第47話 金ピカ、走る!
街道を出発して、半日。
平原の真ん中で、空に異変が起きた。
青い魔力の光が、空を一閃した。
「……今のは」
「私が渡した、追跡用の魔力よ」
エリスが懐から、似たような魔力の残滓を取り出した。
わずかに光っている。
「カイルが紙片を破ったの。緊急時用の合図」
「……何かあったのか」
「分からない。でも、紙片を破ったってことは何か伝えたいことがあるってこと」
エリスが空を見上げた。
「合図の魔力、ここから二日くらいの距離にいるわね」
「向こうから来るのか」
「来るでしょうね。私たちの方角は紙片に焼き付いてるから」
「……」
待つしかない。
俺たちが進む速度を落とすか、止めるか。
エリスが結論を出した。
「ゆっくり歩きましょう。あいつ、たぶん馬で走ってる。一日で追いつくはずよ」
「了解」
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その日の午後、街道沿いの草地で休憩していた時——
馬の蹄の音が、遠くから聞こえてきた。
速い。
かなりの速度で走っている。
馬が見えた。
栗毛の馬。だが、明らかに疲弊している。汗だくで、口から泡を吹いている。
馬上の人物は、白いマントを翻している。
近づいてくる。
「カイルだ」
「来た」
馬が二人の前で急停止した。
カイルが馬から飛び降り——よろめいた。
「アルレン……エリスさん……追いついた……」
見た目は、ぼろぼろだった。
服装は、出会った時の煌びやかな勇者の装いとは別物だった。
鎧はあちこちに泥がついている。白マントは、どこかで破れて付け足したのか色が違う布で繕ってある。
鞘の装飾も剥げかけている。
「お前、どうやってここまで」
「魔力追跡の紙片を破ったら、北の方角が分かったんだ。馬で三日走った」
「三日……」
「途中で馬を一頭潰した。今の馬は二頭目」
カイルが馬の首を叩いた。
馬がぐったりしている。
「すまない。お前もよく走ってくれた」
馬への謝罪。
意外に礼儀正しい。
「で、二頭目の馬が潰れる前に、お前らに追いつけた」
「……お前、勇者として大丈夫か」
「大丈夫だ」
カイルが胸を張った。
が、すぐに膝が震えて地面に座り込んだ。
「……いや、ちょっと、休ませてくれ」
エリスが小さく笑った。
「水、飲む?」
「あ、ああ……ありがたい」
エリスが水筒を渡した。
カイルがゴクゴクと、半分以上飲んだ。
「……生き返った」
「飯は」
「途中の村で、恵んでもらった。最後に食べたのは——昨日の朝」
つまり、丸一日以上食べていない。
俺は荷物から干物を取り出した。
ヨルクの干物。長持ちする。
「食え」
「……いいのか」
「死なれても困る」
カイルが干物を受け取って齧り始めた。
飢えた犬のように。
エリスがその様子を見ながら、呆れた声で言った。
「あんた、本当に勇者なの?」
「本当だ。今は」
「今は、って」
「……いろいろあって、王宮を抜けてきたんだ」
カイルが干物を齧りながら話し始めた。
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「俺、王宮で宰相に会った」
「ああ」
「七つの柱について報告した。海底神殿で見たこと。北の柱の話。守り手の系譜」
エリスが眉を寄せた。
「全部話したの?」
「全部じゃない。“そういう話を聞いた”程度に留めた。詳しくは、エリスさんが詳しいから、と」
「……まあ、それなら」
「宰相は、表面上は普通に聞いてた。“勇者として情報を集めてくれてご苦労”って」
「ご苦労、ね」
「でも、俺が”七つの柱の調査を続けたい”と言ったら、急に冷たくなった」
カイルが干物を飲み込んだ。
「“そなたは、知らなくていい”」
エリスの目が細くなった。
「……あの男らしい言い方ね」
「俺もそう思った。“知らなくていい”なんて、勇者に言うか? 普通」
「普通は言わないわね。あの男は、あんたを駒として扱おうとしてるんじゃない?」
「駒?」
「勇者っていう駒。民の安心を作るための飾り」
「……俺もそう感じた」
カイルの声が、低くなった。
「だから、俺は引き下がったふりをした。“そうですね、すみませんでした”って。一旦、自室に戻った」
「で?」
「夜、宰相府の動きを観察した」
エリスが目を上げた。
「観察? どうやって」
「俺は王宮を結構知ってる。子供の頃から出入りしてたから。宰相府の倉庫から書類を盗み見るくらいはできる」
「……勇者なのに不法行為をするの」
「正義のためなら多少のリスクは——」
「勇者なのに、ね」
カイルが咳払いした。
「とにかく、書類を見た。暗殺部隊の編成記録」
カイルの目がこちらを向いた。
「次の標的は、アルレン。お前だ」
「……だろうな」
「分かってたのか」
「予想はしてた」
エリスが頷いた。
「あいつにとって、私を取り戻す最短の道は、駄犬を始末することだから」
「で、規模は前回より大きい。十二人の精鋭部隊。全員、対人戦に特化した暗殺者」
カイルが続けた。
「宰相は、お前らが東に向かってるのを知ってる。たぶん、東の山脈で待ち伏せする計画」
「宰相はなぜ俺たちの行先を知ってるんだ?」
「分からない。だが、知ってる。情報網があるんだろう。各地の村や町に、宰相府の協力者がいる」
「……なるほど」
王国の影響力は、王都の外にも広がっている。
完全に隠れて旅をするのは、難しい。
「で、俺はその情報を持って、ここまで走ってきた」
カイルが胸を張った。
「勇者として、勇者を救うために!」
エリスが目を細めた。
「あんた、自分のこと”勇者”って言うの、二回目ね」
「え?」
「最初は、エリスさんに格好つけて。今度は、自分を奮い立たせるため」
「……そ、そんなことは」
「分かりやすいわよ」
カイルが視線を逸らした。
「……で、俺はもう王都に戻れない」
「なぜ」
「書類を盗み見たことが、たぶん、宰相にバレてる。宰相府の警備兵が俺の部屋を監視してた」
「……」
「だから、勝手に王宮を抜けてきた。今、俺は脱走中の勇者」
エリスが小さく笑った。
「脱走中の勇者って、響きがダサいわね」
「うるさい」
「で、これからどうするの」
「お前らに同行する。それしか選択肢がない」
エリスがこちらを見た。
俺は、肩を竦めた。
「……まあ、来るなら来い」
「歓迎するわけじゃないんだな」
「歓迎する理由がない」
「冷たいな!」
カイルが叫んだ。
エリスが、笑った。
ただ、楽しそうな笑い。
「……あんた、相変わらずね」
「相変わらず?」
「金ピカのまま」
「金ピカって、まだ呼ぶのか!」
「呼ぶわよ。相変わらず鎧がぴかぴかしてるもの」
「……苦労して走ってきたから、磨いてないぞ」
「鎧の素材が金属だから、勝手に光るのよ。ピカピカ」
カイルが鎧を見下ろした。
確かに、泥だらけでもまだ光っている部分がある。
「……勇者の鎧、皮肉な造りだな」
「皮肉ね」
二人が笑った。
俺も、口元が少し緩んだ。
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夕方。
カイルが少し回復したので、街道の続きを歩いた。
馬は近くの村に預けた。
村人に「飼料代」として銀貨を渡して、世話を頼んだ。
回復したら王都に向かわせるのではなく、そのまま村で飼ってほしい、と。
「……勇者の馬、ただの農耕馬になるのか」
カイルが寂しそうに言った。
「いいだろ。働き続けたんだ。引退させてやれ」
「……それもそうだな」
カイルが馬の首をもう一度撫でて、別れた。
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街道を、三人で歩く。
エリスが先頭。カイルが真ん中。俺が後ろ。
カイルは話しながら歩いた。
王都の様子。宰相の動き。民衆の不安。
「王都の民も結界の崩壊を実感し始めてる。魔獣の被害が王都の近郊にも出始めてる」
「……それは、悪い兆候だな」
「悪い。宰相は、それを利用して”聖女を取り戻すべきだ”と世論を操作してる」
「私を英雄として帰還させたい、ってこと?」
「そう。宰相のシナリオは、こうだ。“民の窮状を救うため、聖女が王都に戻る”。それで、また結界に組み込む」
「……合理的ね」
「合理的だが、姑息だ」
カイルが首を振った。
「俺はそれを止めたい。エリスさんは、もう自由だ。王国に縛られる必要はない」
エリスが振り向いた。
「……ありがと、カイル」
カイルが目を見開いた。
「な、名前で呼んだ……」
「呼んだわよ。何回も呼んでるけど?」
「……前も呼ばれた気がするけど、毎回新鮮だ」
「変な感想ね」
エリスが前に向き直って、また歩き出した。
カイルが俺を見て、小声で言った。
「……エリスさん、変わったな」
「ああ」
「前は、もっと冷たかった」
「冷たくはなかった。表面が固かっただけだ」
「……そうか」
カイルが頷いた。
「お前のおかげだな」
「俺は、何もしてない。隣にいただけだ」
「それが大事なんだろう」
カイルが、空を見た。
「……俺も、誰かの隣にいられる勇者になりたい」
「お前は、もう勇者だろ」
「そうじゃない。本物の勇者の話だ」
カイルが言った。
俺は、答えなかった。
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夜は野営をした。
焚き火の前に三人。
カイルが疲れていたので、見張りはエリスと俺で交代制。
カイルはすぐに眠った。鎧を着たまま、地面に転がって。
「……寝顔は、無垢ね」
エリスが小さく笑った。
「行動もそうだといいんだけどな」
「行動もたぶん無垢なのよ。本人なりに真剣なんだと思う」
「真剣にやって、空回りするのが、あいつの持ち味だな」
「ほんとに、ね」
エリスが焚き火を見つめた。
「……でも、危険な情報を持ってきてくれた。十二人の精鋭部隊、来るのよね」
「来るだろな」
「どうするの」
「待ち伏せされる前に、こちらから仕掛ける」
「……つまり?」
「あいつらが東の山脈で待ってるなら、俺たちは違うルートで進む。山脈を迂回する」
「迂回? 地理的に可能なの?」
「地図を見直す。北の山岳ルートか、南の沿岸ルートか」
「……なるほど。あの男の予想を裏切る、ってことね」
「そうだ」
エリスが頷いた。
「……明日、地図を見て決めましょう」
「了解」
エリスがカイルを見た。
「……あいつ、連れて行くの?」
「離す方が危険だ。一人だと、また追跡される」
「そうね」
エリスが小さく笑った。
「……一緒に旅、ね。三人で」
「面倒だが、仕方ない」
「面倒?」
「面倒な数だ。二人と三人じゃ、計算が変わる」
「ふふ」
エリスが楽しそうに笑った。
その横で、カイルの寝言が聞こえた。
「……ぐぅぐぅ……勇者として……ぐぅ……」
寝言まで勇者を名乗る男。
「……寝てまで、ね」
「寝てる時くらい、休ませてやれ」
「ふふっ」
エリスがまた笑った。
焚き火が、ぱちぱちと爆ぜている。
夜は、静かに更けていく。
明日、地図を見て、ルートを決める。
カイルがいる旅は、たぶん、いつもより少し賑やかになる。
それも、悪くない。




