうよ」
「え、いらないって。1人でいいってば……引っ張らないで!!」
浮き輪には紐が付いていて、それを辿るとリオールがしっかりと握っていた。
子供扱いされているような感じがしてリオールから紐を奪おうとしたがするりと避けられ、海へと歩き出した。
私もそれに引っ張られて海へと入っていく。
「海って気持ちいいね……青藍もそう思うでしょ??」
「あのさ、顔が近いんだけど。もっと離れてくれない」
「僕だってこの深さだとさすがに足が付かないんだからこの浮き輪にくっつかないと疲れちゃう」
「頑張ってその無駄に長い足をバタバタさせてなさい」
リオールは浮き輪に両腕を重ねるようにしてその上に顔を置いてこちらを見めてくるので、顔が近くて落ち着かない。
美しい金髪がしっとりと濡れて、少し妖艶な笑みを浮かべている……私はおでこに思いっきりデコピンしてやった。
「青藍、見てごらんよ!!海の中綺麗で魚がよく見える……潜ってみようか」
「それ、私が泳げないの知ってて言ってるの??」
「ふふふ、意地悪言っちゃった。ごめんね??じゃあ、そろそろ上がろう」
私達は一度海から上がり、砂浜で遊ぶことにした。
砂浜ではバルムント様とレイモンド様がパラソルの下のビーチチェアに座り、チェスをしているようだ……流石、大人。
そんなお二人の近くで、私達はビーチでバトミントンを始めた。
「ちょっと、リオール!!力強く打ち返さないでよ。ラリーにならないじゃない!!」
「つい力が入っちゃうんだよね。だってこれで先に20点とったら僕と婚約してくれるんでしょ??」
「勝手に変なルール決めないでよ!!こうなったら――バルムント様ー!!」
私はラリーをするために手加減していたのに、リオールが異様に本気でやってくる。
しかも、聞かされていないルールを勝手に追加していた。
勝ち目がないと思った私は、チェスをしていたバルムント様を呼んだ。
すると、視線をチェス盤からこちらに移してくれる。
「リオールがいじめます!!一緒にやっつけませんか!?」
「ほお……リオール、青藍をいじめているのか??それは許せんな……私も相手をしてやろう」
「あ、ずるいよ。レイモンド兄さんは僕の味方をしてくれるよね??」
「やれやれ。運動は苦手なのに……まぁ、いいでしょう」
こうして私とバルムント様 対 リオールとレイモンド様で対決することになった。
……だが、いつの間にかバルムント様とレイモンド様がヒートアップして、私達はそれについていけず、木の木陰でお二人の激戦を見つめていた。
「……はっ!!私としたことが、ヴィンセント家の家族旅行にお邪魔しまくっている……!!」
「何を言う。青藍のお陰でより楽しめたのだからいいんだ」
「そうですよ。昔のように遊べてとても楽しかったです」
気付くと陽が落ちて、綺麗な夕焼けが海に映り込んでいて美しい景色が広がっている。
ランチだけ一緒にしてすぐにヴィンセント家と別れようとしたが、なんだかんだで一緒に過ごしてしまった。
だけど、一緒に遊んでくれたバルムント様達は楽しそうにしてくれたので、失礼ではなかったようだ。
「じゃあ、私は泊っているホテルに戻ります。今日はありがとうございました」
「青藍君、もう帰るのかい??よければ、私達の別荘に泊ってくれ」
「いいえ、そこまでお邪魔はできませんよ。では、また!!」
「そうか……。私達はしばらく滞在しているから、気軽に遊びに来てくれて構わないよ」
「……はい!!」
これ以上は家族水入らずを邪魔するわけにはいかない……そして、リオールに関わりたくない。
私は麦わら帽子を被りなおしてヴィンセント一家にお辞儀をしてから走り出した。
「あのさ、リオール」
「なんだい、青藍」
「ついて来なくていいってば。これから家族みんなで出かけるって言ってなかった??」
「いいんだ。父上達には言ってあるから。もう暗くなるし、青藍を1人にさせられないよ」
しばらく走っていたが、後ろからリオールの足音がしたので振り向いて言った。
暗くなるといっても、日没まではまだあるのに。
「……それに、青藍が泊っているホテルを知っておけばいつでも遊びにいけるし」
「それが目的か!?やだなー教えたくないー」
「そんなこと言わないで。まだ休暇はあるんでしょ??一緒に楽しもうよ」
「私、明日はホテルの客室についてるプライベートプールでゆっくりするって決めてるの」
「じゃあ僕も……」
「宿泊者以外は利用禁止だから。じゃあね!!」
私はホテルの入り口が見えてきたので、全速力で走って建物の中に入る。
流石に、宿泊者以外が入ろうとすればフロントの人が止めるし、部屋番号もわからなければ大丈夫でしょ!!
……そう思っていた昨日の私を締め上げたい。
次の日、午前中からプライベートプールでのんびり足だけを水につけてぼんやりと空を見上げていたらリオールが私を覗き込むように見下ろしてきた……息が、止まるかと思った。
「やぁ、青藍」
「はああああ??なんでここにいるのよ!!」
「ホテルの人に青藍のお部屋教えてもらったんだ。――お金の力で」
「フロントの人に釘を刺しておけばよかった!!……ん??お金の力って言った??」
そこには、群青色のシャツと7分丈の黒いズボンを履いた少しラフな格好のリオールが立っている……私は思わず距離を取った。
ぼそっとお金の力って言った……これだから金持ちは怖い。
リオールはじりじりとこちらに近づいてくる。
「今日はお部屋でゆっくりするんだっけ??いいね、誰にも邪魔されずに青藍と過ごせるなんて天国だ」
「え、いや、ちょっと……」
「まずは何をしようか??僕は君の傍にいるだけでも十分だけど」
「気が変わった。外にお買い物に行きましょう。うん、それがいいよ」
「そうかい??残念だな……君と2人っきりでいろいろしようと思ったのに」
「じゃ、着替えるからしばらくそこにいて!!」
何を想像しているのかわからないが、ほわほわしながらこちらを見ている……いやな、予感がする。
そうならば、いっそ誰かしらの目線がある街に行ったほうがいいだろう。
私は優雅に過ごすはずだった計画を消して、リオールをどうにかする事だけを考える事にした。
室内に入った私は、着替えるためにリオールを外のプールに置き去りにし窓を閉めてカーテンも思いっきり閉めた。
「お待たせ。着替えたよ」
「その白いワンピース可愛いね。君にとても似合っているよ」
「アリガトー。ほら、早く行こう」
私はスタスタと歩き始める……が、すぐにリオールが私の肩を抱いて密着する。
何度、肩に回された腕を振り払ったがその都度肩に手を回されるのであきらめた……。
ショッピングモールに着くと、とても賑やかで多くのお店が建ち並んでいる。
「どうする??端からお店を見ていこうか??それともお目当てのお店だけ行く??」
「うーん……時間はあるし、端から見ていこうか」
「わかった。もしも、行きたいお店があったら言ってね。僕、ここのお店全て把握してるから」
「全部??それは流石に噓でしょ」
「青藍とここに来るのを想定して、昨日のうちにお店全部覚えたんだ。だから、エスコートは任せて」
リオールの努力するところが違う気がする。
しかも、ここのお店は全部で100を超えるとか……それを全て覚えたなんて能力の無駄すぎ!!
私は呆然としてリオールの顔を見上げる――その顔は美しく私を優しく見下ろしていた。
「リオールと青藍。2人ともここに来ていたんだな」
「バルムント様!!ショッピングですか??」
「ああ。すぐそこに皆いる」
可愛いアクセサリーが並ぶお店を見ていたら、後ろから声を掛けられた。
バルムント様は少し遠くのお店を指差すと、そこにはローレンツ様達が話しながらお店を見ている。
すると、バルムント様が私に耳打ちをしてきた。
「どうやら、父上が青藍に伝えたいことがあるようだ。君だけに話したいらしい……リオールは私がが見ているから今のうちに父上の元へ行ってくれないか??」
「え??……わ、わかりました」
リオールがお店の商品を見ていたところをバルムント様がさりげなく話しかけている。
そのうちに私はローレンツ様の元へと向かう。
めずらしい雑貨が並んでいるお店をリリーローズ様とレイモンド様と話しながら見ていたローレンツ様に声を掛ける。
「こんにちは、皆様。……あの、ローレンツ様、お話があると聞きましたが」
「やあ、青藍君。すまないね、呼び出すような事をして。リオールとの時間を邪魔して申し訳ない」
「あ、いえ。それは全然平気ですよ」
ローレンツ様は少し深刻そうに、私と一緒にお店の奥の人がいない場所へ移動するように言われる。
そのお店は布を売っているお店らしく、天井から様々な色や生地の布が垂れ下がっていた。
「青藍くん、君はリオールの事をどう思っているんだい??」
「……大切な幼馴染です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「そうか。実はリオールに大勢の貴族令嬢から縁談の話が来ているんだが……彼は青藍君以外とは婚約しないと言ってきかないんだ」
「それは困りましたね。……でも、申し訳ありませんが私はリオールと婚約する気はないです」
どうやらリオールは今も、沢山のご令嬢から縁談を申し込まれているらしい。
私が仕向けたご令嬢は今もリオールと結ばれるために頑張ってくれてるようだ……なんという凄まじい執念。
「それにリオールは、青藍君と一緒に暮らす為の屋敷を帝都のはずれに建てていたんだよ」
「気が早すぎですよ……!!なんで、私が婚約を了承する前に建てちゃってるんです!?」
「その屋敷の図面を見せてもらったが、リオールのこだわりを感じたよ。特に防犯に特化していてね……全てのドアに鍵が掛けられるようになっていたんだ!!」
「……そうですか」
ローレンツ様はたまに天然気質なところがあるので、リオールの歪んだ狙いには気づいていないようだ。
私は思わず「それって防犯じゃなくて、監禁ですよ」、と言いそうになったがなんとか思いとどまる。
「青藍君は自分の身分が低いから、と婚約を断ったようだね。だけど、そんな事は些細な事だ……君が望むのならば私は2人の婚約を心より祝福しよう」
「お気遣い感謝します。でも今は季節使いの仕事がだんだん好きになってきたので、まだ婚約とか結婚とか考える余裕はないんです」
「そうか……」
ローレンツ様はリオールと私の婚約については賛成してくれているらしい。
だが、私は季節使いの仕事を辞めるわけにはいかない……もしも辞めてリオールから逃げられなかったら、その監禁用の屋敷に永久に住むことになってしまいそうだからだ!!
それだけは絶対に嫌なので、ローレンツ様からリオールを説得してもらおう!!
「なのでローレンツ様からリオールに言っといてください。”そんなふらふらしている女よりも貴族のご令嬢と結婚しなさい”、と」
「リオールが青藍君以外に興味を持っている訳がないだろう!!君はもっと自信を持ちなさい!!」
ローレンツ様は私の肩をバシバシ叩きながら大声で笑い飛ばした。
どうやら私がまだリオールとの婚約を遠慮していると思われているようだ……なぜ、上手く伝わらないんだろうか。
「君はリオールが選んだ女性だ。私達も青藍君が家族になってくれたらとても嬉しいよ」
「……考えておきます。ちょこっとだけ」
「是非そうしてくれ。さぁ、リオールの所に戻りなさい」
「はい……」
私はローレンツ様に軽く会釈をしてからリオールの元へ戻る。
リオールはまだ先ほどのお店にいるようでバルムント様に襟首をつかまれながら私を探すようにキョロキョロとしている。
私が戻ると「いつの間にか青藍がゴツい兄上になっててびっくりした!!」と、思いっきり抱き着かれた。




