第12話「戦場とは」
翌日。
MESIA5小隊の部屋。
朝から、メアが昨日の戦闘記録を眺めていた。
「うーん……」
ソファに座りながら、何度目か分からないほど同じ映像を再生する。
「ねえ、みんな」
「なに?」
ミナが振り向く。
「昨日の戦闘さぁ」
メアは画面を指差した。
「なんで先生、あんなに早く私たちの作戦を見抜けたんだろう?」
マイは手にしていた端末から視線を上げる。
「……観察力」
「それは分かってるんだけどさぁ」
メアは唸る。
「私たちだって別に、適当に動いてたわけじゃないじゃん?」
「うん」
「サラが指示出して、みんなで合わせて……」
そこでサラが口を挟む。
「それなのに、先生はこっちが動き始めた直後には、もう次の手を読んでた」
「そうそう!」
メアが頷く。
「敵地なんだから警戒するのは当然だと思うけどさぁ……」
ミナが首を傾げた。
「でも、それだけじゃ説明つかないよね」
「だよね?」
「うん」
マイも静かに映像を見る。
「先生は、私たちが動く前から準備していたようにも見える」
「……」
サラが黙った。
「それ」
「ん?」
「私も、昨日から少し引っかかってた」
サラは戦闘開始直後の記録を呼び出した。
「先生が私たちの罠に気づいたの、早すぎるんだよね」
「うん」
「私たちは開始直前に作戦を変えた」
「そうだったね」
「だから、昨日までのデータだけじゃ分からないはず」
メアが首を傾げる。
「じゃあ……勘?」
「先生が?」
「……ないと思う」
マイが即答した。
「だよねぇ」
メアが頭を抱える。
「じゃあ何なの?」
サラは黙ったまま、記録を遡っていく。
そして――
「あ」
「どうしたの?」
「……これ」
サラが映像を止めた。
開始前。
先生が訓練場から一度外へ出ている。
『十分休憩にする』
そう言っていた時間だ。
「ここ……」
「先生が休憩してたところ?」
「そう」
サラが記録を確認する。
「先生が外に出てから、私たちは作戦会議をした」
「うん」
「その時、私たち……」
「無線、使ってたよね」
全員が止まった。
「……」
「……」
メアがゆっくり口を開く。
「……まさか」
サラが通信ログを開いた。
「訓練場内の通信記録」
画面に大量のデータが表示される。
「私たちの無線通信、全部残ってる」
ミナが目を丸くする。
「じゃあ……」
「先生が外に出ていた間も――」
サラが呟く。
「聞いてた?」
「……」
沈黙。
メアが立ち上がる。
「ちょっと待って!」
「うん」
「じゃあ昨日の私たちの作戦……」
サラが頷く。
「ほとんど知られてた可能性がある」
「……」
メアが固まった。
「だから……」
ミナが思い返す。
「先生、私たちが動き出した時、全然驚いてなかった?」
「そう」
マイが答える。
「むしろ、確認しているようだった」
サラはさらに記録を追う。
「……やっぱり」
「何が?」
「先生、休憩から戻ってきた後の最初の視線」
映像の中の先生。
訓練場へ戻ってきた直後――
MESIA5小隊を一人ずつ見ている。
「これ」
サラが拡大する。
「私たちの配置を見る前に……」
「……通信機を見てる」
ミナが呟いた。
メアが頭を抱える。
「うわぁ……」
「どうしたの?」
「先生、ずるくない?」
サラは苦笑した。
「いや」
「?」
「ずるいっていうより……」
少し考えてから。
「徹底してる」
その時。
部屋の扉が開いた。
「何が徹底してるんだ?」
「――!」
五人が一斉に振り向く。
先生が立っていた。
メアが固まる。
「……」
先生は五人を見渡す。
「朝から何の話をしている」
「せ、先生……」
サラが恐る恐る尋ねる。
「昨日の休憩時間って……」
「ん?」
「外に出てましたよね?」
「ああ」
「……何してたんですか?」
先生は少し考えた。
そして――
「休憩だ」
「……」
「……」
「……」
メアがサラを見る。
サラもメアを見る。
先生はそんな二人を見ていた。
「どうした?」
サラが恐る恐る聞く。
「先生……」
「なんだ」
「休憩中、私たちの無線……聞いてました?」
先生は一瞬だけ黙った。
そして――
「ああ」
あまりにもあっさり答えた。
「聞いていた」
「やっぱりぃぃぃ!?」
メアの叫び声が部屋に響いた。
先生は平然としている。
「敵地で作戦会議をしているんだ。当然、通信も監視されていると思うべきだ」
「でも先生、自分で休憩って言ったじゃん!」
「休憩することと、警戒を解くことは別だ」
「……!」
サラが黙る。
先生は続けた。
「それに、お前たちは無線を使っていた」
「……」
「なら聞く」
「それだけだ」
メアが頭を抱える。
「うわぁ……」
ミナは苦笑する。
「完全に私たちのミスだね」
マイも頷く。
「敵地なら通信も戦場の一部」
サラは少し考えてから、先生を見る。
「……じゃあ」
「?」
「昨日、私たちが先生を観察してたつもりだったけど」
「ああ」
「先生は、その前から私たちを観察してたんですね」
先生は答えなかった。
ただ――
「戦場に入った時点で、観察は始まっている」
そう言った。
サラは静かに頷く。
「……なるほど」
昨日の戦い。
先生が早すぎた理由。
それは単純な読み合いではなかった。
戦闘が始まる前。
作戦が始まる前。
――休憩時間から、すでに戦いは始まっていたのだ。
「……先生」
サラが顔を上げた。
「なんだ」
「じゃあ、昨日の作戦……」
「うん?」
「全部聞いてたの?」
先生は少し考える。
「全部ではない」
「え?」
「必要なところだけだ」
メアがすぐに食いついた。
「必要なところだけって、どういうこと?」
「お前たちの会話を最初から最後まで聞いていたわけじゃない」
先生は淡々と答える。
「作戦の内容、配置、役割。それが分かれば十分だった」
サラは腕を組んだ。
「……じゃあ、私たちが考えてた細かい部分までは?」
「知らない」
「……」
「だから、戦闘が始まってから確認した」
サラの目が細くなる。
「確認?」
「そうだ」
先生は近くの机に置かれていた端末を手に取った。
昨日の戦闘記録を表示する。
「例えば、お前たちが最初に俺を誘導しようとした場面」
映像が再生される。
「俺は、お前たちがどこへ誘導したいのかは知っていた」
「うん」
「だが、実際にどの程度の距離を保つのかまでは知らなかった」
サラが頷く。
「だから先生は……」
「見た」
先生は短く答える。
「実際の動きを見て、修正した」
メアが腕を組む。
「なんか……」
「どうした?」
「先生ってさ」
メアは少し考えてから言った。
「最初から全部分かってるみたいに見えるんだけど」
「そんなことはない」
「え?」
「俺だって間違える」
意外な答えだった。
四人が黙る。
先生は画面を止める。
「違うのは――」
「間違えた時に、それを認めるかどうかだ」
サラが静かに聞く。
「……どういう意味?」
「自分の予想と現実が違った時、予想を守ろうとする人間がいる」
先生は映像を指す。
「だが、戦場でそれをやれば死ぬ」
「……」
「予想が外れたなら、外れたという情報が手に入っただけだ」
先生は画面を進める。
「なら、次の判断を変える」
サラが小さく頷く。
「……だから昨日も」
「そうだ」
「私たちが想定外の動きをしても、先生は驚かなかった」
「驚く必要がない」
「……」
「想定外なら、その瞬間から想定すればいい」
メアがぽかんとする。
「それ、簡単に言うけど難しくない?」
「難しいな」
「認めるんだ……」
「だから訓練する」
先生は端末を置いた。
「戦術というのは、最初に立てた作戦を最後まで守ることじゃない」
「……」
「状況が変わるたびに、自分の作戦も変えることだ」
サラはしばらく黙っていた。
そして、ふと昨日の映像を見る。
「……先生」
「なんだ」
「私が最後に先生を動かそうとした時」
「ああ」
「先生、私の作戦を見抜いた後……わざと一度、引っかかったよね?」
部屋の空気が止まった。
メアが振り返る。
「え?」
ミナもサラを見る。
「そうだったの?」
サラは映像を再生する。
先生が一度だけ、サラの誘導に乗ったように見える場面。
そして、その直後に戦場を変えた。
「ここ」
サラが指差す。
「先生は、この時点で私たちが何をしようとしてるか分かってた」
先生は否定しない。
「……ああ」
「じゃあ、なんで乗ったの?」
「確認したかったからだ」
「何を?」
先生はサラを見る。
「お前たちが、本当に昨日とは違う戦い方をするのか」
「……!」
サラが黙る。
「昨日のデータを覚えているだけなら、意味がない」
先生は続ける。
「それを使って、自分たちの戦い方を変えられるか」
「……」
「そこを見ていた」
サラの表情が少し変わる。
「じゃあ……」
「昨日の私たちの反撃も、試験だった?」
「そうだ」
メアが声を上げる。
「えぇ!? じゃあ私たち、ずっと先生に試されてたの!?」
「そういうことになる」
「なんか納得いかない!」
先生は気にした様子もない。
「勝つことだけを考えるな」
五人が先生を見る。
「昨日の自分たちに勝て」
その言葉に、誰も返事をしなかった。
ただサラだけが、少し笑った。
「……なるほど」
「?」
「だから教育担当なんだ」
先生は答えない。
サラは端末を閉じた。
「だったら、次はもっとちゃんと考えないとね」
メアが立ち上がる。
「よし! じゃあ次の作戦会議!」
ミナが笑う。
「今度は無線使わない?」
「当然!」
マイが静かに言う。
「……でも、先生に聞かれるかもしれない」
「じゃあ筆談?」
「先生、読唇術できそう」
「じゃあどうすればいいの!?」
部屋が一気に騒がしくなる。
先生はその様子をしばらく見ていた。
そして――
「好きにしろ」
「今日の授業は5時間後だ」
そう言って、部屋を出ていく。
扉が閉まる。
数秒後。
サラが小さく呟いた。
「……聞かれてると思って作戦立てたほうがいいね」
「え?」
「先生が聞いてるかどうかなんて、もう関係ない」
サラは笑った。
「聞かれてる前提で、それでも勝てる作戦を作る」
メアが拳を握る。
「それだ!」
ミナも頷く。
「うん」
マイも静かに頷いた。
そして部屋の隅。
ミリアだけは――
何も言わず、閉じた扉を見ていた。




