第17話「死神と呼ばれる所以」
そこにいるのは。
外宇宙生命体討伐率第一位。
製造番号4番。
「死神」
そしてマキナのために貸し出されたこの場所。
そして今から――
ここで行われるのは。
訓練ではあるが。
五人にとっては、初めての――
討伐数上位メシアとの戦いだった。
「さて」
マキナが中央に立つ。
「始めましょうか」
五人が、それぞれの位置につく。
サラが周囲を確認する。
視線が忙しく動いていた。
「……かなり広いね」
「うん」
ミナが答える。
「私たちの訓練場より、ずっと広い」
「当然よ」
マキナは中央から動かない。
「イニシオとの戦闘では、狭い場所だけで戦うことのほうが珍しいもの」
「……」
「それに」
マキナは五人を見る。
「あなたたちは、彼との戦闘で随分と賢くなったでしょう?」
メアが笑う。
「まあね!」
「だったら――」
マキナは構えた。
「その賢さが、本物の戦場でも通用するか確かめましょう」
サラが無線を開く。
「全員、配置についた?」
「いつでも!」
メア。
「問題なし」
マイ。
「こっちも大丈夫」
ミナ。
そして。
「……問題ない」
ミリア。
サラが小さく息を吐く。
「じゃあ――」
開始。
その瞬間。
五人が一斉に動いた。
メアが正面からではなく、左側へ。
ミナは中央を横切りながら、射線を確保する。
マイは後方へ下がり、狙撃位置を探す。
ミリアは――
消えた。
サラだけが全員の位置を把握している。
「まずは視界を取るよ」
無線越しに指示が飛ぶ。
「マイちゃん、三十秒後に――」
その瞬間。
「待って」
マイが止めた。
「……何?」
「いる」
「どこ?」
マイが狙撃銃を構える。
「中央」
サラがフィールド中央を見る。
そこには――
マキナ。
開始位置から、一歩も動いていない。
「……動いてない?」
メアが疑問を口にする。
「うん」
マイが答える。
「ずっと、あそこ」
サラは少し考えた。
「……じゃあ、撃てる?」
「撃てる」
「撃たないで」
「……?」
「おかしい」
サラの声が低くなる。
「動かない理由がない」
マキナは、五人を見ている。
まるで。
こちらがどう動くのかを待っているように。
「ミナちゃん」
「なに?」
「右側から少しだけ接近して」
「了解」
ミナが移動する。
一歩。
二歩。
三歩。
その瞬間。
マキナが振り向いた。
「――!」
ミナが止まる。
距離はまだ遠い。
なのに。
マキナは迷いなく、ミナのいる方向を見ていた。
「……バレた?」
「まだ撃ってない」
サラが答える。
「そのまま動いて」
ミナが走る。
マキナは動かない。
ただ。
ミナの進行方向を見る。
そして――
一歩だけ横へ移動した。
「……え?」
ミナの進行方向にあった遮蔽物。
その裏側。
そこへ、マキナが先回りした。
ミナが角を曲がる。
「――っ!」
目の前。
マキナ。
「こんにちは」
「うわっ!」
ミナが咄嗟に銃を構える。
だが。
遅い。
マキナの手がミナの銃身を逸らす。
そのまま懐へ入り――
肩を軽く押した。
ミナの身体が崩れる。
「……っ!」
「一人」
マキナは淡々と告げる。
無線の向こうでサラが息を呑む。
「今の……」
マキナはミナを倒したあと、追撃しない。
その場から離れる。
「サラ」
マイが呼ぶ。
「何?」
「今のマキナ――」
「うん」
サラも分かっていた。
「ミナちゃんを見てたんじゃない」
「……」
「ミナちゃんが来る場所を見てた」
その言葉に。
メアが振り返る。
「どういうこと?」
サラは答えない。
代わりに、マキナの移動を追う。
「……先生と同じ?」
その呟きに。
ミリアだけが反応した。
「違う」
短い言葉。
サラが聞き返す。
「違う?」
「先生とは」
ミリアはマキナを見る。
「逆」
「……?」
ミリアは、それ以上言わない。
その時。
遠くから銃声が響いた。
――一発。
マイ。
マキナの足元。
しかし。
「外した?」
メアが言う。
「違う」
ミリアが答えた。
「誘導した」
その瞬間。
マキナが走り出した。
速い。
だが――
単純に速いわけではない。
遮蔽物から遮蔽物へ。
射線を一つずつ消しながら。
マイが狙える場所を、逆に限定していく。
「……!」
マイが移動する。
しかし。
その先に――
マキナがいる。
「嘘……」
マイが後退する。
マキナは追わない。
ただ。
マイの逃げ道を一つずつ潰していく。
「これ……」
サラが呟く。
「先生と同じだ」
「え?」
「自分から捕まえに行ってない」
「じゃあ何してるの?」
「逃げる場所を――」
サラが息を呑む。
「なくしてる」
マキナが、ゆっくりと歩く。
マイの視線が揺れる。
逃げ道。
左。
塞がれている。
右。
射線が通らない。
後ろ。
行き止まり。
前。
マキナ。
「……」
マイが銃を構える。
マキナは止まった。
そして。
「撃っていいわよ」
マイの指が止まる。
「……何?」
「撃って」
マキナは静かに言った。
「あなたが今、撃つと――」
一歩。
「私はあなたのところまで行ける」
さらに一歩。
「でも、撃たなければ――」
マキナの瞳が細くなる。
「あなたはあと2秒で逃げ道を失う」
「……!」
マイが判断する。
そして――
銃声。
マキナが動いた。
一瞬だった。
銃弾を避けるような大きな動きではない。
ほんの僅かに身体をずらす。
そのまま前へ。
マイの武器を弾く。
「二人目」
静かな声。
無線の向こう。
サラは理解した。
このメシアは――
先生とは違う。
先生が人間の限界を知った上で、戦場そのものを組み立てるなら。
マキナは。
長年外宇宙生命体との戦場を生き続けた結果――
相手が何をするのかではなく。
相手が、どうすれば生き残れるのかまで理解している。
だから。
逃げ道を作る必要すらない。
敵が生き残ろうとする限り。
その行動自体が――
マキナの戦場になる。
「……これが」
サラが呟く。
「討伐率一位……」
その言葉に。
遠くでミリアがマキナを見る。
表情は変わらない。
ただ。
彼女だけは知っていた。
マキナは、まだ――
本気ですらない。
その言葉が落ちた瞬間だった。
誰も、動かなかった。
いや――動けなかった。
目の前にいるのは、たった一人。
それも、敵として現れたわけではない。
同じ人類側のメシア。
それなのに。
たった数分の戦闘で、MESIA5小隊の二人が何もできずに倒された。
そしてマキナは、呼吸一つ乱していない。
その事実だけが五人の頭の中に重く残っていた。
「……まだ、二人」
マキナが静かに呟く。
視線の先には、サラとメア。
そして――ミリア。
「違う」
サラが小さく言った。
「三人とも、まだ動ける」
倒れたミナとマイを見て、それからマキナを見る。
「だから、ここからが本番」
その声からいつもの軽さが消えていた。
「メアちゃん」
「分かってる!」
返事と同時にメアが飛び出した。
正面。
迷いのない突進。
マキナは動かない。
メアの距離が一気に縮まる。
「――そこ!」
拳が振り抜かれる。
だが。
マキナの姿が消えた。
「え――」
次の瞬間。
メアの背後。
「っ!」
振り返るより早く、腕を取られる。
投げられる。
地面に叩きつけられる――寸前。
メアは空中で身体を捻り、着地した。
「……!」
初めて。
マキナの動きに対応した。
「メアちゃん、そのまま!」
サラの指示。
メアは振り返らない。
そのまま走る。
マキナは追わない。
「……?」
メアが一瞬だけ振り返る。
そこにマキナはいなかった。
「サラ、今!」
「分かってる!」
サラが叫ぶ。
その瞬間、別方向から射撃。
マキナが僅かに身体を傾ける。
弾丸が頬を掠めた。
「……当たった?」
マイだった。
倒れていたはずのマイが、建物の陰から銃を構えている。
「まだ終わってない」
マイの声。
マキナは頬に触れる。
指先に、ほんの僅かな塗料。
「そう」
それだけだった。
だが――
マキナの目が変わった。
「じゃあ、少しだけ速度を上げるね」
「……っ!」
サラの背筋に、悪寒が走る。
「全員、散って!」
遅かった。
マキナが動く。
先ほどまでとは明らかに違う。
視界から消えた。
「どこ――」
メアが振り向く。
いない。
右。
いない。
左。
いない。
「メアちゃん、上!」
サラの声。
見上げる。
建物の壁面。
マキナが走っていた。
垂直に。
そのまま壁を蹴り、方向を変える。
「なにそれ……!」
メアが笑う。
恐怖ではない。
むしろ、嬉しそうに。
「そういうの、待ってた!」
メアが真正面から迎え撃つ。
拳と拳がぶつかる。
轟音。
メアの身体が数メートル吹き飛ぶ。
だが倒れない。
「まだ!」
再び踏み込む。
今度はマキナが迎え撃たない。
避ける。
メアの拳が空を切る。
二撃目。
三撃目。
それでも届かない。
「……速い」
メアが呟く。
だが。
「いや……」
サラが気づく。
「違う」
モニターを見つめる。
「メアちゃんが遅いんじゃない」
「え?」
「マキナさんが、メアちゃんの攻撃が届く場所にいない」
攻撃を避けている。
ただ避けているのではない。
メアが攻撃を開始する、その瞬間。
その攻撃が届く範囲から、ほんの僅かだけ外れている。
だからメアは、毎回あと一歩届かない。
「……先生と同じ?」
サラが呟く。
だが、すぐに首を横に振る。
「違う……」
先生は、戦場を作っていた。
マキナは――
「戦場そのものになってる……」
その瞬間。
サラの背後に影。
「――っ!」
振り返る。
マキナ。
サラは即座に後退。
だが、そこへメアが割り込む。
「サラちゃん!」
マキナの攻撃を受け止める。
その隙にサラが逃げる。
「ありがとう!」
「いいから行って!」
メアが叫ぶ。
マキナは追わない。
ただメアを見る。
「……仲間を守るんだ」
「当たり前でしょ!」
メアが笑う。
「私たち、五人だから!」
その言葉に。
マキナは、ほんの僅かに目を細めた。
「そう」
そして。
「なら――」
一歩。
「五人で来て」
その言葉に、サラが止まった。
建物の向こう。
倒れていたミナが立ち上がる。
「……まだやれる」
マイも銃を構える。
「私も」
メアが笑う。
「もちろん!」
サラが三人を見る。
そして最後に――
ミリアを見る。
ミリアは何も言わない。
ただ、マキナを見ている。
マキナもまた、ミリアを見る。
二人の視線が交差する。
「……ミリアちゃん」
マキナが呼ぶ。
「あなたも来て」
「……」
返事はない。
ミリアがゆっくりと武器を構えた。
その瞬間。
マキナの表情から、初めて僅かな笑みが消えた。
「やっと、全員揃ったね」
サラが息を呑む。
次の瞬間。
五人が同時に動いた。
だが五人が同時に動いた――その、直後だった。
マキナが取った行動に。
その場にいた全員が、動きを止めた。
「……え?」
メアが声を漏らす。
マキナは構えなかった。
代わりに。
自分の胸元へ、手を入れた。
「なに……してるの?」
ミナが呟く。
サラも、マイも。
その動きを理解できずにいた。
次の瞬間。
――ガシャン。
金属が噛み合うような音が響いた。
マキナの胸元から。
巨大な刃が、ゆっくりと姿を現した。
「……っ」
メアが息を呑む。
それは一本の巨大な鎌だった。
ただの鎌ではない。
長大な柄。
湾曲した巨大な刃。
そして柄の内部から伸びる銃身。
鎌でありながら。
ライフルでもある。
近接戦闘と射撃戦闘。
その二つを、一つの武器に融合させたような異形の兵装。
マキナはそれを、片手で軽々と握った。
「……これ」
マイが呟く。
知っている。
メシアならその兵器を。
知らない者のなどいない。
「まさか……」
サラの声が震える。
マキナは鎌を肩に担いだ。
巨大な刃が、静かに地面を擦る。
――ギィィ……。
その音だけで。
空気が変わった。
それまでのマキナは。
MESIA5小隊を相手にしていた。
戦っていた。
試していた。
だが。
今、目の前にいるのは――
違う。
「……これが」
ミナが息を呑む。
「本物……」
そう。
これこそが。
マキナの戦闘スタイル。
彼女が長い年月をかけて、イニシオを討伐し続けることを可能にした理由。
最新型のメシアが次々と製造され。
新しい兵装が開発され。
戦術が更新され。
世代そのものが変わっていく中で。
マキナだけは。
変わらなかった。
いや。
変わらなかったのではない。
戦い続けるために。
何度も何度も、更新され続けた。
その果てに残ったのが――
この巨大な鎌だった。
斬る。
撃つ。
踏み込む。
薙ぎ払う。
遠距離から敵を削り。
接近すれば巨大な刃で切り裂く。
その二つを、一切の切り替え動作すら感じさせず繋げる。
外宇宙生命体を討つためだけに研ぎ澄まされた兵装。
それを持つ彼女を。
人類は、いつしかこう呼ぶようになった。
――死神。




