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六話

幕張メッセでの「両片思い確定(?)事件」から一週間。

ネット上の騒ぎは沈静化するどころか、「いつ正式に交際発表するのか」というリスナーたちの温かい(圧の強い)視線が注がれ続けていた。

そんな中、所属事務所の会議室に呼び出された陸と結衣。

対面に座るマネージャーの表情は、いつになく真剣だった。

「二人とも……ついにこの時が来たよ」

「……ついにって、何ですか? 炎上対応ですか?」

身構える陸に、マネージャーは1枚の企画書をスッと差し出した。

『チャンネル登録者数70万人突破記念!〜二人の思い出の地・リアル河川敷から限界外ロケ生配信!〜』

「……河川敷?」

結衣が首をかしげる。

「そう! 謝罪配信の時に結衣さんが言ってたでしょ? 『二人で河川敷で夕日に向かって叫んだ思い出がある』って! あれを再現する特別企画だよ!」

「「あの適当についた嘘を回収する気か(にゃん)!?」」

驚きのあまり、語尾のペナルティが漏れ出る結衣。

マネージャーはニヤリと笑った。

「もちろん完全秘匿ロケ! 二人はスマホと専用の簡易トラッキング機材だけ持って現地に行ってもらう。中の人の顔は絶対に映さないように自撮り棒付きカメラで配信!……どう?」

「……まあ、いつものスタジオ企画よりは事故要素少なさそうですね」

陸は胸を撫で下ろした。それがフラグだとも知らずに。

◇

夕方17時。都内某所の河川敷。

オレンジ色に染まる河川敷の草むらで、スマートフォンを手に持った陸と結衣は待機していた。

『きたああああ!』

『野外配信!?』

『エモすぎる河川敷きた』

『陸上部(仮)の聖地巡礼www』

画面上には、夕日をバックに立つカナタとルナのARモデルが映し出されている。

「みんなこんカナタ〜! 今日は思い出(嘘)の河川敷からお届けしてまーす!」

「こんルナ〜! 夕日がとっても綺麗だね……って、ちょっと風強くない!?」

秋の河川敷特有の強い川風が吹き抜ける。

その瞬間——

ザザーーーーーッ!(激しいノイズ)

『え?』

『音跳んだ?』

『画面止まったぞ??』

「あ、やばっ! 電波が……!」

電波障害により、リアルタイムトラッキングが強制切断。

画面上のアバターが消失し、カメラには「カメラレンズの前に置かれたミニぬいぐるみのアップ」と、防風フィルターを突き破る生々しい風の音だけが残された。

完全に生音声だけの「リアル音声配信」状態になってしまったのだ。

「ちょっと陸! 電波死んでない!?」

「マイクの入力は生きてる! でも画面が復旧しねえ!」

生放送の事故に焦った結衣は、足を滑らせて土手から転がり落ちそうになった。

「きゃっ!?」

「うわ危ねえ! 結衣!!」

ガシッと、陸が結衣の腕を強く引き寄せる。

ドサッと草の上に二人で倒れ込んだ。

マイクが拾うのは、二人分の荒い息遣いと、重なり合う心臓の鼓動。

そして、画面には夕日に照らされるぬいぐるみのシュールな映像。

コメント欄のスピードが時空を越えた。

『……え?』

『今「結衣」って言った???』

『音質がガチすぎる』

『えっ、倒れた??』

『息遣いリアルすぎて耳が溶ける』

「ハァ……ハァ……大丈夫か、結衣」

「う、うん……ありがと、陸……」

二人は完全に忘れていた。

トラッキングは切れても、高音質ピンマイクは生きているということを。

「……たく、お前は昔からドジなんだから。3年前も、誰も見てない配信のあとで、この河川敷で泣いてただろ」

陸は倒れ込んだまま、空を見上げてぽつりと漏らした。

夕暮れの風が二人の髪を揺らす。

「……あの時さ。『もう辞めようかな』って言ったお前に、俺が『俺が絶対お前を有名にしてやるから』って言ったの、覚えてるか?」

結衣の息が止まる。

「……覚えてるよ。忘れるわけないじゃん」

「俺、あの約束果たせたかな」

結衣はゆっくりと体を起こし、陸の顔を覗き込んだ。

画面には映らない、でも確かにそこに存在する佐藤陸という一人の男の顔を。

「……ううん、まだだよ」

「え?」

「『有名にする』じゃなくて……『一緒に一番高いところに行く』んでしょ? まだ途中じゃん」

結衣はふっと優しく笑った。

「だから……これからも隣にいてね、陸」

「……ああ。任せとけ」

夕暮れの河川敷。

飾らない、偽りのない二人の本音。

マイクを通して届けられたその言葉に、数万人のリスナー全員が息をのんだ。

コメント欄には、もはや草(www)を生やす者は誰もいなかった。

『てぇてぇの次元を超えた』

『本物の絆すぎる』

『全私が泣いた』

『もうVtuberの枠組みとかどうでもいい、幸せになってくれ』

奇跡的なエモさに包まれ、最高のフィナーレを迎える……

——はずだった。

「……あ」

スマホの画面を見た結衣が、急に顔を青くした。

「り、陸……」

「ん? どうした?」

「これ……マイク……ずっと生きてた……」

一瞬の静寂。

陸は自分の胸についているピンマイクを見つめ、次にスマホの画面(激重コメント欄)を見つめた。

【現在のコメント欄】

『全部聞こえてました!!!!』

『「これからも隣にいてね、陸」ごちそうさまです!』

『プロポーズ助かる』

『本名呼び&ガチ告白ライブwwww』

「……」

「……」

赤面する二人。冷や汗ナイアガラ。

「ヴォ……ヴォイ……」

あまりの恥ずかしさに、声が出ない陸。

「デスボイスすら出てないよ陸ぅぅぅぅぅ!!」

「ヴォイイイイイイイイイ(照れ死に回避の過去最高音デスボ)!!」

『6話連続デスボきたああああwww』

『照れ隠しの限界wwww』

『歴史的名配信wwwww』

大爆笑と温かい祝福の嵐の中、伝説の河川敷生配信は幕を閉じた。

◇

配信終了後。

二人は夕暮れの土手に並んで座り、膝を抱えていた。

「……もう、完全に隠すの無理だね」

結衣が顔を真っ赤にしたまま笑う。

「……ああ。明日からなんて言われるか恐ろしいわ」

陸は頭を抱えたが、その表情はどこか晴れやかだった。

「ねえ、陸」

「なんだよ」

結衣がそっと、陸のジャージの袖を引っ張った。

「これからも、よろしくね。パートナーさん」

陸は結衣の頭をぽんと叩き、夕日に向かって不敵に笑った。

「おう。次は登録者100万人、一緒に連れてってやるよ」

トラブルだらけで、事故ばかりで、でも最高に愛おしい。

二人の「Vtuber物語」は、これからも続いていく。

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