第4話 「一対一」
訓練区画の照明が戻る。
倒れていた四人は、順番に身体を起こしていった。
「うぅ……負けたぁ……」
メアが床に座り込み、肩をさする。
「……悔しい」
マイは短く呟く。
ミナは少し離れた場所で、その二人を眺めていた。
「でも、すごかったね。先生」
「何が?」
「最初から最後まで、私たちがどう動くかを見てたでしょう?」
ミナは笑う。
「戦ってるというより……遊ばれてるみたいだった」
「遊んでたわけじゃない」
男は淡々と答えた。
「お前たちが強いから、正面から相手をする必要がなかっただけだ」
その言葉に、メアが少しむっとする。
「それ、褒めてる?」
「事実を言っただけだ」
「むぅ……」
その横で、マイが男を見る。
「先生」
「なんだ」
「ミリアを倒したとき」
一瞬、視線がミリアへ向く。
「……迷わなかった」
「そうだな」
「まるで、最初からあの動きを知ってたみたいだった」
空気が、ほんの少し変わった。
メアも顔を上げる。
「そういえば……」
ミナも首を傾げた。
「ミリアって、この部隊に編入で入ってきたんだよね?」
「うん」
メアが答える。
「半年くらい前だったよね」
「そう」
マイが頷く。
「突然来た」
それ以上は誰も言わなかった。
MESIA5小隊にミリアが加入したのは、ほんの数カ月前。
それまで彼女は別の部隊にも所属していなかった。
どこから来たのか。
なぜ、この部隊に入ったのか。
そのあたりを、彼女はほとんど話さない。
そして――
「でも」
メアが男を見る。
「先生は、ミリアのこと知ってたよね?」
男は答えない。
「だって、さっきの動き……」
「メア」
ミリアが口を開いた。
全員がそちらを見る。
「それ以上は必要ない」
「……え?」
「訓練の話をしろ」
淡々とした声だった。
メアは少し戸惑う。
「う、うん……」
それ以上、追及する者はいなかった。
ただ。
マイだけは男とミリアを交互に見ていた。
何かがおかしい。
そんな顔をしている。
男は気づいていた。
だが、何も言わない。
「今日はこれで終わりだ」
そう言って踵を返す。
「え、もう?」
メアが声を上げる。
「続きは明日だ」
「じゃあ明日は勝てる?」
「さあな」
男は振り返らない。
「お前たち次第だ」
扉が閉まる。
その直後。
「……ねえ」
メアが小声で言った。
「ミリアと先生って、前から知り合いなのかな?」
ミナが笑う。
「どうだろうね」
「マイはどう思う?」
「……分からない」
マイは扉を見つめたまま答えた。
そして少し間を置いて、
「でも」
「先生がミリアを見たときだけ……ちょっと違った」
「違う?」
「私たちを見るときとは」
その言葉に、メアとミナが顔を見合わせる。
少し離れた場所では、ミリアが黙って立ち上がっていた。
「ミリア」
メアが呼ぶ。
「なに?」
「先生と――」
ミリアは足を止める。
だが、振り返らない。
「……何でもない」
「そう」
ミリアはそのまま部屋を出ていく。
残された三人は、しばらく黙っていた。
そして誰からともなく、
「……気になるね」
「うん」
「……気になる」
三人の視線が、閉じた扉へ向いた。
一方、その頃。
廊下を歩く男の後ろから、足音が一つ。
「先生」
ミリアだった。
男は振り返らない。
「なんだ」
「……今日の戦闘」
「うん」
「私の動き、全部読んでいた」
「全部じゃない」
「嘘」
男が僅かに笑う。
「……数カ月前よりは、随分よくなったな」
ミリアは黙る。
「だが、まだ癖が残ってる」
「……そう」
「次は直せ」
「分かった」
それだけ。
二人は並んで歩く。
その距離は、他の四人が見れば少しだけ不自然なくらい近い。
だが二人にとっては――
それが、いつもの距離だった。
そしてミリアは、ほんの少しだけ男を見る。
「……先生」
「なんだ」
「次は勝つ」
男は前を向いたまま答える。
「期待してる」
その会話を――
廊下の角の向こうで、誰かが聞いていた。
「……やっぱり、何かあるよね」
メアだった。
その後ろからミナが顔を出す。
「聞いちゃったね」
「うん」
さらにマイも現れる。
「……追及する?」
「まだいいんじゃない?」
ミナが笑う。
「そのうち分かるよ」
三人はそれ以上踏み込まなかった。
ただ一つだけ。
MESIA5小隊の中に、
「先生とミリアは、以前から何か特別な関係だったのではないか」
という小さな疑問が生まれた。
翌朝。
MESIA5小隊の待機室。
まだ先生は来ていない。
四人はそれぞれ、思い思いに時間を潰していた。
「昨日のアレ、もう一回やりたい!」
メアが椅子を揺らしながら言う。
「今度は絶対勝つから!」
「……私は、まずサラを守る方法を考えたほうがいいと思う」
マイが淡々と返す。
「昨日、一番最初に落ちた」
「うっ……」
メアが言葉に詰まる。
その横でミナがくすくす笑った。
「でも、先生って本当に変だったよね」
「変?」
「うん。私たちのこと、ほとんど知らないはずなのに」
「……」
マイが顔を上げる。
その言葉に、少しだけ空気が変わった。
「そういえば」
メアも思い出したように言う。
「先生、昨日ミリアの動き全部読んでたよね」
「……」
ミリアは部屋の隅で黙っていた。
いつものように、他の三人とは少し離れている。
ミナがミリアを見る。
「ミリアは、先生と昔から知り合いなの?」
「……」
「いや、答えなくていいよ」
ミナはすぐに笑った。
「ちょっと気になっただけ」
ミリアは何も言わなかった。
そのとき。
――ガチャ。
扉が開いた。
四人が一斉に振り向く。
「おはよう」
先生だった。
「おはようございます、先生ぇ」
サラだけがいつもの調子で手を振る。
「昨日は散々だったねぇ」
「誰のせいだと思ってるの!」
メアが食ってかかる。
「うふふ、私は指揮官としてちゃんとやってたよぉ?」
「最初にやられたけどね」
マイがぼそり。
「……それは言わないお約束ぅ」
少しだけ笑いが起こる。
男はそれを見ながら、壁に背を預けた。
「昨日の訓練について、一つ訂正しておく」
「訂正?」
「俺は、お前たちの戦闘データを事前に調べていない」
四人が黙る。
「正確には――」
男はミリアを見る。
「配置以外の情報は、何も入れてきていない」
「……え?」
メアが目を丸くする。
「じゃあ昨日……」
「お前たちの武器も、戦い方も、癖も知らなかった」
マイが眉を寄せる。
「じゃあ、どうして……」
「見れば分かる」
短い答え。
「戦場では、事前情報がないことなんて珍しくない」
男は全員を見る。
「だから昨日は、戦いながらお前たちを観察した」
そして一拍。
「今日は、その続きだ」
男が手を叩く。
「ただし、昨日とは違う」
サラが首を傾げる。
「どんな訓練?」
「一対一」
「……!」
メアの目が輝いた。
「一人ずつ先生と戦うの!?」
「ああ」
男は淡々と言う。
「ただし、今回は単純な撃ち合いじゃない」
「各自、開始地点と条件を変える」
「お前たちは自分の能力だけで、俺を倒してみろ」
メアが立ち上がる。
「最初、私!!」
「順番は俺が決める」
「えぇー……」
「それと」
男は出口へ向かう。
「昨日のような特殊な――人質のようなルールはない」
「勝利条件は単純だ」
振り返る。
「俺を倒せば、お前たちの勝ちだ」
空気が変わった。
昨日とは違う。
人質もない。
仲間もいない。
サラからの指示もない。
一対一。
自分自身の戦闘能力だけで、目の前の人間を倒す。
「……面白そう」
マイが静かに呟く。
メアは拳を握る。
「今度こそ!」
ミナはいつもの笑顔。
「先生、手加減してくれる?」
「しない」
「ふふ、じゃあ頑張らないとね」
そして――
ミリアだけは何も言わない。
男も彼女を見る。
一瞬だけ視線が交わる。
「……ミリア」
「はい」
「お前も当然やる」
「分かってる」
その返事には、迷いがなかった。
男は扉を開く。
「では、一人目」
名前を最初に呼ばれたのは。
「――マイ」
青い髪が揺れた。
マイが静かに立ち上がり。
「……了解」
二人は訓練区画へと向かった。




