第9話「人間の限界」
翌日。
訓練区画には、昨日までとは違う空気が漂っていた。
MESIA5小隊の五人は、広大な実戦訓練場に立っている。
市街地を模した建物。
路地。
遮蔽物。
高低差。
そして、その中央に一人。
先生が立っていた。
「今日は趣向を変える」
先生は五人を見渡す。
「昨日まで、お前たちは俺の戦い方を見てきた」
「今日は――俺自身を見ろ」
メアが首を傾げる。
「先生自身?」
「ああ」
先生は腕時計を見る。
「俺の身体能力の限界を、お前たちに見せる」
その言葉に、五人の表情が変わった。
「限界……?」
ミナが呟く。
先生は頷く。
「そうだ」
そして、装備を地面へ置いていく。
拳銃。
ナイフ。
昨日まで使っていた最低限の装備。
「まず、これが素の俺だ」
サラがモニターを操作する。
「じゃあ、計測開始ねぇ」
先生は何も構えない。
「始めろ」
電子音。
次の瞬間――
先生の姿が消えた。
「――え?」
メアが目を見開く。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、先生のいた場所から離れた位置に姿が現れる。
そのまま走る。
速い。
昨日までとは明らかに違う。
メアが思わず叫ぶ。
「速っ……!」
ミナも画面を見つめる。
「これが……先生の本来の速度?」
「違う」
サラが即座に答えた。
「まだ全力じゃないよ」
先生は数十メートルを駆け抜け、急停止する。
靴底が地面を擦る。
そして振り返る。
「ここからだ」
再び走る。
今度はさらに速い。
だが――
数秒後。
先生は突然止まった。
「……終了」
電子音。
計測が止まる。
サラが数値を確認する。
「……」
「どうした」
「いやぁ……」
サラが画面を見る。
「やっぱり、変だね」
「何がだ」
「速いには速い。でも、メシアと比べたら……」
「遅い」
先生が先に言った。
「そう」
サラは頷く。
「先生の速度そのものは、私たちの上位個体には到底届かない」
メアが驚いた顔をする。
「じゃあ昨日のあれは?」
先生は答える。
「ここからが本題だ」
先生は装備ケースを開く。
中から、見慣れない装備が取り出される。
まず、脚部。
薄いフレーム状の装具が両脚に装着されている。
次に腰部。
小型のユニット。
そして背中。
細いケーブルが繋がった補助装置。
「これは?」
ミナが近づく。
「動作補助装備だ」
先生は脚部の装具を軽く叩く。
「俺自身が速いわけじゃない」
「正確には――」
先生は装備を装着する。
「速く動けるようにしている」
サラが目を細める。
「なるほど……」
「脚を速くする装置じゃない」
「身体を動かすために必要な動作を補助している」
先生は立ち上がる。
「踏み込み」
「姿勢制御」
「制動」
「方向転換」
「その一つ一つを補助する」
「人間の身体は、メシアほど強くない」
先生は静かに言う。
「なら、無駄を減らせばいい」
そして、腰のユニットを示す。
「さらにこれ」
小型の装置が起動する。
「姿勢予測補助」
サラが目を見開いた。
「……先生の動きを先読みしてる?」
「違う」
先生は否定する。
「俺が次にどう動くかを予測しているんじゃない」
一拍。
「俺が動く前に、身体がどう動くべきかを補助している」
メアが腕を組む。
「難しくてよく分かんない」
「お前は分からなくていい」
「ひどっ!」
先生は無視した。
「重要なのは――」
先生は五人を見る。
「お前たちは、俺が速いと思っていた」
「だが、実際には違う」
「俺は、お前たちより速く動いていたんじゃない」
「お前たちより――」
先生が一歩踏み出す。
「速く動ける状態を作っていただけだ」
その瞬間。
先生が走る。
昨日とは比較にならない速度。
建物の角を曲がる。
急停止。
反転。
低い姿勢から一気に加速。
そして五人の前へ戻ってくる。
僅か数秒。
メアが絶句する。
「……」
マイも黙っている。
ミナはモニターを見たまま動かない。
サラだけが、装備の構造を追っていた。
「これ……昨日の戦闘でも使ってた?」
「一部だけな」
「だから、昨日は遅く見えたんだ」
「そういうことだ」
先生は装備を外す。
「俺は最初から全てを使っていたわけじゃない」
「装備も、速度も、動きも」
「必要な時だけ使った」
先生は五人を見る。
「お前たちに見せたくなかったのは、俺の速度じゃない」
「俺がどうやって、その速度を作っているかだ」
そして、装備ケースを閉じる。
「メシアは身体そのものが兵器だ」
「俺は違う」
「だから――」
「俺は、自分以外のものまで使って戦う」
「武器、地形、情報」
「そして――装備」
静かな声だった。
「それら全部を合わせて、初めて俺はメシアと戦える」
先生は五人を見据える。
「これが、人間の俺が生き残るための方法だ」
そして最後に、装備ケースへ視線を落とす。
「ただし」
「これを使えば、メシアになれるわけじゃない」
「人間は、人間のままだ」
その言葉に、ミリアだけが僅かに先生を見つめる。
先生は彼女の視線に気づいていた。
だが――何も言わなかった。
「……でも」
メアが、先ほどの計測結果と昨日までの戦闘映像を見比べる。
「やっぱり変じゃない?」
「何がだ」
「昨日の先生、装備使ってなくても速く見えたよ」
先生は頷いた。
「そう見えるように戦っていたからな」
「……え?」
先生は訓練場の中央へ歩いていく。
「お前たちが勘違いしていたのは、俺の移動速度だ」
「実際の速度は、さっき見た通りだ」
「では、なぜ速く見えたのか」
先生は地面に簡単な図を描く。
二つの点。
一つは自分。
もう一つは敵。
「相手を速いと感じるのは、単純に最高速度だけじゃない」
サラが頷く。
「……反応時間」
「そうだ」
先生は図を指す。
「例えば、ここに俺がいる」
「お前たちが俺を発見した」
「そこから俺が走り始める」
「普通なら、加速して距離を詰めるまでに時間がかかる」
そして、別の線を引く。
「だが俺は、そもそもお前たちに見つかる場所から走り始めない」
「……!」
マイが気づく。
先生は続ける。
「遮蔽物の裏」
「建物の角」
「視界の外」
「高低差」
「煙や暗所」
「お前たちが一度視線を外す瞬間」
「そういう場所で、あらかじめ距離を詰めておく」
先生は図の二点を近づけた。
「そして、見えた瞬間に動く」
「だからお前たちからすれば――」
先生が指を鳴らす。
「突然、目の前まで来たように見える」
メアが唸る。
「……実際は、走った距離が短い?」
「そういうことだ」
「でも、それだけじゃない」
先生は次の図を描く。
今度は五つの視線。
「お前たちは敵を見ると、無意識にその敵を中心に動く」
「だから俺は、そこを利用する」
「一人の視線を引けば、別の場所が死角になる」
「一人を動かせば、別の一人の視界が塞がる」
「二人が同時に見ようとすれば、二人の視線が重なる」
「その瞬間、俺の通る場所が生まれる」
サラが小さく呟く。
「視線そのものを、遮蔽物にする……」
「そうだ」
先生は頷く。
「だから俺は、お前たち五人の中を高速で駆け回っていたわけじゃない」
「お前たち自身に、俺の移動経路を作らせていた」
沈黙。
昨日の戦闘映像が頭をよぎる。
マイが撃つ。
先生が消える。
メアが追う。
先生が角を曲がる。
ミナが射線を取る。
その瞬間には、先生はもう別の場所にいる。
サラが指示を出す。
しかし、指示が届いた頃には先生はそこにいない。
――速かった。
そう思っていた。
だが実際には。
「俺が速かったんじゃない」
先生が言う。
「お前たちが、俺の移動時間を短くしていたんだ」
「……」
「正確には――」
先生は五人を見る。
「お前たちが俺を見失う時間を、俺が作っていた」
その言葉に、サラが完全に理解した。
「だから先生は、私たちの視線をずっと誘導してたんだ……」
「ああ」
「マイちゃんを撃たせたのも」
「メアちゃんを追わせたのも」
「ミナちゃんに速度差を意識させたのも」
「私を逃げさせたのも」
「そうだ」
サラが頬を引きつらせる。
「……全部?」
先生は答える。
「全部だ」
そして先生は、装備を一つ取り出した。
「ただし、それだけではない」
小型の光学音響装置。
「視線誘導用の補助装置だ」
ミナが覗き込む。
「カメラ?」
「そうだ。だが、見るためだけのものじゃない」
先生は装置を起動する。
訓練場の各所に、微細な光点が表示される。
「お前たちが見るべきものを、ほんの僅かに作る」
「光」
「音」
「動き」
「通信」
「どれも小さなものだ」
「だが戦場では、それだけで十分だ」
先生が一歩下がる。
「人間の身体能力には限界がある」
「なら、敵の判断速度を落とせばいい」
「敵の視線を一秒逸らせばいい」
「敵に十メートル余計に走らせればいい」
「敵に一発余計に撃たせればいい」
そして先生は銃を構える。
「その積み重ねが――」
一瞬。
先生の姿が視界から消える。
次の瞬間には、メアの背後に立っていた。
「人間でも、メシアより速く見える」
メアが振り返る。
「……ずるい」
「戦術だ」
「それ昨日も言ってた!」
先生は構わず続ける。
「覚えておけ」
「速さとは、足の速さだけじゃない」
「相手より先に動くことでもない」
「――相手が動く必要のある場所を、先に決めることだ」
五人は黙って先生を見る。
「そして、お前たちがこれから戦う相手も」
先生は装備を外しながら言った。
「俺と同じように考える可能性がある」
「だから身体能力だけを見て戦うな」
「速い敵を見たら、まず考えろ」
「本当に速いのか」
「それとも――」
先生の目が鋭くなる。
「速く見せられているだけなのか」
先生は装備ケースを閉じると、訓練場の中央へ戻った。
「説明だけでは分からないだろう」
五人を見る。
「実際にやる」
メアが目を輝かせた。
「また戦うの?」
「今度は全員だ」
「五人同時?」
「ああ」
その言葉に、四人の表情が変わる。
ミリアだけは変わらない。
「ただし、条件がある」
先生は訓練場を見渡した。
「お前たちは俺を追え」
「俺は、お前たちを一人ずつ無力化する」
サラがすぐに理解する。
「つまり、さっき説明した戦術を実際に見るんだね」
「ああ」
「じゃあ、私が指揮するよぉ」
「好きにしろ」
サラが通信を開く。
「MESIA5小隊、戦闘配置」
五人が散開する。
先生はその場から動かない。
「……始め」
その瞬間だった。
「メア、正面!」
サラの声が響く。
メアが飛び出す。
速い。
一直線に先生へ迫る。
だが――
先生は動かない。
メアが攻撃に入る、その直前。
先生が半歩だけ横へずれた。
拳が空を切る。
先生はメアの横を通り抜ける。
「え?」
そのまま建物の角へ。
メアが振り返る。
「待って!」
追いかけようとする。
だが先生は角を曲がった瞬間、消えた。
「……どこ!?」
「メア、止まって!」
サラの指示。
「先生は――」
通信が一瞬乱れる。
その直後。
「マイ、右!」
マイが振り向く。
しかし、そこには誰もいない。
「……違う」
マイが気づく。
視線を戻す。
その瞬間――
先生が目の前にいた。
「――っ!」
マイが銃を構える。
だが遅い。
先生の手が銃身を押し下げる。
同時に、もう片方の手がマイの肩へ触れる。
「一人」
電子音。
マイの戦闘停止判定。
「マイちゃん、アウト!」
サラの声。
「速い……」
ミナが呟く。
しかしサラは首を振った。
「違う」
「え?」
「先生、今ほとんど走ってない」
モニターを見る。
そこには先生の移動経路が表示されていた。
マイのいる場所まで、一直線に走ったわけではない。
メアが追い込んだ方向。
マイの視線。
建物の構造。
それらが重なった場所を通っている。
「先生は、メアちゃんを避けた時点でマイちゃんの位置を予測してた」
「……」
「そして、マイちゃんが先生を見る直前まで姿を隠してた」
先生はマイから離れる。
「速度じゃない」
通信越しに、先生の声が聞こえる。
「視界に入ってからの移動距離を短くしているだけだ」
サラが笑う。
「ほんとに嫌な戦い方だなぁ……」
「次」
先生が走る。
今度は明らかに速い。
ミナが反応する。
「来る!」
銃を構える。
先生は正面から走ってくる。
「撃つ!」
ミナが発砲。
先生は止まらない。
弾丸が横を抜ける。
そのまま先生は一気に距離を詰め――
突然、横へ跳ぶ。
ミナの射線から外れる。
そして建物の壁を利用して方向を変えた。
ミナが振り向く。
「……!」
先生がもう背後にいる。
「二人」
電子音。
ミナの停止判定。
先生はすぐにその場を離れる。
メアが叫ぶ。
「速すぎる!」
「違う」
サラが答える。
「今のも、最初から全部速かったわけじゃない」
「先生はミナちゃんが撃つ瞬間まで、ほとんど最短距離しか使ってない」
「撃った瞬間だけ加速してる」
サラは映像を巻き戻す。
「つまり……」
「相手が攻撃する瞬間にだけ、自分の最高速度を使ってる」
先生の声が通信に入る。
「正解だ」
サラが笑った。
「聞いてたの?」
「通信は繋がっているからな」
「ずるいなぁ」
「戦術だ」
「それ便利な言葉だねぇ……」
その時。
マイが通信を入れる。
「先生」
「なんだ」
「一つ分かった」
「言ってみろ」
「先生は、私たちが攻撃するときに速くなる」
「そう見えるだけだ」
「……違う?」
「ああ」
先生は淡々と答えた。
「お前たちが攻撃する瞬間は、俺が最も安全に動ける瞬間なんだ」
「攻撃するときは、誰でも意識が攻撃先へ向く」
「その瞬間、視線も身体も一方向へ固定される」
「だから俺は動く」
マイは黙った。
「速いんじゃない」
先生は続ける。
「お前たちが、俺を見失いやすい瞬間にだけ動いている」
その言葉を聞いたサラが、ふと表情を変えた。
「……じゃあ」
「何だ」
「昨日の私との戦いも」
「ああ」
「私が逃げていたんじゃなくて……」
「逃げさせていた」
「……」
「お前が安全だと思った場所を、一つずつ安全じゃなくしていった」
サラが黙り込む。
先生は周囲を見渡した。
残るのはメアとサラ、そしてミリア。
「来い」
メアが構える。
「今度こそ!」
勢いよく走り出す。
先生も動く。
二人の距離が一気に縮まる。
メアが攻撃。
先生が避ける。
一瞬。
二人が交差する。
メアが振り返る。
先生も振り返る。
今度は――
追いつけない。
メアの速度が上だった。
「先生!」
先生は無理に追わない。
建物の角へ入る。
メアが追う。
その瞬間。
先生が立ち止まった。
メアが角を曲がる。
――先生がいない。
「……?」
背後から声。
「三人目」
振り返る。
先生の手が肩に触れている。
「なっ……!」
停止判定。
メアがその場で固まった。
サラが思わず呟く。
「……まただ」
先生はメアを見て言う。
「お前を追いかければ、俺が負ける」
「だから追わない」
「お前が俺を追う」
「そして――」
先生は角の向こうを見る。
「俺が待つ」
メアは悔しそうに先生を見る。
「……ほんっとに、力で戦わないね」
「ああ」
先生は答えた。
「俺には、それができないからな」
残ったサラとミリア。
サラが通信を切る。
「……さて」
ミリアを見る。
「どうする?」
ミリアは先生を見る。
「……」
「ミリアちゃん?」
「行く」
それだけ。
ミリアが走り出した。
先生も構える。
二人の姿が、同時に視界から消えた。
そして――
数秒後。
金属音が響いた。
一度。
二度。
三度。
姿が現れるたび、二人の位置が入れ替わっている。
速い。
だが、これまでとは違う。
先生はミリアを追っていない。
ミリアも先生を追っていない。
互いに、相手が次に立つ場所を潰している。
サラがモニターを見つめる。
「……これは」
マイが尋ねる。
「どうしたの?」
サラは答えない。
ただ、画面を見続けていた。
「先生……」
「ミリアちゃんと戦ってるときだけ」
「戦い方が違う」
その瞬間。
先生とミリアが同時に止まった。
互いの武器が、相手の喉元へ届く寸前。
静寂。
先生が小さく笑う。
「やっぱり、お前は厄介だな」
ミリアは無表情のまま答える。
「……先生も」
二人は同時に武器を下ろした。
サラが息を吐く。
「……なるほど」
先生が振り返る。
「何が分かった?」
サラは少し考えてから言った。
「先生が速く見えた理由」
「身体能力じゃない」
「装備だけでもない」
「たぶん――」
サラはモニターに映る五人の戦闘軌跡を指差した。
「先生は、自分が速く動くんじゃなくて」
「私たちが『先生を速いと思うしかない状況』を作ってる」
先生は黙っている。
「違う?」
「……それでいい」
先生は装備を外した。
「それが、人間がメシアと戦うための一つの答えだ」
そして五人を見る。
「自分が勝てないなら、相手に勝たせなければいい」
「自分が速くないなら、相手が遅く感じる戦場を作ればいい」
「自分が脆いなら――」
そこで先生は言葉を切った。
「壊される前に、戦いそのものを終わらせる」
誰も口を挟まなかった。
それが先生の戦い方だった。
「では、もう一度やるとしよう」
先生はそう言って、MESIA5小隊を見渡した。
「十分後に再開とする」
その言葉に、メアがすぐに顔を上げる。
「えっ、もう一回!?」
「そうだ」
「今度こそ勝つからね!」
「好きにしろ」
先生はそれだけ言うと、訓練場の外へ歩いていった。
扉が閉まる。
――残り、十分。
「……」
誰もすぐには口を開かなかった。
昨日から続いた一連の戦闘。
狙撃。
近接。
機動。
指揮。
そして、ミリアとの戦闘。
何度繰り返しても、先生は彼女たちの能力そのものを上回っているわけではない。
それなのに、結果だけを見れば負けている。
「……悔しい」
メアが小さく呟いた。
ミナも困ったように笑う。
「私、速さでは負けてないと思ってたんだけどなぁ」
マイは黙って昨日の記録映像を見ていた。
そしてサラだけが――
一人、別の画面を開いていた。
「サラ?」
ミナが覗き込む。
「なにしてるの?」
「昨日のデータ、もう一回見てるの」
「昨日の?」
「うん」
サラは普段の軽い口調のまま、映像を再生する。
先生がマイを追い詰めた場面。
メアの突進を利用した場面。
ミナが全力で距離を取ろうとした瞬間、先生が一気に間合いを詰めた場面。
そして――自分との戦闘。
サラはそこだけを何度も繰り返した。
「……違う」
「え?」
「先生は、私たちの動きを読んでるんじゃない」
サラの指が止まる。
画面には、昨日の先生が映っていた。
「私たちが『どう動くか』じゃない」
再生。
先生が一歩動く。
停止。
「……私たちが、どう動かされるかを見てる」
メアが眉を寄せた。
「どういうこと?」
「例えば、私との戦い」
サラは映像を拡大した。
「先生は、私を追い込んでたように見えた」
「実際、そうだったじゃん」
「うん。でも……」
サラが別の映像を重ねる。
先生が一度だけ、倉庫の前を通過している。
ほんの数秒。
普通なら、ただの移動にしか見えない。
だがサラはそこを何度も見返した。
「ここ」
「……?」
「先生、この時点でもう私の逃走先を作ってる」
「え?」
「私が逃げる場所を限定してたんじゃない」
サラの目が細くなる。
「私が、自分からそこへ行きたくなるようにしてた」
沈黙。
「……じゃあ」
マイが静かに口を開く。
「昨日の戦闘は、最初から?」
「ううん」
サラは首を横に振った。
「全部じゃない」
そして映像を止める。
「でも先生は、戦闘中に私たちの行動を見て、次の選択肢を削っていってる」
「選択肢を……」
「そう」
サラは立ち上がった。
「だったら」
いつもの甘ったるい声から、少しだけ温度が消える。
「先生が私たちを観察する前に、こっちから観察させなきゃいい」
メアが目を丸くした。
「……サラ?」
「先生は、情報を集めて戦う」
サラは笑った。
「だったら、最初から間違った情報を渡せばいい」
ミナが口元を上げる。
「……なるほど」
マイも画面から視線を外した。
「囮?」
「それだけじゃないよ」
サラは訓練場の簡易マップを表示する。
そこには、前回の戦闘で先生が使った移動経路が記録されていた。
「先生は私たちの視線、射線、移動速度、攻撃する瞬間……全部を利用する」
指が一つの地点を示す。
「なら、今回はそこを逆に使う」
「先生に利用させる?」
「そう」
サラが笑う。
「利用させるの」
そして、別の地点を指した。
「ただし――先生が『利用できる』と思っている情報そのものを、こっちで用意する」
メアがニヤリと笑った。
「つまり、罠?」
「うん」
サラは頷く。
「昨日の先生は、私たちを見て戦った」
そして最後に、先生の映像を停止する。
「今日は――先生に、私たちを見せて戦わせる」
その言葉と同時に、タイマーが残り五分を告げた。
サラは立ち上がる。
「さあ」
いつもの、あの軽い笑顔。
「先生にも一回くらい、間違えてもらおっか」
――十分後。
訓練場のゲートが開いた。
先生が入ってくる。
「準備はできたか」
五人がそれぞれの位置につく。
先生は全員を一瞥した。
「……」
何かを探るような視線。
だが――
サラは笑っていた。
「もちろんだよ、先生」
先生が僅かに目を細める。
「そうか」
「じゃあ、始めようかぁ」




