第三話「脱落」
力が抜ける。
サラは倒れながら、男を睨んだ。
「……最初から……私が目的だったんだねぇ……」
「ああ」
「でも……」
サラは薄く笑う。
「私がいなくなったら、みんな困るよぉ?」
男は答えなかった。
代わりに、サラの通信機を拾う。
そして――
サラの声で通信を開く。
『メア』
少し間を置く。
『そのまま北側へ』
通信の向こう。
『了解!!』
次にミナへ。
『ミナ、第三ブロックを確認して』
『分かったよ』
最後にマイ。
『マイはその場から動かないで』
『……了解』
全員が疑わない。
そうして通信を切った。
「……」
サラの端末を見る。
そこにはMESIA5小隊全員の位置情報。
男はそれを一瞥し――
笑った。
「なるほど」
これなら。
もう一人、取れる。
数分後。
ミナは第三ブロックを一人で歩いていた。
「サラちゃん、先生って本当にこっちなのかな?」
通信。
『いるよぉ』
「そっか」
ミナはいつもの笑顔。
だが、足は止まった。
「……?」
何かがおかしい。
サラなら、こんなに短い指示だけを出すだろうか。
だが端末の連絡先は間違いなく、サラ――
『ミナ』
また声。
『そのまま進んで』
「うん」
ミナは進む。
角を曲がる。
その瞬間。
男が壁の陰から現れた。
「――!」
ミナが反応。
だが距離が近すぎる。
男の手がミナの武器を弾く。
ミナは後退。
「先生……!」
男は追わない。
ミナが逃げる方向へ先回りする。
「……っ」
次の瞬間。
肩へスタン。
「――ミナ、アウト」
ミナの身体が崩れる。
その直後。
通信。
『ミナ?』
メアの声。
『サラ、ミナが応答しないよ!』
男はすぐにサラの声へ切り替えた。
『大丈夫。先生にやられたみたい』
『え!?』
『メアはそのまま待機』
『でも――』
『命令』
短い。
いつもの、戦闘中のサラと同じ。
メアが黙る。
『……了解』
通信終了。
男は倒れたミナを見下ろす。
そして――
「これで二人」
しかし。
マイが通信機を強く握っていた。
「……」
何かが引っかかる。
サラの指示。
ミナが倒された報告。
「……おかしい」
マイが呟いた。
その瞬間。
「サラ」
通信を開く。
『なにぃ?』
サラの声。
マイは少し黙った。
「……あなた、本当にサラ?」
沈黙。
ほんの一秒。
だが――
マイには、それで十分だった。
「……偽物」
通信が切れる。
マイは銃を構えた。
「先生……」
その声には、初めて明確な警戒が混じっていた。
「サラを――」
その頃。
男は廊下の暗がりで、静かに変声器を外した。
「ようやく気づいたか」
男は銃を握り直す。
「さて」
「ここからは、少し難しくなるな」
訓練区画。
残っているのは三人。
マイ。
メア。
そして――ミリア。
男は廊下の壁に背を預け、静かに息を整えていた。
変声器をしまう。
もう、”サラ”の声は必要ない。
「……ここからだな」
通信が入る。
『先生』
メアの声。
『もう逃がさないからね!』
男は返事をしない。
その代わり、遠くを見る。
――来る。
足音。
一つ。
二つ。
……そして、消える。
「……」
男の目が細くなる。
足音を消した。
ならば――
「ミリアか」
背後に。
気配。
男が振り向いた瞬間。
黒い影が踏み込んできた。
速い。
訓練用の刃が首元へ迫る。
男は身体を捻る。
刃が頬を掠めた。
そのまま距離を取ろうとする。
だが、ミリアは逃がさない。
二撃。
三撃。
すべて急所を狙ってくる。
男は防ぐ。
受ける。
かわす。
そして――
「……やはりな」
男が呟いた。
ミリアの動きが止まる。
「!」
ほんの一瞬。
男は踏み込んだ。
ミリアの手首を取り。
重心を崩す。
身体を反転。
そのまま首元へスタン武器。
「――アウト」
一瞬だった。
ミリアの身体が崩れる。
「……」
男は倒れた彼女を見る。
「悪いな」
だがミリアは何も答えない。
当然だ。
これは男が教えた動き。
何度も教えた。
そして何度も修正した。
何度も――
自分を倒すために磨かせた技術。
だから。
知っている。
全部。
「ミリア!」
メアの声。
男は顔を上げる。
廊下の先。
メアとマイ。
二人が並んでいる。
マイは銃を構えたまま、ミリアを見る。
「……やられた」
メアが呟く。
「先生、ミリアより強いの?」
「違う」
マイが答えた。
「先生は……ミリアを知ってる」
その言葉にメアが黙る。
男は銃を構えた。
「来るなら来い」
パシュッ!
ゴム弾。
男が横へ跳ぶ。
二発目。
三発目。
「――っ」
壁へ隠れる。
マイの射撃は正確だ。
正面から出れば撃たれる。
ならば。
男は別の通路へ走った。
「追うよ!」
メアが飛び出す。
「待って」
マイが止める。
「先生の目的は人質」
「……!」
メアが気づく。
「そうだ」
二人は同時に人質区画を見る。
男は必ずそこへ来る。
ならば――
待てばいい。
十分後。
人質区画。
マイとメアは、人質を挟むようにして待機していた。
「……来ないね」
メアが呟く。
「来る」
マイは銃を構えたまま答える。
「先生は勝たなきゃいけない」
「私たちは守ればいい」
完璧な布陣。
逃げ道もない。
射線も確保している。
正面から来ればマイ。
接近すればメア。
そして人質に触れることができなければ、先生の勝利条件は成立しない。
「……詰みかなぁ」
メアが笑う。
その瞬間。
通信機が鳴った。
『メア』
サラの声。
……ではない。
先生自身の声だった。
『人質区画に入った』
二人が身構える。
「どこ!?」
『右』
メアが右を見る。
何もいない。
『左』
今度は左。
マイが照準を移す。
しかし――
何もいない。
マイが眉をひそめる。
「……通信を使った陽動」
『そうだ』
先生の声。
『お前たちは今、俺がどこにいるかを探している』
メアが周囲を見る。
「どこ……?」
『違う』
声が変わる。
今度は――
マイの声。
『先生はもう人質のところにいる』
メアが振り返る。
「え?」
そこには人質。
異常なし。
だが――
「……マイ?」
メアが隣を見る。
マイはそこにいる。
「私は喋ってない」
「……!」
その瞬間。
照明が落ちた。
暗闇。
「メア、動かないで!」
マイの声。
だが。
通信機からもマイの声。
『メア、動かないで』
「……どっち!?」
メアが混乱する。
一瞬。
その一瞬でいい。
男には十分だった。
天井。
そこに設置されていたハッチが開く。
男が落ちてくる。
狙いは――
人質。
「先生!」
メアが踏み込む。
男は撃たない。
避ける。
メアが追う。
その間にマイが射撃。
男は人質の前でしゃがみ込む。
ゴム弾が背後を抜ける。
「……!」
男は人質を抱える。
そして――
「悪いな」
メアの目が見開かれる。
男は人質を抱えたまま、壁際へ転がった。
マイの射線から外れる。
「人質を盾にする気!?」
「違う」
男は人質を床へ下ろす。
「だがお前たちは撃てない」
沈黙。
その通りだった。
非殺傷訓練とはいえ、人質への誤射は即失格。
だから二人は撃てない。
男は銃をしまった。
「そして、お前たちは人質から離れられない」
メアが歯を食いしばる。
「……卑怯」
「戦場で卑怯なんて言葉を使うな」
男は静かに答えた。
「勝つために使えるものは、全部使え」
その瞬間。
男が走る。
メアが迎撃。
マイが射線を作る。
二人の連携は完璧だった。
――だからこそ。
男は、その連携の間へ入った。
メアが前。
マイが後ろ。
ならば――
二人の射線が重なる瞬間を作ればいい。
男がメアの肩を掴む。
引く。
メアの身体が僅かに動く。
マイのゴム弾。
パシュッ。
「――っ!」
メアの肩へ命中。
「――メア、アウト」
「え!?」
その一瞬。
男はマイへ踏み込む。
マイが銃を下げるより早く――
スタン。
「――マイ、アウト」
静寂。
男は息を吐く。
そして、倒れた三人を見る。
ミリア。
メア。
マイ。
全員、戦闘不能。
男は人質へ歩み寄る。
その手を取った。
「……確保」
訓練区画にアナウンスが響く。
『OBJECTIVE COMPLETE』
男はしばらく黙っていた。
そして振り返る。
倒れているMESIA5小隊を見て――
「……さて」
「お前たちには、まだ教えることが山ほどあるな」
その言葉に、
倒れていたミリアだけが――
ほんの僅かに目を開けた。




