七話
河川敷での「ガチ告白(?)事故」から数日。
もはや言い訳の術を失った佐藤陸と結衣は、完全に吹っ切れていた。
開き直った二人の配信は「プロポーズ済みの夫婦漫才」として腹筋崩壊とてぇてぇを極め、勢いそのままにチャンネル登録者数は100万人の大台へ王手をかけていた。
「——というわけで、本日は登録者100万人カウントダウン耐久配信です!」
『待ってました!』
『現在99万8000人! あと2000人!』
『今日中に絶対いくやつ!!』
『もう本名隠す気ゼロで草』
画面上には、100万人達成カウンターと、いつも通り仲良く並ぶカナタとルナのアバター。
「まあ、ここまで長かったような、短かったような……」
陸が感慨深さに浸りかけた、その時だった。
「あっ、陸! 運営から突発のマシュマロ(匿名質問)が届いたよ!」
空気を読まない結衣が、意気揚々と画面にメッセージを表示させた。
【質問:100万人達成したら、二人は本当に付き合うんですか? ぶっちゃけゲームやって勝った方が何でも命令できるデスゲームで決めてください】
『質問者グッジョブwww』
『デスゲーム助かる』
『命令「付き合ってください」一択で草』
「誰だこんな質問投げたやつ!」
陸がツッコミを入れるが、結衣はすでに目をギラギラと輝かせていた。
「いいよ、乗った! 陸、100万人達成の瞬間に勝者となった方が『絶対命令』権を獲得する【100万人達成記念・真剣勝負スマブラ対決】スタートにゃん!」
「おい待て、勝手に始めるな! ……まあいい、返り討ちにして『二度と配信中に本名を呼ぶな』って命令してやる!」
こうして、100万人目前の感動的な空気を自ら破り捨て、二人のガチンコゲーム対決が始まった。
◇
「食らえ、ルナ! 俺の横スマッシュ!」
「甘いよカナタ! 連続ジャンプで回避からの復帰——って、きゃああ落ちるぅぅ!」
『ガチすぎて草』
『感動の100万人カウントダウンどこ行った』
『煽り合いがいつもの夫婦』
画面上では熾烈なバトルが繰り広げられる。
お互いに1ストックずつを失い、完全にイーブン。
その間にも、カウントダウンの数字は着実に増えていく。
【999,500人】
【999,800人】
【999,950人】
「あと50人……!」
「陸、これで終わりだぁぁぁ!」
結衣の放った大技が、陸のキャラクターを画面端へ弾き飛ばす。
(やばい、復帰できない……!?)
万事休すかと思われたその瞬間——
『登録者数が1,000,000人に達しました!』
画面中央に躍り出る、黄金の「100,0000」の文字。
コメント欄が爆発した。
『100万人おめでとううううううう!!』
『行ったあああああああ!!』
『伝説達成!!!!』
『てぇてぇぇぇぇぇ!!』
感動の数値に画面が包まれる中、ゲーム画面では弾き飛ばされた陸のキャラクターが、奇跡的なステージの傾斜に引っかかり奇跡の生還を果たした。
隙だらけになった結衣のキャラクターへ、陸は無意識にカウンターの必殺技を叩き込む。
『GAME!』の文字。
勝者:天霧カナタ(陸)。
「あ」
「あ」
時が止まった。
ゲームの勝利音と、100万人達成を祝うコメントの嵐。
そして、画面の前に残されたのは『勝利した陸』と『絶対命令権』。
結衣のアバターがプルプルと震えだす。
「う、嘘でしょ……勝ち目確定だったのに……」
陸はごくりと唾を飲み込んだ。
マイクの向こうで、結衣が本気で悔しがり、そしてどこか不安そうに息をのむ気配が伝わってきた。
コメント欄も固唾をのんで見守っている。
『陸……命令はどうするんだ……?』
『ここで「付き合って」って言ったら伝説』
『男を見せろ陸上部!』
陸はマイクを引き寄せた。
心臓がうるさいほどに鳴っている。
「……結衣」
「……は、はい」
「俺の命令は……」
陸は深く呼吸をし、画面の向こうにいる「最高のパートナー」へ向けて、まっすぐ言葉を紡いだ。
「……これからもずっと、俺の隣で一緒に配信事故を起こし続けろ」
一瞬の静寂。
「付き合え」でも「付き合うな」でもない。
それは、下積み時代から二人で歩んできた歴史そのものを肯定する、二人だけの約束だった。
結衣は一瞬呆気にとられたように目を見開いたが——すぐに、マイクが拾うほどの大きな泣き笑いの声をあげた。
「……ふふっ、なにそれ! そんなの、命令されなくたって……一生そうするに決まってるじゃん!」
画面上のカナタとルナが、しっかりと手を重ね合わせる。
コメント欄は、もはや言葉にならない涙と祝福の絵文字で埋め尽くされた。
『最高かよ……』
『一番いい答えだ……』
『涙で画面が見えない』
『100万人本当におめでとう!!!』
「……よし! 感動的な空気はここまでだ!」
陸は照れくささを誤魔化すように、胸を張った。
「100万人達成したし、命令も決まったし、最高の配信だったな!」
「うん! ……あ、でも陸」
「ん?」
「私、負けたペナルティの命令は受けるけど……個人的な気持ちとして、1つ言ってもいい?」
「え?」
結衣はふっと息を整えると、照れを一切隠さずに、生放送の全世界に向けて言い放った。
「陸、大好きだよ!」
「〜〜〜〜〜っ!?」
不意打ちすぎるストレートパンチに、陸の顔が爆発するように真っ赤になる。
アバターのデータが追いつかないほど頭を抱えた陸は、今日一番の、そして100万人を祝う魂の咆哮を叩きつけた。
「ヴォイイイイイイイイイ(照れ死に&100万人感謝爆音デスボ)!!」
『7話連続デスボきたあああああwww』
『最高の100万人記念配信wwww』
『お前ら末永くお幸せに!!www』
大爆笑、大歓声、そして無限の祝福の中、二人の100万人達成記念配信は幕を閉じた。
◇
配信終了後。
機材の電光が消えた静かな部屋で、陸はスマホを耳に当てていた。
『……陸?』
「……おう」
『……100万人、行っちゃったね』
「行ったな。……お前のおかげだ」
『ううん。陸がいたからだよ』
電話越しに聞こえる結衣の声は、今までで一番優しく、暖かかった。
「……さっきのやつ」
『え?』
「……俺もだから。……大好きだ」
受話器の向こうで、結衣が「〜〜〜っ!」と嬉しそうに息を詰まらせる音が聞こえた。
画面の中でも、画面の外でも。
ドタバタで、事故ばかりで、でも世界で一番てぇてぇ二人の物語は、これからも100万人のリスナーと一緒にどこまでも続いていく。




