第14話「隠された真実」
「それが――」
大将はスクリーンに映る《中佐》の文字を見つめたまま続けた。
「唯一我々にできる、彼への敬意でもある」
誰も口を開かなかった。
しばらくして、白衣の女が静かに尋ねる。
「……では」
「なぜ、そんな人物を教育担当に?」
その言葉に、部屋の空気が僅かに変わった。
大将は答える前に、スクリーンを切り替えた。
映し出されたのは――
現在のMESIA5小隊。
メア。
マイ。
ミナ。
サラ。
そして、ミリア。
「ここからが、今回この場に集まってもらった理由だ」
「既に情報は回ってきているだろうが現在、メシアを巡って一つの問題が起きている」
スクリーンに複数の機密資料が並ぶ。
《コア異常》
《外部干渉の可能性》
《原因-不明》
《再現性-確認中》
皮肉屋の軍人が眉を寄せた。
「現在、複数のメシアで不可解な挙動が確認されている」
「通常の干渉では説明できない」
白衣の女が資料を読み進める。
「コアそのものに……何かを?」
「可能性はある」
「まさか」
女が顔を上げる。
「敵が、メシアのコアに干渉する方法を?」
大将は答えなかった。
それだけで十分だった。
「……もし、それが本当なら」
「そうだ」
大将が言葉を重ねる。
「我々がこれまで積み上げてきたメシアの戦力そのものが、敵に利用される可能性がある」
「味方だった兵器が」
「次の瞬間には一瞬で敵になる」
部屋の空気が重くなる。
「だからこそ――」
大将は、現在のMESIA5小隊の映像を表示した。
「彼を教育担当に置いた」
皮肉屋の軍人が鼻で笑う。
「ですが、中佐はメシアではない」
「ああ」
「イニシオと戦えるほどの身体能力もない」
「ああ」
「それなのに、ですか?」
大将は男を見る。
「だからだ」
「……?」
「彼は、メシアより強い人間ではない」
「しかし――」
スクリーンに、過去の戦闘記録が映し出される。
一体。
二体。
三体。
それぞれのメシアが、戦闘不能へ追い込まれていく。
「彼は、メシアを倒す方法を知っている」
「敵になったメシアを」
大将は静かに言った。
「どう止めるのかを」
「どう壊すのかを」
「どうすれば、彼女たちの性能を無力化できるのかを」
そこで、大将は一度言葉を止める。
「そして――」
スクリーンが暗転する。
「その技術を我々の誰よりも知っている」
白衣の女が呟く。
「……だから教育担当」
「そうだ」
大将は頷いた。
「敵がコアに干渉する方法を見つけたのなら、メシア自身にその対策を教える必要がある」
「そして、それを教えられる人間が他にいない」
皮肉屋の軍人が腕を組む。
「それほどまでに?」
「ああ」
大将の返答は短かった。
「だから彼を呼んだ」
「戦わせるためではない」
「――教えさせるためだ」
その言葉が、静かな会議室に落ちた。
しばらく誰も動かなかった。
やがて白衣の女が、ふと一つの疑問を口にする。
「……でも」
「何だ?」
「彼自身は、自分が英雄だとそう思っているのでしょうか」
大将は少しだけ目を伏せた。
そして――
「さあな」
「……」
「本人はそんなことを一度も口にしたことがない」
スクリーンに映る現在の先生の姿。
軍服ですらない。
ただの男にしか見えない。
「むしろ本人にとっては――」
大将は小さく息を吐く。
「自分が英雄だったかどうかなど、どうでもいいのかもしれん」
白衣の女が尋ねる。
「では、彼にとって重要なのは?」
大将はスクリーンを見たまま答えた。
「……生き残った者が、何をするかだ」
その言葉だけが妙に長く残った。
そして。
大将はスクリーンに映る《中佐》の文字を見つめていた。
誰も口を開かなかった。
「これで、ある程度の納得はしてくれたかな」
大将は部屋にいる全員をゆっくりと見渡した。
誰も返事をしない。
それでも、大将は構わず続ける。
「では――最後に一つ」
スクリーンに表示されていた《END》の文字が消える。
「なぜ、今になって」
「最高機密であるエンドの情報を君たちに開示したのか」
その瞬間だった。
誰も口にはしなかった。
だが――
その場にいた全員が、同じことを察した。
いや。
大将に、察せさせられた。
ここに集められた人間は大なり小なり癖があれど、誰もが軍の中でも選りすぐりの人材だった。
戦闘。
作戦立案。
兵器開発。
情報分析。
それぞれの分野において、最優秀と呼ばれる者たち。
だからこそ。
「最高機密を見せられた」という事実だけで終わるはずがなかった。
エンドの情報は、今まで存在そのものすら秘匿されていた。
それを――
今、この場で。
しかも。
彼の過去と共に開示された。
ならば。
理由は一つしかない。
「……まさか」
誰かが、小さく呟いた。
大将は否定しなかった。
それが答えだった。
この情報は、過去を知るために見せられたのではない。
これから起こる何かを理解するために――
見せられたのだ。
白衣の女が、ゆっくりとスクリーンを見る。
そこにはもう《END》の文字すら残っていない。
「……エンドが」
「また現れたのですか?」
沈黙。
大将は、しばらく誰も見なかった。
そして。
「まだ、確認は取れていない」
そう答えた。
その一言に、全員の表情が変わる。
「だが――」
大将は続けた。
「だからこそ、君たちをここに集めた」
部屋の空気が一段と重くなった。
「そして」
大将は一枚の資料を表示する。
そこに映ったのは――
《MESIA5小隊》
「彼女たちもまた、この件に関係している」
誰も言葉を発さない。
大将は淡々と告げた。
「今回、君たちに知ってもらったのは過去の話ではない」
「これから起こり得る未来の話だ」
そして最後に。
「……その未来に、彼がいる」
「そして、君たちという未来が必要なのだ」
全員の脳裏に浮かんだのは――
先ほどまで画面に映っていた、一人の男。
彼が、なぜ今になってMESIA5小隊の教育担当になったのか。
なぜ軍が、彼を再び表舞台へ出したのか。
なぜ――
今、このタイミングで。
最高機密である《END》を見せたのか。
もう、誰も尋ねる必要はなかった。
彼らは皆、同じ答えに辿り着いていた。
これは、過去を語るための会議ではない。
――これから始まる大きな何かのための会議なのだ。
作戦本部から――
五名の人間が出て行った。
重い扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。
先ほどまで七人ほどいた会議室は、今では二人だけになっていた。
大将と――
もう一人。
先ほどの会議で、最後まで一度も口を開かなかった男だった。
彼は軍の装備開発における全責任を担っている。
メシアの兵装。
兵士たちの装備。
戦場で使用される最新技術。
現在の人類が持つ軍事技術、そのほぼすべてに関わる極めて重要な立場にいる男だった。
男は閉じた扉をしばらく見つめていた。
そして、静かに口を開く。
「……よろしかったのですか?」
大将は椅子に座ったまま、男を見る。
「何がだ?」
「あまりにも……中途半端な説明でした」
男は淡々と続ける。
「エンドについても」
「彼についても」
「そして、MESIA5小隊についても」
「肝心な部分は、ほとんど話していない」
大将は僅かに目を細めた。
「ああ」
「それでよかったのですか?」
「構わん」
即答だった。
「これ以上の情報を知ったところで――」
大将はスクリーンを消した。
暗くなった画面に、二人の姿だけが映る。
「何の戦術的広がりも期待できないからな」
男は黙っている。
「知ったところで、今の彼らに何ができる?」
「エンドがどれほどの化け物なのか」
「なぜあいつが生き残ったのか」
「そして――」
大将はそこで言葉を止めた。
「なぜ、あいつが今も戦えるのか」
静寂。
「それを知ったところで、作戦の選択肢が増えるわけではない」
「むしろ――」
大将は、僅かに苦笑した。
「またしても、あいつを非難する人間が増えるチャンスをくれてやるだけになる」
男は何も言わなかった。
その言葉の意味を、理解しているからだ。
先ほどまでこの場にいた五名。
彼らが知らないことは、まだある。
エンドのことだけではない。
彼が、あの戦場で何をしたのか。
何を失ったのか。
そして――
なぜ、あの状態で生きて戻ってきたのか。
その答えを知る者は、極端に少ない。
そして、この二人は知っている。
大将は立ち上がり、誰もいなくなった会議室を見渡した。
「我々は、あいつのことを英雄として扱っている」
「だがな」
大将の声が低くなる。
「英雄だからといって、あいつが何をしても許されるわけではない」
「だが逆も同じだ」
「我々が知らないことが多すぎるからといって――」
一拍。
「その全てを、あいつの罪にしていいわけでもない」
装備開発責任者の男が初めて視線を上げつぶやく。
「……だから、あえて話さなかった」
「ああ」
大将は頷く。
「知る必要がないからだ」
「今のあいつらに必要なのは、過去ではない」
「これから起こることに対して、何をするかだ」
そして二人は知っている。
先ほど五人に見せた資料は――
真実のほんの一部に過ぎない。
あの戦場について。
中佐について。
そして――
《END》について。
まだ、軍の最深部に封じられた記録がある。
その中には。
先ほどの五人には、決して見せられない情報が眠っていた。




