第6話 「メア&ミナ戦」
訓練場の中央。
メアは近接用の武器を構え、対面する先生を睨んでいた。
「……」
先生は拳銃を構えている。
昨日と同じ。
非殺傷弾。
勝利条件も単純だ。
相手を戦闘不能にすること。
開始前の静寂。
メアが口元を吊り上げる。
「先生」
「なんだ」
「さっきのマイちゃんとの戦い、見てたよ」
「ああ」
「先生ってさ――」
メアが腰を落とす。
「近づかれるの、嫌でしょ?」
「……」
「なら、私の勝ちだね!」
開始。
メアが一気に踏み込んだ。
速い。
昨日の戦闘でも見せた、純粋な加速。
先生は横へ避ける。
だが――
遅い。
メアの武器が、先生の肩をかすめた。
「っ!」
先生が距離を取る。
メアは追う。
一歩。
二歩。
三歩。
そのまま連続して斬り込む。
先生は拳銃を撃ちながら後退する。
しかし、メアは弾道を読んで身体を捻り、最低限の動きで避けていく。
「当たらないよ!」
「……」
「昨日より遅い!」
メアが笑った。
観察室では、ミナがモニターを見つめていた。
「やっぱり……」
サラも頷く。
「うん。明らかに遅いねぇ」
マイは無言で画面を見る。
そしてミリアも――
何も言わず、ただ見ている。
訓練場では、メアがさらに距離を詰めていた。
先生は建物の角へ逃げ込む。
メアも迷わず追う。
「逃がさないよ!」
角を曲がった瞬間。
先生の姿がない。
「……え?」
メアが止まる。
通路の先。
左右に分かれた道。
一瞬だけ判断が遅れる。
その瞬間――
パンッ。
ゴム弾が壁を叩いた。
「そこっ!」
メアが振り向く。
しかし、先生はすでに移動している。
「……っ!」
メアは追いかける。
だが、先生は戦わない。
撃って、逃げる。
曲がって、消える。
また撃つ。
そして逃げる。
「ちょっと!」
メアの声が響く。
「逃げてばっかじゃん!」
返事はない。
メアは歯を食いしばった。
「だったら――!」
さらに速度を上げる。
先生を追う。
追いつく。
建物の中へ入る。
その瞬間――
先生が振り返った。
「!」
至近距離。
メアの武器が振り上がる。
先生は身体を沈めた。
刃が頭上を通過する。
そのまま懐へ入る。
しかしメアは止まらない。
身体を回転させ、二撃目。
先生は腕で受ける。
衝撃。
「……っ!」
数メートル押し飛ばされた。
メアが笑う。
「捕まえた!」
先生は立ち上がる。
拳銃を構える。
だが、メアはもう目の前だった。
――パンッ。
銃声。
メアの胸元に弾が当たる。
「……っ!」
だが止まらない。
そのまま先生へ踏み込む。
武器が振り下ろされる。
先生は避ける。
二撃目。
三撃目。
四撃目。
すべて紙一重。
先生の動きは遅い。
それでも、攻撃が当たらない。
メアは徐々に苛立っていく。
「なんで……!」
先生は攻撃しない。
ただ避ける。
そして、メアが振り下ろした武器を掴んだ。
「――え?」
次の瞬間。
先生の足がメアの足を払う。
体勢が崩れる。
武器が離れる。
先生はそのままメアの腕を取った。
「しまっ――」
床へ倒される。
先生が銃口を向ける。
「終了だ」
「……!」
メアは動きを止めた。
数秒の沈黙。
やがて訓練場に終了音が鳴った。
「勝者――先生」
観察室では、ミナが呆然としていた。
「……まただ」
サラが静かに画面を見つめる。
「うん」
マイも口を開く。
「メアは、先生を追いすぎた」
「そうだねぇ」
サラは頷いた。
「先生は、最初からメアちゃんに勝とうとしてなかった」
「……どういうこと?」
ミナが尋ねる。
サラは画面に戦闘ログを表示した。
「先生はずっと逃げてたでしょ?」
「うん」
「でも、逃げる方向は全部同じだったの」
「……同じ?」
「そう。先生は少しずつメアちゃんを、狭い場所へ誘導してた」
画面に、二人の移動経路が表示される。
「広い場所なら、メアちゃんの近接戦闘能力が最大限に活きる。でも狭い場所では、武器を振るための距離が取れない」
サラが指を滑らせる。
「最後に先生が武器を掴めたのも、メアちゃんが十分な間合いを取れなくなったから」
ミナが感心したように呟く。
「……また、戦う場所を選んでたんだ」
「そういうこと」
マイは画面を見たまま言った。
「でも……」
「ん?」
「先生、本当に遅かった」
サラの指が止まる。
「……うん」
誰も、それ以上は言わなかった。
ただ一人。
ミリアだけが、画面に映る先生を見つめていた。
その視線はいつもと変わらない。
無表情。
無反応。
けれど、先生が右手を軽く握った瞬間――
ほんの一瞬だけ。
ミリアの視線が、その手へ落ちた。
そして、すぐにモニターへ戻った。
メアが観察室へ戻ってくる。
「……負けたぁ……」
さっきまでの勢いはどこへやら。
メアは椅子へ身体を投げ出し、天井を見上げた。
「先生、ずるくない?」
「ずるくはないよぉ」
サラが笑う。
「ちゃんとルールの中で戦ってたじゃん」
「でもさぁ……私、先生を追いかけてただけじゃん」
「うん」
「……それが悔しい」
メアが頬を膨らませる。
マイが隣から淡々と言った。
「追わなければよかった」
「それができたら苦労しないの!」
「……そう」
「マイちゃん冷たい!」
「そう?」
「そう!」
いつもの調子で言い合いが始まる。
その間に、先生が観察室へ戻ってきた。
「次」
「……あ」
メアが顔を上げる。
先生は端末を確認した。
「ミナ」
「私?」
ミナが自分を指差す。
「そうだ」
「そっか」
ミナはいつもの笑顔を浮かべた。
「じゃあ、行ってくるね」
「頑張って、ミナちゃん!」
「うん」
立ち上がったミナは、訓練場へ向かう。
その途中で、先生とすれ違う。
「先生」
「なんだ?」
「私、結構速いよ?」
「知っている」
「……じゃあ、気をつけてね」
そう言って、ミナは笑った。
先生は何も返さなかった。
扉が閉まる。
しばらくして、訓練場の準備が完了した。
今回の装備は――
ミナが中距離用ライフル。
そして補給装備。
先生は拳銃一丁。
サラがルールを読み上げる。
「今回も勝利条件は相手の戦闘不能。スタート地点は別々。フィールドは昨日と同じ市街地エリアだよぉ」
先生が銃を確認する。
「始めろ」
開始音。
――直後。
ミナが走り出した。
速い。
メアとは違う。
爆発的な加速ではない。
一定の速度を保ったまま、長い距離を一気に駆け抜けていく。
観察室のモニターを見ていたメアが思わず身を乗り出す。
「やっぱ速いなぁ……」
マイも頷く。
「ミナは速い」
サラが笑う。
「しかも、荷物持ってる状態でこれだからねぇ」
画面の中でミナは建物を抜け、道路を横切り、別の建物へ入る。
そして――
止まらない。
「……?」
メアが首を傾げた。
「ミナちゃん、なんでずっと走ってるの?」
サラは答えない。
その視線は別の画面へ向いていた。
先生の位置情報。
こちらも動いている。
だが――
遅い。
ミナが大きく迂回している間にも、先生の移動距離は短い。
「……」
サラの表情から、いつもの笑みが少しだけ消えた。
「先生……」
画面の中で、先生が一度立ち止まる。
そして――
壁に手をついた。
ほんの一瞬。
すぐに手を離す。
何事もなかったように、また歩き始めた。
サラは黙っていた。
ミリアも、その様子を見ていた。
無表情のまま。
ただ、今度は誰よりも長く――
先生の姿を追っていた。
ミナは走り続けていた。
ただ速いだけではない。
建物を一つ抜けるたびに、周囲を確認する。
窓。
路地。
屋上。
そして、自分が通った場所まで一度振り返る。
「……」
先生を探している。
だが、焦ってはいない。
ミナは自分の速度を武器にして、先生より先に戦場そのものを支配しようとしていた。
やがて――
「見つけた」
ミナが足を止める。
遠くの道路。
建物の隙間から、先生の姿が見えた。
「先生、遅いね」
ミナはライフルを構える。
距離は十分。
遮蔽物もある。
撃てる。
だが――
引き金には指をかけなかった。
「……」
ミナは笑顔のまま、先生の動きを見る。
先生は歩いている。
昨日までとは違う。
明らかに遅い。
そして、何度か立ち止まる。
「……ふふ」
ミナは銃を下ろした。
「なるほど」
そのまま別の建物へ走り出す。
観察室。
メアが首を傾げた。
「え? ミナ、撃たないの?」
サラも画面を見ながら答える。
「撃たないんじゃないかなぁ」
「なんで?」
「まだ距離があるから」
「でも、狙撃できるじゃん」
「うん。でも――」
サラは先生の現在位置を表示する。
「今撃つと、先生に場所を知られる」
「……あ」
「それに、先生は今までと違って、動きが遅い」
サラは少し考える。
「だからミナちゃんは、無理に撃つ必要がないって判断したんだと思う」
マイが呟く。
「待っている」
「そう」
サラが頷く。
「ミナちゃんは、自分から戦う必要がない」
その言葉通りだった。
ミナは走り回らなくなった。
高所へ移動し、ライフルを構えたまま待つ。
先生が近づいてくる。
――だが。
ミナは撃たない。
さらに近づく。
まだ撃たない。
先生が建物の角を曲がる。
ミナは別の窓へ移動する。
そしてまた待つ。
「……」
先生が歩く。
一歩。
また一歩。
その動きは、やはり遅い。
ミナはそこで初めて、引き金に指をかけた。
「今」
――パンッ。
ゴム弾が飛ぶ。
先生が身を捻る。
完全には避けられない。
弾が肩を掠めた。
「当たった!」
メアが叫ぶ。
しかしミナはすでに動いていた。
撃った直後に銃を下げ、階段を駆け下りる。
「速っ……!」
メアが呆れる。
ミナは建物から出ると、さらに別の通路へ入った。
先生が追う。
だが――
距離が縮まらない。
むしろ開いていく。
「先生、追いつけないじゃん」
メアが思わず笑う。
「これはミナちゃんの勝ちじゃない?」
サラは画面を見ながら、少しだけ首を傾げた。
「……そう簡単かなぁ」
「え?」
「先生、追ってないよ」
「……え?」
ミナの移動経路と先生の移動経路。
二つの線がモニターに表示される。
ミナは逃げている。
先生は追っているように見える。
だが――
サラが拡大する。
「先生が向かってる方向……ミナちゃんが今いる場所じゃない」
「じゃあ、どこ?」
サラは地図上の一点を指した。
「次にミナちゃんが行く場所」
メアが固まる。
「……は?」
マイが画面を見る。
「先回り?」
「たぶんねぇ」
サラの口元から、いつもの笑みが消える。
「先生はミナちゃんを追いかけてない」
その頃。
ミナは走っていた。
建物を抜ける。
次の通路へ。
そして――
「……え?」
足が止まった。
目の前に、先生が立っていた。
「――!」
ミナが反射的に銃を構える。
しかし遅い。
先生の拳銃が、すでにこちらを向いている。
ミナは横へ跳ぶ。
パンッ。
弾が壁に当たる。
「っ!」
ミナはさらに走る。
しかし先生は追ってこない。
ただ、その場で銃を構えたまま待っている。
ミナが角を曲がる。
――そして。
「……あ」
行き止まり。
背後から足音がする。
ゆっくり。
一歩ずつ。
先生が現れる。
ミナは振り返り、笑った。
「……先生」
「ああ」
「私のこと、追ってたんじゃなかったんだ」
「追っていない」
「じゃあ、どうしてここにいるの?」
先生は答えず、銃を構えた。
ミナもライフルを構える。
距離は近い。
中距離を得意とするミナにとって、最も不利な距離。
それでも彼女は笑顔を崩さない。
「じゃあ――」
ミナが踏み込む。
「ここからは、ちゃんと戦おうか」
その瞬間、先生の表情が僅かに変わった。
そして――
ミナが、一気に距離を詰めた。
ミナが踏み込んだ。
――その瞬間。
先生の姿が消えた。
「――え?」
ミナの視界から、一瞬で先生が抜ける。
次の瞬間。
右。
ミナが振り向く。
いない。
「……!」
背後。
気配。
反射的に身体を捻る。
パンッ!
ゴム弾が頬のすぐ横を通過した。
「っ!」
ミナは咄嗟に距離を取る。
だが――
先生は、もうそこにいなかった。
「……速い」
ミナの表情から、笑顔が消える。
廊下の奥。
先生が立っている。
先ほどまでとは、明らかに違う。
立ち方も。
そして――速度も。
「先生……?」
ミナが呟く。
先生は答えない。
ただ、ゆっくりと銃を構える。
次の瞬間。
走った。
「――!」
ミナが反応する。
速い。
あまりにも速い。
昨日、メアを相手にしていたときとも違う。
先生は一気に距離を詰める。
ミナはライフルを横へ振る。
だが間に合わない。
先生が懐へ入り込む。
ミナは銃身を使って押し返そうとする。
先生はそれを躱し、腕を取る。
「くっ……!」
ミナが身体を捻る。
先生の手から逃れる。
そのまま後方へ跳び、ライフルを構え直す。
パンッ!
先生が横へ跳び。
弾が外れる。
着地。
と同時に先生が走る。
「また……!」
ミナが撃つ。
一発。
二発。
三発。
先生は止まらない。
建物の壁を蹴り、射線から外れる。
ミナが目を見開いた。
「そんな……」
観察室。
メアがモニターへ張り付いている。
「ちょ、ちょっと待って!」
「……」
マイも言葉を失っている。
サラは画面を見つめたまま、完全に黙っていた。
そして――
「昨日と……全然違う」
メアが呟く。
先生が画面の中を駆け抜ける。
その速度は、昨日まで見せていたものとも比較にならない。
ミナが必死に逃げる。
だが追いつかれる。
「っ……!」
角を曲がる。
先生も曲がる。
ミナは振り返りざまに撃つ。
先生が身を低くする。
そのまま滑り込むように接近。
ライフルを掴む。
「――!」
ミナが離そうとする。
先生は力任せには引かない。
銃口の向きを僅かに逸らし、ミナの身体を崩す。
そして――
パンッ。
至近距離から一発。
ミナの胸部に命中した。
「……っ」
停止判定。
訓練終了の音が鳴る。
「勝者――先生」
静寂。
ミナはその場に立ったまま、先生を見つめていた。
「……先生」
「ああ」
「どうして……」
ミナは少し息を整える。
「さっきまで、あんなに遅かったのに」
先生は銃を下ろした。
「遅かったんじゃない」
「……?」
「遅くしていた」
ミナの目が僅かに見開かれる。
「……どういうこと?」
先生は答える。
「お前たち全員に、俺の速度を知られる必要がなかったからだ」
「……!」
観察室。
メアが勢いよく振り返った。
「えっ!?」
サラも固まっている。
マイだけが、モニターを見つめたまま動かなかった。
先生は続ける。
「昨日の戦闘から今まで、お前たちは俺の動きを観察してきた」
「……うん」
「そして、俺は遅いと思わせた」
「……!」
「マイには、狙撃戦で動きの遅さを見せた」
「メアには、追いつけないように逃げ続けた」
「そしてお前には――」
先生がミナを見る。
「実際に、追いつけないと思わせた」
ミナが黙る。
「全力で動く必要があるのは、最後だと判断した」
「……私との戦いまで」
「そうだ」
先生は淡々と答えた。
「ここまで見せた情報を、お前たちは次の戦いにも持ち込む」
「……」
「だから、その情報そのものを間違わせた」
観察室では、メアが頭を抱えていた。
「うわぁ……」
サラが小さく呟く。
「……最初から、これも訓練だったんだ」
先生が観察室へ戻ってくる。
メアがすぐに詰め寄った。
「先生!」
「なんだ」
「昨日からずっと、わざと遅く動いてたの!?」
「ああ」
「全部演技!?」
「全部ではない」
先生は一拍置く。
「必要以上に速度を出さなかっただけだ」
メアは唖然とする。
「……ずるい」
「戦闘では普通だ」
「普通じゃないよ!」
その横で、ミナも戻ってくる。
まだ少し呆然としている。
マイがミナを見る。
「……騙された?」
「うん」
ミナは苦笑した。
「完全に」
サラは腕を組み、先生を見る。
「じゃあ先生」
「なんだ」
「次からは――」
サラの目が細くなる。
「もう、全力を隠さないってこと?」
先生は答えず、残った一人を見る。
ミリア。
彼女はいつものように、静かに先生を見ていた。
先生と目が合う。
ほんの一瞬。
それだけだった。




