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第13話 追手は何度でも来る

祝福稼ぎの町を発って二日。


街道は穏やかだった。天気は良く、風も穏やかで、魔物の気配もない。

こういう日が続いてくれると助かる。


「駄犬。水」


「自分の水筒を使え」


「空になったの」


「朝、満タンにしただろ」


「喉が渇いたの。駄犬の分を寄越しなさい」


俺の水筒を差し出した。

反論しても結果は同じだ。学習済みである。


エリスが水を飲む。

三口で半分なくなった。


「……飲みすぎだ」


「駄犬は筋肉で水分を生成できるでしょ」


できない。人体の仕組みを根本から誤解している。


穏やかな午後だった。

このまま日暮れまで歩いて、どこかで野宿して、明日には次の町に着く。


そんな平和な計画は、背後からの蹄の音で砕けた。


「――止まれ! そこの二人!」


聞き覚えのある声だ。

聞きたくなかった声でもある。


振り向く。


白馬。銀の鎧。宝石。白マント。

夕日を浴びて全身が光っている。


金ピカだ。


「見つけたぞ! 逃がさん!」


カイルが馬上から叫んだ。

後ろに従者が二人。前回より一人減っている。前回の怪我人がまだ復帰できていないのだろう。


エリスがため息をついた。


「……また来たの、あのゴミ」


「来たな」


「面倒ね」


「面倒だな」


二人の感想が完全に一致した。珍しいことだ。


カイルが馬から飛び降りた。

今回は着地がまともだった。前回エリスに「膝が笑ってた」と指摘されたのを気にしたのかもしれない。


「エリスさん! こんなところにいたのか! 心配していたんだ!」


エリスが”表”に切り替える。所要時間、一秒。


「カイル様……! わざわざ私たちを……?」


「ああ! 王命で君たちの護送任務を受けたのだ! だが安心してくれ。君に危害は加えない。問題はそっちの――」


カイルの視線が、アルレンに向いた。


目が据わっている。

前回の森での一件を、まだ引きずっているらしい。


「……護衛の男。いや、護衛なんかじゃないだろう」


「護衛だ」


「嘘をつくな。お前はあの森で魔熊を一撃で倒した。あの力、あの速さ……ただの護衛であるはずがない」


「お前が何者かは分からん。だが、エリスさんを騙しているなら――」


「騙してない」


「黙れ! 俺が話している!」


カイルがレプリカの聖剣を抜いた。

金メッキが夕日を弾いて、ぎらりと光る。


「正体を明かせ! さもなくば、この聖剣の錆にしてやる!」


聖剣じゃない。精錬鋼だ。

しかも前回のひびがまだ残っている。直してないのか。


「……エリス」


小声で言う。


「やっちゃっていいわよ。手加減だけしてあげなさい」


許可が出た。


カイルが斬りかかってきた。


フォームは綺麗だ。

前回より速い。練習したのだろう。真っ直ぐな性格だけは認める。


だが、速いのと当たるのは違う。


半歩。

横にずれるだけでいい。


剣が空を切る。


カイルの目が見開かれる。


欠片を抜く必要もなかった。

すれ違いざまに、右手の甲でカイルの剣の腹を叩いた。


軽く。本当に軽く。

俺の感覚では「触れた」程度だ。


金属の悲鳴。


レプリカの聖剣が、カイルの手から吹き飛んだ。

回転しながら宙を舞い、十歩先の地面に突き刺さった。


カイルが手を押さえる。

痺れているだけだ。骨は折っていない。たぶん。


「な……っ」


「終わりでいいか」


「……ま、待て! まだ――」


「終わりだろ」


アルレンはカイルに背を向けた。


従者たちが慌てて駆け寄り、カイルを支える。

カイルの顔が赤くなっている。屈辱で。


「覚えてろよ……!」


来た。

この台詞、たぶん今後も何度か聞くことになる。


「次に会った時は、必ず勝ってみせる! この俺が、本物の勇者であることを証明してやる!」


エリスが”表”の顔で、切なそうに言った。


「カイル様……どうかご無理をなさらないでください……」


裏では「早く帰れ」と思っているのが、横にいると分かる。


カイルが馬に跨った。

白マントを翻し、来た道を戻っていく。


従者の一人がちらりとこちらを見た。

申し訳なさそうな目だった。苦労しているのだろう。


砂埃が消えた。


「……行ったな」


「行ったわね」


エリスが”表”を解除した。


「弱いわね。前より少し速くなってたけど」


見ていたのか。

この女は戦闘の観察力だけは本当に鋭い。


「少しは成長してるんじゃないか」


「成長してあれじゃ、先が思いやられるわ」


辛辣だが、事実だ。

カイルの実力は、騎士団の中堅程度。悪くはないが、飛び抜けてもいない。


「でもまあ」


エリスが前を向いて歩き出した。


「根性だけはあるわよね。普通、一回負けたら逃げるもの」


「……お前、褒めてるのか」


「褒めてないわよ。事実を述べてるだけ。根性があっても弱いものは弱い」


それはそうだが、「根性だけはある」と認めたのは意外だった。


「ただ」


エリスが足を止めた。


「あいつ、護送任務って言ってたわね」


「ああ」


「つまり王国はまだ私たちを追ってるってこと。しかも本気の暗殺部隊じゃなくて、あれを寄越した」


「……舐めてるのか」


「逆よ。怖がってるの。本気の部隊を送って、私にまた魔法を使われたら困るから。だからあの金ピカを建前に送って、様子を見てる」


なるほど。

この女の政治的な読みは、たまに背筋が冷たくなるほど鋭い。


「次は本気の追手が来るかもしれないわ」


「……面倒だな」


「面倒ね。でも、その前に温泉よ。優先順位は変わらないわ」


温泉。

追手が来ようが王国が動こうが、この女の優先順位は揺るがない。


「ほら歩きなさい、駄犬。日が暮れるわよ」


「了解」


歩き出す。


夕焼けの街道に、二つの影が伸びていた。


――まあ、追手が金ピカのうちは平和なもんだ。


次も金ピカだといいんだが。


……たぶん、そうはいかないだろう。

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