第32話 駄犬と魔女の共同作業
走った。
一体目のゴーレム。距離十歩。
石の拳が振り下ろされる。
避けない。
真正面から、欠片を下から振り上げた。
オリハルコンと石がぶつかる。
轟音。
石の拳が弾かれ、ゴーレムの体勢が崩れた。
大広間の床に蜘蛛の巣状のひびが走る。押し返した反動で、両足が床に五センチ沈み込んだ。
「——重い」
独り言のつもりだった。
ゴーレムが体勢を立て直す。
驚くほど速い。石の塊なのに、動きに無駄がない。古代の魔力が、筋肉に代わって動力を供給している。
二撃目。今度は横薙ぎの一撃。腕全体を振り回す軌道。
屈んでかわした。頭上を石の腕が通過する。風圧で床の砂が舞った。
反撃。
欠片を突き上げる。胸の紋章を狙う。
当たった。
だが——弾かれた。
「っ」
紋章の表面に、衝撃吸収の術式が重ねられている。直接打撃では届かない。
「エリス!」
「分かってる!」
背後から声。
紫の光が俺を追い抜いた。
エリスの魔力。細い光の線が、ゴーレムの胸に巻き付く。術式を「剥がす」魔法だ。
「三秒だけよ!」
三秒。衝撃吸収が切れる三秒間。
欠片を引き絞った。
魔力を全身に回す。筋肉が膨張する。骨が軋む。
一撃に全てを込める。
突いた。
紋章を、オリハルコンが貫通した。
衝撃波が大広間に広がった。
ゴーレムの胸から光が漏れ、赤い目が一瞬だけ激しく瞬いた。
核が割れた音がした。
巨体が崩れ落ちる。
石の塊が、床に散乱した。
一体、撃破。
息を吐く暇もない。
「右!」
エリスの声が飛んだ。
振り向くと、二体目のゴーレムが突進してきている。
エリスの拘束魔法が解けたのだ。思ったより早い。
三体目はまだ拘束されている。だが、こちらも時間の問題だ。
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二体目の突進。
石の巨体が走ると、床が震える。
正面衝突では不利だ。
横にステップを切って、ゴーレムの側面に回り込んだ。
「足! 足を止めて!」
エリスの指示。
足の関節を狙う。膝に当たる部分。石と石の接合点。
欠片を振り下ろす。
関節が砕けた。
ゴーレムが片膝をつく。バランスを崩して前のめりに倒れる。
「今!」
エリスが叫んだ。
紫の光が、倒れたゴーレムの胸に突き刺さった。
衝撃吸収の術式を剥がす魔法。だが、まだ剥がしきれていない。エリスの魔力が足りていないのだ。
「おねがい、駄犬!」
おねがい、と言われた。
初めてだ。
この女から「おねがい」と言われたのは。
欠片を振りかぶった。
「——応っ!」
全力。
壁画を壊さないぎりぎりの角度で、胸の紋章に叩き込む。
紋章が光った。
エリスの剥がし切れなかった衝撃吸収が、オリハルコンの一撃の前で完全に崩壊した。
核を貫通。
二体目、沈黙。
二体、撃破。
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残り一体。
三体目の拘束が解けかけていた。エリスの魔力の鎖が、細く、薄くなっている。
「……駄犬。距離がある」
大広間の反対側。壁画の近く。
三体目は、そこにいた。拘束魔法で封じ込めるのに、壁画から離す必要があったからだ。
遠い。
全力で走っても、数歩はかかる。
その間に、拘束が解けて、ゴーレムが壁画を壊す可能性がある。
「……エリス」
「何」
「お前の魔力、あとどれくらいだ」
「あと一発。大きな魔法は」
一発。
「……お前、距離のある魔法は得意か」
「……距離?」
「欠片を投げる。軌道はお前が制御する。届くか」
エリスが目を見開いた。
三秒。
「……出来るかもしれない」
「出来ないと壁画が壊れるぞ」
「出来るわよ! 私よ?」
「じゃあやるぞ」
欠片を握り直した。
投げるように構える。
ゴーレムまでの距離、推定二十歩。
普通に投げたら、途中で落ちる。オリハルコンは重い。
だがエリスの魔力で軌道を制御すれば、真っ直ぐ飛ばせる。
「タイミングは?」
「私が合図する。全力で投げて。軌道は私が担当する」
「了解」
エリスが両手を前に突き出した。
紫の光が指先に集中する。精密制御の魔法。
一つのミスで軌道が逸れて、壁画に激突する。
「……いくわよ」
「ああ」
「三、二——」
ゴーレムが動いた。
拘束が、完全に切れた。
石の巨体が、壁画に向かって振り返る。
巨大な腕が、壁画に伸びようとする。
「——投げて!」
全力で、欠片を投擲した。
空気を引き裂く音。
オリハルコンが大広間を横切る。
途中で——軌道が変わった。
エリスの魔力が、欠片を掴んだ。
真っ直ぐ飛んでいた軌道が、ゆっくりと曲がる。上から下へ。ゴーレムの胸の紋章を、的確に狙う軌道に。
時間が遅くなった気がした。
欠片の回転。紫の光の尾。
直撃。
衝撃吸収の術式ごと、紋章を貫通した。
三体目のゴーレムが、前のめりに倒れる。
腕が壁画に届く寸前で、止まった。
石の指先が壁画の表面に触れているが——触れているだけだ。力は籠っていない。
静寂。
三体のゴーレムが、全て床に転がっていた。
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息を吐いた。
長い息だった。
「……終わったな」
「……終わったわね」
エリスが膝に手をついた。
肩で息をしている。魔力を使い切った顔だ。
「壁画——」
「大丈夫。触れただけよ。押しつけられる前に止まった」
近づいて、欠片を回収した。
オリハルコンは無傷だ。古代の守護者の核を貫通しても、かすり傷一つない。
「……お前、よく軌道を制御できたな」
「そりゃ制御するわよ。あんたが壁画に向かって全力投擲したら、学術的損失は——」
「その話はもういい」
「……まあ、いいわ。成功したんだから」
エリスが立ち上がろうとして、ふらついた。
反射的に腕を掴んだ。
細い腕。魔力を使いすぎた反動で、体温が少し低い。
「……離して」
「立てるのか」
「立てるわよ。自分で」
立てないくせに意地を張っている。
でも、離した。
エリスがゆっくりと立ち上がる。
よろめきながら、壁画の前まで歩いていった。
石の指先が触れている部分を、そっと撫でる。
「……無事ね。よかった」
声が柔らかかった。
“裏”でも”表”でもない。ただ、ほっとした声だった。
壁際から、拍手が聞こえた。
カイルだった。
金メッキの柄を握ったまま、両手で拍手している。
「……すごかった。本当に」
珍しく、素直な声だった。
「いや、凄いとか、そういう次元じゃないな。俺は——」
カイルが言葉を詰まらせた。
「俺は、何も出来なかった。ただ見てただけだ」
「…………」
エリスが振り向いた。
いつもの”ゴミ”発言は出なかった。
代わりに、ため息をついた。
「……そこで何かに触ってゴーレムを増やさなかっただけ、偉いわよ」
低い評価だが、褒めている。たぶん。
カイルが目を瞬かせた。
「……初めて褒められた気がする」
「気のせいよ」
「気のせいか……」
「気のせい。二度は言わないわ」
エリスがふらついた足取りで、大広間の中央に戻ってきた。
俺の隣に来て、こちらを見上げた。
「……駄犬」
「なんだ」
「初めての共同作業、悪くなかったわよ」
「……ああ」
「でも次はもっと軽い相手にしてほしいわね。石の塊を三体って、初心者には重すぎるわ」
「俺たちはもう初心者じゃないだろ」
「あら、そう? じゃあ中級者ってことね」
「……いつになったら上級者になるんだ」
「あんたが荷物持ちを卒業した時かしら」
「……一生ならないな」
エリスが小さく笑った。
笑いが、大広間の古代の空気に溶けていった。




