第二話「初めての授業」
男が五人を見渡す。
「まず、お前たちにひとつ伝えておく」
五人の視線が集まった。
「今回の教育は、通常のメシアの教育とは違う」
メアが首を傾げる。
「通常の教育って?」
「そもそも、メシアに教育というものはほとんど必要ない」
マイが静かに反応する。
「……戦闘技能も、知識も製造段階で与えられる」
「その通りだ」
「それなのに、私たちはここにいる」
「あぁ」
サラが口元に笑みを浮かべる。
「じゃあ先生ぇ~。私たち何を教わるの?」
男は少し間を置いた。
「それは、これからお前たち自身に知ってもらう」
「……?」
メアが目を丸くする。
「なにそれ」
「焦る必要はない」
男はそれだけ言った。
「少なくとも、今まで通り生活しろ。こちらから必要なことはその都度伝える」
サラが頬に指を当てる。
「ふ~ん、なんだか意味深だなぁ~」
「そう聞こえるか?」
「聞こえるよぉ?」
「なら、それでいい」
「……ふふっ」
サラは楽しそうに笑った。
メアはまだ納得していない。
「でも先生、私たちを教育するんでしょ?」
「ああ」
「だったら、もっとこう、勉強とか訓練とかするのかと思ってた」
「いずれ必要になるかもしれないな」
「いずれ?」
「そうだ」
メアはしばらく男を見つめる。
「……やっぱり変な先生」
「よく言われる」
「自分で言うんだ、それ」
ミナがくすりと笑う。
「でも、ちょっと面白い先生ですね」
「そうか?」
「はい」
いつもの笑顔。
男はミナを見る。
その笑顔からは、何を考えているのか読み取れない。
マイが口を開く。
「私たちは普段通りにしていればいい?」
「当面はな」
「分かりました」
それ以上は聞かなかった。
メアも肩をすくめる。
「まあ、いっか」
サラがすぐに続く。
「そうそう。せっかく先生が来てくれたんだしぃ、仲良く――」
「必要以上に親しくする必要はない」
男が遮る。
サラが瞬きをする。
「……あら」
「お互い、まだ何も知らない」
「なるほどねぇ」
サラは少しだけ笑った。
「じゃあ、ゆっくり知っていけばいいってこと?」
「そういうことだ」
その言葉に、メアが小さく頷いた。
「それなら分かった!!」
ミナも頷く。
「私も」
マイは黙っている。
そして、少し離れたところにいるミリア。
男と目が合う。
ほんの一瞬。
それだけだった。
ミリアは何も言わない。
男も何も言わない。
二人の間には、他の四人には分からない時間があった。
だがそれをわざわざ説明する必要はなかった。
男は時計を見る。
「今日はここまでだ」
「えっ、もう終わり?」
メアが驚く。
「初日から張り切る必要もない」
「先生って、意外と適当?」
「そう見えるなら、それでもいい」
「うーん……」
メアは腕を組んだ。
「やっぱり変な人」
サラが笑う。
「でも、ちょっと興味出てきたかもぉ」
「そうか」
男は扉へ向かう。
「今日はここまでだ」
メアが少し拍子抜けしたように瞬きをする。
「え、もう終わり?」
「そうだ」
男はそのまま歩き出す。
だが、扉の前で足を止めた。
「……だが」
振り返る。
「お前たち、俺がなぜ教育担当についたのか。疑問に思っているだろう」
五人が男を見る。
「まあ、そりゃね」
メアが答える。
「メシアに教育なんて、本来必要ないし」
「そうだ」
男は手元の端末を操作する。
格納庫に警告音が響いた。
壁面が動き、床が沈む。
格納庫そのものが、巨大な戦闘シミュレーション施設へと変貌していく。
建物が形成され、通路が生まれ、複数の区画が展開される。
「……へぇ」
サラの表情から、先ほどまでの軽さが消えた。
男は説明を続ける。
「一つ、試してみよう」
「何を?」
「お前たちと俺で、ゲームをする」
メアが少し楽しそうに笑う。
「ゲーム?」
「ああ」
男は装備ラックから二つの武器を取った。
携帯用ナイフ。
そして消音器付きのハンドガン。
「使用する武器は非殺傷仕様だ」
ハンドガンを確認する。
「遠距離武器はゴム弾」
ナイフを軽く振る。
「近接武器にはスタン機能を付ける」
メアが自分の武器を確認する。
「へえ……」
「この施設内に人質が一人いる」
五人の表情が変わる。
男は続ける。
「俺の目的は、その人質を探し出すこと」
「……なるほど」
マイが理解する。
「私たちは?」
「人質の防衛」
サラが笑った。
「つまりぃ……」
男を見る。
「先生が攻撃側で、私たちが防衛側ってことね?」
「そうだ」
「制限時間は?」
「設けない」
サラが僅かに目を細める。
「へぇ」
「ただし、俺がスタンさせられれば俺の負け。逆に人質を確保して指定地点まで到達すれば俺の勝ちだ」
「私たちが先生を見つけたら?」
「攻撃して構わない」
メアが笑う。
「本当に?」
「非殺傷武器ならな」
「じゃあ遠慮なくいくね!」
「そうしろ」
サラが口元を上げる。
「面白くなってきたじゃん」
男はハンドガンをホルスターへ収める。
「それから、通信は自由に使用していい」
サラの目が変わった。
「それってつまり――」
「お前の腕を見るためでもある」
一瞬。
サラの笑顔が止まる。
そして――
「……ふふっ」
楽しそうに笑った。
「そういうことねぇ」
五人がそれぞれ配置へ向かう。
メアは近接武器を握りしめる。
マイは高所へ向かう。
ミナは物資とルートを確認する。
ミリアは無言のまま姿を消した。
サラは隠された指揮室へ入る。
男もまた、一人で別の区画へ歩いていく。
最後にシステム音声が響く。
――シミュレーション開始まで、10秒。
9。
8。
男はハンドガンを抜く。
7。
ミリアは暗い通路の奥に立つ。
6。
マイが高所から施設全体を見下ろす。
5。
メアが武器を構える。
4。
ミナが補給物資と罠を配置する。
3。
サラがモニターを見る。
「……先生」
2。
「どこから来るのかなぁ?」
1。
――開始。
男の姿が消える。
同時に、サラが全隊員へ指示を飛ばした。
「全員、まだ動かないで」
「え?」
メアが聞き返す。
「先生がどこにいるか分からないんだから、勝手に動いたらダメ」
「でも探さないと――」
「探す必要はないよぉ」
サラは複数のモニターを見る。
「先生は必ず人質のところへ来る」
その頃。
男は施設の壁際を歩いていた。
足音を殺す。
ハンドガンを片手に周囲を確認する。
今回の目的は戦闘ではない。
人質を見つけること。
正面には長い廊下。
右には階段。
左には複数の部屋。
男は一瞬だけ立ち止まる。
そして――
左へ進んだ。
同じ頃。
サラのモニターに、一つの情報が入る。
「……あ」
「どうしたの?」
メアが聞く。
サラは笑った。
「先生、動いたよ」
「どこ!?」
「まだ教えなぁい」
「ええ!?」
「まずは、先生が何を考えてるのか見てみよっか」
その頃、男は知らない。
すでに――
MESIA5小隊による狩りが始まっていることを。
訓練区画。
男は長い廊下を一人歩いていた。
足音はほとんどない。
角に差しかかるたび壁へ身体を寄せる。
覗く。
何もいない。
すぐに離れる。
その動きには迷いがなかった。
一方、管制室。
サラはモニターを眺めながら頬杖をついていた。
「……先生、ずいぶん慎重だねぇ」
「どうする?」
メアが通信越しに尋ねる。
「まだ動かないでぇ」
サラは小さく笑った。
「先生は今、こっちの配置を探ってるところ。だったら――」
モニターのひとつに男の姿が映る。
「こっちから追いかける必要はないよぉ」
「先生の場所は割れてるんだし、待ってれば来る」
「了解!」
メアの明るい返事。
ミナも
「じゃあ、私はここで待ってるね」
と笑う。
マイは無言だった。
そして――
ミリアもまた、何も言わない。
サラはそれを確認すると、再び画面へ視線を戻した。
「……先生」
誰にも聞こえないほど小さく呟く。
「あなた、何を考えてるのかなぁ」
その頃。
男は廊下の途中で立ち止まっていた。
正面に扉。
その先には――
おそらく誰かがいる。
だが、入らない。
代わりに腰から小型の機器を取り出した。
変声器。
起動。
「……サラ」
自分の声が、別人のものへ変わる。
男は通信機へ口を近づけた。
そして――
「……サラ、聞こえる?」
管制室。
サラの眉が動いた。
「……?」
通信から聞こえてきたのは
メアの声。
『サラ、ちょっと来て。こっちで先生を見つけた』
サラは一瞬だけ考える。
「メア?」
『うん。早く来て』
「場所は?」
『第三区画。西側の通路』
サラはモニターを見る。
メアの現在位置を確認。
―― 一致していない。
「……」
ほんの一瞬。
サラは黙った。
そして、ふっと笑う。
「……なるほどぉ」
通信を切る。
「先生、面白いことするねぇ」
サラは席を立った。
「でも残念」
彼女は別の画面を見る。
「声だけじゃ、私には通じないよぉ」
その瞬間。
管制室の照明が――
落ちた。
「――え?」
暗闇。
非常灯が赤く点灯する。
サラの表情から笑みが消えた。
「……通信障害?」
違う。
モニターが一斉にブラックアウトしている。
「ちょっとぉ……」
サラが端末へ手を伸ばした、その時。
背後から――
「サラ」
メアの声。
振り向く。
そこに立っていたのは――
メア。
ではない。
「……え?」
サラが目を見開く。
「先生、どうしてここが――」
その瞬間だった。
背後から腕を取られる。
「――!」
身体を捻る。
だが遅い。
男がサラの腕を固定し、もう片方の手でスタン機能付きの訓練用武器を首元へ当てる。
「捕まえた」
そうメアの声で囁く。
「……っ!」
サラは息を呑む。
ただ、静かに拘束を続ける。
「私を誘き出そうとしたんじゃない……」
サラの目が男を捉える。
「私が、先生の策作戦を見破ったと思わせた……?」
男はそこで初めて笑った。
「正解だ」
カチッ。
スタン。
サラの身体から力が抜ける。
「――サラ、アウト」。




