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第16話「憧れ」

夕方。


今日は昼の授業がなかった。


MESIA5小隊に与えられていたのは、夜間に行われる実戦を想定した訓練までの待機時間。


これまで彼女たちが行ってきたのは、あくまで――


先生との戦闘訓練だった。


一対一。


あるいは五人対一人。


地形。


情報。


判断。


相手の動きを読むこと。


それらを叩き込まれてきた。


だが。


本来メシアが戦う相手は人間ではない。


敵は――


外宇宙生命体。


今日の夜は、その本来の戦場を想定した訓練が行われる予定だった。


部屋には、MESIA5小隊の五人が揃っていた。


「ねえ、夜の訓練ってどんな感じになるのかなぁ」


ミナが椅子に座りながら呟く。


「イニシオとの戦闘を想定するって言ってたけど、先生と戦うのとは全然違うよね」


メアが楽しそうに返す。


「そりゃそうでしょ!先生は人間なんだから!」


「でも先生、メシアより強く見える時あるよね」


マイが静かに言う。


「……それは、錯覚」


「えー?」


「先生は、私たちがそう見えるように戦っているだけ」


「相変わらず難しいこと言うねぇ、マイちゃん」


サラが笑う。


その隣では、ミリアだけが黙っていた。


いつものことだった。


その時。


廊下から――


足音が一つ。


コツ。


コツ。


コツ。


五人の会話が止まる。


「先生かな?」


メアが扉を見る。


足音が近づく。


そして。


扉が開いた。


「――失礼するわ」


入ってきたのは――


見たことのない少女。


……ではなかった。


その顔を知らない者など、この軍にはほとんど存在しない。


MESIA5小隊の五人も。


もちろん知っている。


ただ。


知っているからこそ――


言葉が出なかった。


黒い戦闘装備。


無駄のない立ち姿。


静かな瞳。


そして、その胸元に刻まれた製造番号。


《MESIA No.04》


「…………」


メアが固まる。


ミナも。


マイも。


サラでさえ、言葉を失っていた。


そして。


その名が、頭の中を駆け巡る。


製造番号4番。


通称――


「死神」。


個体名――


マキナ。


外宇宙生命体に対する討伐率。


第一位。


現在に至るまで、一度もその座を譲ったことがない。


全メシアの憧れ。


そして。


人類にとっての――


救世主。


「……マ、マキナ……?」


メアの声が震える。


マキナは、ほんの少しだけ首を傾けた。


「そうよ」


「え……」


「あなたたちが知っているマキナで合っているわ」


「…………」


誰も動けない。


サラも、いつもの軽い笑みを浮かべる余裕がなかった。


「な、なんで……」


ミナが呟く。


「どうしてここに……?」


「それは――」


マキナは部屋の中を見渡す。


マイ。


メア。


ミナ。


サラ。


そして――


ミリア。


マキナの視線が、最後にミリアへ止まった。


ミリアは何も言わない。


表情も変わらない。


ただ、マキナを見る。


まるで。


彼女がここに来ることを、最初から知っていたかのように。


「……ミリア?」


メアが横を見る。


しかしミリアは答えない。


マキナはそんな彼女を見て僅かに笑った。


そして。


「あなたたちを試しに来たの」


「……試す?」


サラがようやく言葉を返す。


「ええ」


「今夜の訓練について、先生から聞いているでしょう?」


「はい……」


「なら話は早いわ」


マキナは室内へ入る。


「あなたたちはこれまで、先生とばかり戦ってきた」


「でも――」


その瞳が、鋭くなる。


「彼は外宇宙生命体ではない」


空気が変わった。


「あなたたちが本当に戦わなければならない相手は、先生とは全く違う」


「だから」


マキナは、五人を一人ずつ見る。


「今夜の訓練の前に――」


「あなたたちが、本当に戦場へ出られるメシアなのか」


「私が確かめる」


メアが思わず立ち上がる。


「で、でも先生は?」


その問いに。


マキナは、少しだけ口元を上げた。


「知らないわ」


「……え?」


「私彼には何も言っていないもの」


四人が固まる。


「ええっ!?」


サラが素っ頓狂な声を上げる。


マキナは平然としている。


「だから」


「これは――」


一拍。


「彼には内緒」


そう言って人差し指を口元に重ねる。


その言葉に。


四人の視線が、唯一先ほどから動揺を見せないミリアへ向いた。


ミリアは――


相変わらず無表情だった。


ただ。


ほんの僅かに。


マキナと視線を交わす。


「…………」


「…………」


二人とも、何も言わない。


それだけで。


サラには、妙な違和感が残った。


――この二人。


もしかして。


「……知り合い?」


サラが恐る恐る尋ねる。


マキナは答えなかった。


ミリアも答えない。


ただマキナは、五人へ向き直る。


「さあ」


「彼の授業とは違うわよ」


静かな声。


けれど。


その瞬間だけ。


「今からあなたたちが戦うのは――」


彼女の瞳に。


長年、外宇宙生命体を殺し続けてきた者だけが持つ、冷たい光が宿った。


「本物の戦場を知っているメシアよ」


そうして一行は訓練場へ向かった。


ただし――


いつもの場所ではない。


MESIA5小隊が普段使用している訓練施設とは、向かう方向そのものが違っていた。


専用の列車に乗り。


その上で更に長い廊下を抜け。


いくつもの認証ゲートを通過し。


さらに軍施設の奥へ。


「……ここ、私たち来たことないよね?」


ミナが周囲を見渡す。


「うん」


サラも珍しく静かだった。


「そもそも、この区画……私たちの権限じゃ入れないよ」


「じゃあ、なんで入れてるの?」


メアが前を歩くマキナを見る。


答えは簡単だった。


マキナがいるからだ。


最後のゲートが開く。


その先にあったのは――


巨大な訓練施設だった。


広い。


あまりにも広い。


屋内施設でありながら、奥行きがほとんど分からない。


複数の区画に分かれた戦闘フィールド。


都市。


荒野。


森林。


瓦礫地帯。


地下通路。


そして超遠距離戦を想定した広大な射撃区域。


一つの訓練場というより――


小さな戦場そのものだった。


「……なに、ここ」


メアが呟く。


マキナは振り返らない。


「私の訓練場よ」


「マキナさん専用……?」


マイが小さく尋ねる。


「ええ」


「専用って……」


サラが周囲を見渡す。


壁面に並ぶ無数の設備。


見慣れないものばかりだ。


最新型のシミュレーション設備。


外宇宙生命体を想定した特殊な環境再現装置。


通常のメシア用訓練場では見かけない、異常なほど高度な設備。


そして何より。


その広さ。


これだけの施設を――


一人のメシアが個人で使用している。


「……軍って、こんなの持ってたんだ」


ミナが呟く。


マキナが答えた。


「大半は私が使っているし、使用権限は私が最上位だけどもね」


「…………」


その言葉に、四人が黙る。


だからこその専用訓練場。


つまり。


この施設はマキナ一人のために用意されているわけではない。


けれど。


マキナが必要とする時には、彼女が自由に使える。


それだけの権限を――


彼女は持っている。


「……すご」


メアが思わず呟く。


マキナは気にした様子もない。


そのままフィールド中央へ歩いていく。


「ここなら」


振り返る。


「あなたたちが普段使っている訓練場よりずっと実戦に近いことができる」


五人を見る。


「そして」


マキナの視線が鋭くなる。


「私も、手加減する必要がない」


空気が変わった。


メアの表情が引き締まる。


マイは静かに武装を確認する。


ミナも装備を整える。


サラは周囲の地形を確認し始めた。


そして――


ミリアだけは。


何も変わらない。


マキナと目が合う。


ほんの一瞬。


二人の間に言葉はない。


だが。


マキナは分かっている。


ミリアもまた。


この場所を知っている。


そんな目をしていた。


「……さて」


マキナが中央へ立つ。


「始めましょうか」


五人が構える。


マキナは一人。


MESIA5小隊は五人。


数だけなら――


圧倒的に5小隊が有利だった。


だが。


誰も、その数字だけを見てはいなかった。


そこにいるのは。


外宇宙生命体討伐率第一位。


製造番号4番。


「死神」


なのだから。

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