第4話 金ピカのゴミが来た
集落を発って二日目。
街道沿いの中規模の町に辿り着いた。宿場町より二回りほど大きく、市場もあれば教会もある。
なにより――
「宿が三軒もある。選べるわね」
エリスの目が輝いていた。
選択肢があるということは、値切れるということだ。この女にとって宿の数は交渉材料の数である。
「……普通に金を払おうぜ」
「何を言ってるの。お金は温泉に着いた時のために取っておくの。駄犬は黙って私の演技を鑑賞してなさい」
鑑賞。詐欺を芸術扱いしている。
町に入ると、様子がおかしかった。
人が多い。多すぎる。
通りには露店が並び、花が飾られ、子供たちが走り回っている。
祭りだ。
「何かあるのか」
通りがかりの商人に聞くと、目を輝かせて言った。
「知らないのか! 今日、新勇者カイル様がこの町にいらっしゃるんだ! 魔物討伐の凱旋だよ!」
新勇者カイル。
足が止まった。
聞いた名だ。
王都で自分の代わりに「勇者」の看板を背負わされた男。聖剣のレプリカを掲げる、見た目特化型の後任。
「……帰るか」
「却下。宿が安くなるかもしれないでしょ。祭りの日は相場が崩れるの」
崩れるのは上方向にだと思うが、この女に経済学を説いても無駄だろう。
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町の広場に人だかりができていた。
中心に、馬がいる。
白馬だ。わざわざ白を選んでいる。
そしてその上に――
金髪。碧眼。煌びやかな銀の鎧。白いマント。
陽光を浴びて全身が光っている。文字通り、光っている。鎧に宝石が埋め込んであるのだ。
「町の皆さん! ご安心ください! この私、聖剣の勇者カイルが、この地の魔物を討ち果たしました!」
声がよく通る。
演説慣れした声だ。内容はともかく、声だけは一級品である。
群衆が沸く。
「勇者様だ!」「カイル様、かっこいい!」「さすが聖剣の勇者!」
アルレンは人だかりの後ろから、無表情で見ていた。
カイルの腰に剣がある。
聖剣――のレプリカ。形は似せてあるが、材質が違う。オリハルコンの輝きではなく、ドワーフの精錬鋼だ。
見た目は立派だが、アルレンが握れば三秒で折れる。
「あの剣……」
「レプリカよ。本物はあなたの腰にあるじゃない」
エリスが隣でぼそりと言った。“裏”の声だ。
「まあ、遠目に見れば立派なもんだな」
「立派なのは見た目だけでしょうけど」
辛辣だ。
カイルが馬上で手を振りながら、群衆の中に何かを見つけた。
動きが止まった。
視線の先を追う。
エリス。
ローブのフードを被っているが、銀髪の先端が少しだけ覗いていた。整った横顔が、夕方の光を受けて白く浮かんでいる。
カイルの目が見開かれた。
恋に落ちる音が聞こえそうな、あからさまな一目惚れだった。
「……おい」
アルレンが言う前に、カイルは馬から飛び降りていた。
群衆を掻き分け、真っ直ぐこちらに向かってくる。白マントが風になびく。演出過剰だ。
「そこのお嬢さん!」
エリスが振り向く。
その瞬間、スイッチが入った。
フードの下から覗く紫の瞳が、驚いたように見開かれる。
唇が小さく開き、頬がほんのり染まる。
“表”のエリス。完全起動。
「え……あ、あの、私ですか……?」
声が一段高い。恥じらいを含んだ、柔らかい声。
横で見ていて胃がもたれた。
「ああ! あなただ! こんな辺境に、こんな美しい方がいるなんて!」
カイルが膝をつく。群衆の前で。
騎士の礼だ。芝居がかっている。が、顔は本気だった。
「私はカイル。聖剣の勇者です。あなたのお名前を、どうか教えていただけませんか」
エリスが困ったように微笑んだ。
「エリスと申します。ただの旅の者で……勇者様に声をかけていただけるなんて、光栄です」
ただの旅の者。
国を一人で守っていた聖女が、ただの旅の者。
「エリス! なんて美しい名だ! まるで聖女のような――」
「やめてください……私なんて、そんな大層なものでは……」
そんな大層なものである。本物だ。
カイルがエリスの手を取ろうとした。
その時、カイルの視線がアルレンに向いた。
「……君は?」
黒髪、無精髭、死んだ目、背中の大荷物、腰の得体の知れない金属塊。
カイルの眉が僅かに寄った。
「エリスさんの……知り合い?」
「護衛です」
エリスが先に答えた。“表”の声で。
「この方に旅の間、守っていただいているんです」
「護衛……」
カイルがアルレンを上から下まで見た。
値踏みする目。それも、かなり雑な。
「見たところ、騎士くずれか。装備がひどいな。まともな剣も持っていないじゃないか」
アルレンは答えなかった。
「腰のそれは何だ。剣の欠片? 護衛がそんなガラクタで――」
「カイル様」
エリスが間に入った。柔らかく、でも遮るように。
「この方はとても強いんです。ガラクタに見えても、私を何度も助けてくれました」
「ほう……?」
カイルの顔に、余裕が浮かんだ。
強いと言われて、信じていない顔だ。
「まあ、護衛なら仕方ない。だが俺が近くにいる間は心配いらないよ、エリスさん。この町にいる限り、君の安全は俺が保証する」
エリスが頬を染める。
染めている。魔力で。
「まあ……心強いです」
カイルが満面の笑みで去っていく。
「今夜は凱旋の宴がある! エリスさんもぜひ!」と叫びながら。
白マントが角を曲がって消えた。
沈黙。
三秒。
エリスの顔から、色が全部消えた。
「……うるさい男ね」
“裏”復帰。
「名乗ってもいないのにベラベラ喋って、聞いてもいないのに保証とか言い出して。あと馬から降りる時の着地が下手。膝が笑ってた」
観察力が怖い。
「それに、あの鎧。宝石は飾りよ。魔力付与もされてない。見た目だけの金ピカのゴミ」
金ピカのゴミ。
カイルの全存在を七文字で要約した。
「……まあ、宴に出れば飯がタダだ」
「でしょう? だから行くわよ。あのゴミが奢ってくれるなら、笑顔のひとつやふたつ安いものだわ」
商魂が逞しすぎる。
「あと」
エリスがアルレンを見た。
「あいつの前ではあんたは”護衛”。私は”ただの旅人”。いいわね」
「……面倒な設定が増えたな」
「増やしたのは向こうよ。勝手に惚れてきたんだから」
それはまあ、そうだ。
「ほら行くわよ。宴の前に宿を取るの。あのゴミが金持ちなら、いい宿を紹介させなさい」
「俺が?」
「あんた以外に誰がいるの」
今日二回目のセリフだ。
アルレンは荷物を担ぎ直して、歩き出した。
面倒なやつが増えた。
ただでさえ面倒な旅が、さらに面倒になりそうだ。
――でも、エリスの機嫌が良い時の方が、旅はずっと楽だ。
タダ飯の力は偉大である。




