表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
50/52

第50話 騎士団の門

街道を進んで夕方になった。


街道沿いの小さな宿場町。

人口五百人ほど。宿が二軒、市場が一つ。


宿を取って夕食を済ませた。

三人で部屋に集まってお茶を淹れた。


カイルは夕食でかなり食べていた。

五日分の食欲だ、と本人が言っていた。


「あんた、本当に飢えてたのね」


エリスが呆れていた。


「王宮を抜けてからはろくに食べてなかったからな」


「勇者って大変ね」


「大変だ。だが、勇者の務めだ」


「胃袋の務めね」


エリスが笑った。


---


お茶を飲みながら、俺は続きを話し始めた。


「十六歳で、騎士団に入った」


カイルがこちらを向いた。


「俺とたった一年違いだな」


「お前、十七で勇者になったのか」


「ああ。お前と一歳違いだ」


近かった。

俺が騎士団を去った後、すぐにカイルが入ったのかもしれない。

だが、確かめる気はなかった。


「騎士団の入団は簡単だった」


俺は続けた。


「身長、体力、剣の腕——どれも基準を満たしてた。むしろ上回ってた」


「元騎士に習ってたからね」


エリスが頷いた。


「ああ。十歳から六年間、剣を振り続けた成果だった」


「両親は?」


「特に喜びもしなかった。“そうか”の一言で送り出された」


エリスが眉を寄せた。


「冷たいわね」


「冷たい、というよりは——」


俺は考えた。


「もう関心がなかった、というのが近いかもしれない。ニコが死んでから、両親の世界には俺の居場所がなかった」


「……」


「俺も責めなかった。両親なりに生きていただけだ」


エリスが頷いた。

それ以上は何も言わなかった。


カイルが、ぽつりと言った。


「……俺の両親は、騎士に俺がなった時、めちゃくちゃ喜んだぞ」


「お前の家、貴族か?」


「子爵家だ。三男坊。家を継ぐ立場じゃないから、騎士になるのが期待されてた」


「……」


「期待されすぎて、それはそれで辛かった」


カイルが苦笑した。


エリスが首を傾げた。


「あんたも苦労してきたのね」


「種類は違うが苦労はあった」


「ふうん」


エリスがお茶を一口飲んだ。


「みんな、それぞれね」


---


「騎士団は激しかった」


俺は続けた。


「朝五時に起床。一時間の体力訓練。朝食。剣の訓練。昼食。模擬戦。夕食。装備の手入れ。寝るのは夜十時」


「相当忙しいわね」


「忙しい。だが俺には合ってた」


「合ってた?」


「ああ。考える時間がない。剣を振ってる時間と寝てる時間しかない。それが楽だった」


エリスが頷いた。


「家にいた時と同じね」


「同じだ」


「逃げ続けてたのね、ずっと」


俺は頷いた。


「逃げてた、というよりは——」


俺は考えた。


「考えないようにしてた、というのが近い。ニコのこと、家のこと、自分のこと。考えると立ち止まりそうになるから」


エリスが、目を伏せた。


「私と同じね」


「ああ」


二人とも、過去を「考えない」ことで生き延びてきた。

形が違うだけで、構造は同じだった。


カイルが頷いた。


「俺は両親の期待を考えないようにしてたな。期待されすぎると応えられなかった時のことを考えてしまうから」


「……」


「だから俺も、ある意味で逃げてた。期待から」


エリスがカイルを見た。


「あんた、思ったより考えてるのね」


「俺だって考えてるさ。たまに」


「たまに、ね」


エリスが小さく笑った。


カイルがしょんぼりした。


---


「騎士団に入って、二年が経った」


俺は続けた。


「十八歳になった年、王国の宝物庫が公開された」


エリスがお茶のカップを置いた。


「聖剣の選定ね」


「ああ」


カイルがこちらを向いた。


「俺、その時はまだ騎士団に入ってない。一年後だ」


「ああ」


「俺、聖剣の選定を見たかった」


「見て何になる?」


「いや、勇者になる人を生で見てみたかった、っていうか」


カイルが頭を掻いた。


「あの時の勇者の名前、王宮では出てこなかった。“アルレン”って名前、海辺の町まで知らなかった」


王国の隠蔽は徹底していた。

俺の名前は勇者として記録から抹消された。


それは——後で分かったことだ。


「で、選定の儀式の話だ」


俺は続けた。


「候補は五人。俺と、四人の名門の騎士の息子」


「あんた以外、貴族なのね」


「ああ。俺は平民。当時は平民が候補に選ばれるのは珍しかった」


「珍しい?」


「ああ。聖剣は王国の象徴。それを持つ勇者は貴族から選ばれるのが慣例だった。俺が候補に入ったのは、騎士団での実績が突出していたからだ」


「突出していたんだ、あんた」


「らしい」


「らしい、って他人事ね」


「自分のことはよく分からない」


エリスが笑った。


「分かるわよ、それ」


---


「選定の儀式は、王宮の大広間で行われた」


俺は続けた。


「王、宰相、神官、そして候補の五人」


「宰相もいたのね」


「いた。儀式の主導者だ」


「あの男、聖剣の選定も仕切ってたのね」


「ああ。王国の儀式は、ほぼ全部宰相が仕切ってた」


エリスが、苦い顔をした。


「徹底してるわね、あの男」


「徹底してる」


「で、選定は?」


「候補が一人ずつ聖剣に手を触れる。剣が反応した者が、勇者になる」


「反応、というのは?」


「光るんだ。聖剣の刀身が」


「綺麗な仕組みね」


エリスが、皮肉に笑った。


「綺麗、というか、芝居がかってる」


「芝居がかってる?」


「ああ。たぶん宰相が仕組んだ演出だ。“勇者は神に選ばれる”という幻想を、民衆に植え付けるための」


「実態は?」


「聖剣に触れる候補の魔力を、儀式の魔法陣が測ってる。最も魔力量が多い者の手で聖剣が反応するように設計されてる」


エリスが目を見開いた。


「あら、面白い分析ね」


「後で気づいた。当時は本気で”神に選ばれた”と思った」


カイルが、ぼそっと言った。


「俺も、そう思った……」


エリスがこちらに向き直った。


「で、あんたが触れた瞬間に聖剣が光った」


「ああ」


「他の四人は?」


「光らなかった。一人は半分くらい光ったが、それ以上は反応しなかった」


「あんたの魔力量、突出してたのね」


「らしい」


「また”らしい”」


「自分の魔力量は自分では分からない」


「ふうん」


エリスがお茶のカップを取った。


「で、あんたは、勇者になった」


「ああ」


「その時、どう思ったの」


俺は考えた。


しばらく考えて、答えた。


「ああ、選ばれてしまった、と思った」


エリスが、目を見開いた。


「……選ばれてしまった?」


「ああ」


「喜びは?」


「なかった」


「誇りは?」


「なかった」


「じゃあ、何を感じたの?」


俺はまた考えた。


「……仕事が増えた、という感覚」


エリスが、息を止めた。


それから——吹き出した。


「ぷっ……ふふっ」


「何が面白い」


「あんた、勇者になった瞬間に”仕事が増えた”って思ったの?」


「思った」


「……あんた、ほんとに駄犬ね」


「褒めてるのか」


「半分、ね」


カイルが頭を抱えた。


「お前、勇者になって淡々としてたのか」


「ああ」


「俺、勇者になった時はめちゃくちゃ嬉しかったぞ。叫んだぞ。“俺が選ばれた!”って」


「お前らしいな」


「褒めてるのか?」


「分かりやすい男だ」


エリスが笑った。


「駄犬は駄犬らしいし、カイルも金ピカらしいわね」


カイルがしょぼんとした。


エリスが楽しそうに笑った。


俺も、口元が緩んだ。


---


夜が更けた。


カイルがベッドに転がった。

鎧を脱いで軽装になっている。最近は屋内で鎧を脱ぐようになった。少し成長した、と言える。


エリスはまだお茶を飲んでいた。


「……駄犬」


「なんだ」


「あんたが勇者になった話、続きが聞きたい」


「明日にする」


「明日ね」


「ああ」


エリスがお茶のカップを置いた。


「あんたの過去、聞けば聞くほど——」


エリスが言葉を切った。


「聞けば聞くほど?」


「私と、同じ場所から来てるのが分かるわ」


「同じ場所?」


「装置にされる人間。意志を持つことを許されなかった人間」


俺は頷いた。


「ああ」


「だから、あんたが”仕事が増えた”って思ったの、分かるわ」


「お前も、か?」


「私は、そんな余裕なかったわ。ただ、早く終わってくれって思ってた」


「……そうか」


「でも、根っこは同じ。“これは私のためじゃない”って分かってた」


エリスが小さく笑った。


「ね? 同じでしょ」


俺は頷いた。


「同じだな」


「……ねえ駄犬」


「なんだ」


「今夜、隣で寝てもいい?」


俺は、固まった。


「……は?」


「冗談よ」


エリスが笑った。


「でも、半分本気かもよ」


「半分?」


「半分。残り半分はまた今度ね」


エリスが自分のベッドに向かった。


「おやすみ、駄犬」


「……おやすみ」


エリスが毛布を被って、すぐに寝息を立て始めた。


俺は椅子に座ったまま、しばらく動かなかった。


「半分本気」。


その「半分」がどれくらいの重さなのか。

聞きたいような、聞きたくないような、複雑な気分だった。


——まあ、いい。


エリスの寝顔を見ながら、思った。


二人とも、同じ場所から来た。

意志を持つことを許されなかった装置だった。


今は、お互いに意志を持ってここにいる。


それで、十分だ。


夜が深まっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ