四話
「デュエットライブ……だと……?」
マネージャーからの爆弾発言から数日。陸と結衣は事務所の防音レッスン室に呼び出されていた。
前回の3D配信で同時接続数10万人を叩き出した結果、調子に乗った運営が企画したのが『天霧カナタ×星宮ルナ 1stデュエットライブ』である。
「二人とも! 歌枠は普段からやってるし楽勝でしょ?」
ノリノリのマネージャーに対し、陸は頭を抱えた。
「いや、歌枠で歌うのと、二人でハモって踊る本格ライブは別物ですよ! しかも曲目が……」
手渡されたセットリストの目玉曲。それは、テンポが早いうえに掛け合いが超複雑な伝説の神曲『サイキック・ラブ・レボリューション』だった。
「これ、ブレス(息継ぎ)のタイミングが合わないと絶対に歌いきれないやつじゃん!」
結衣も青ざめている。
「私、一人で歌うだけでもハァハァ言うのに……陸とハモるなんて無理だよぉ……!」
「やるしかないんだよ! ライブは来週末だ!」
こうして、二人による地獄の密着歌唱レッスンが始まった。
◇
レッスン初日。
「〜〜〜♪ (ルナパート)」
「〜〜〜♪ (カナタパート)」
防音室に二人の歌声が響く。しかし——
「……あかん、ズレてる」
「ご、ごめん! 私がテンポ走りすぎちゃった……!」
配信では息ぴったりのトークを見せる二人だったが、こと歌のハモりとなると、互いの癖がぶつかり合って上手くいかない。何度も合わせては打ち切られ、気づけば外は真っ暗になっていた。
パイプ椅子に倒れ込む結衣。汗で前髪が額に張り付いている。
「はぁ……はぁ……だめだぁ……私、陸の足引っ張ってる……」
「……結衣」
陸は自販機で買ってきた冷たいスポーツドリンクを結衣の頬に押し当てた。
「ひゃんっ!? 冷たっ!」
「弱音吐くな。俺だって高音が出なくて苦戦してんだから」
隣に腰掛け、自分もドリンクを口にする。
「……なぁ結衣。覚えてるか? 2年前、初めて二人でコラボ歌枠やったときのこと」
「え? 2年前……?」
「あの時もさ、機材のトラブルで音がズレまくって、リスナーから『事故放送』って笑われたじゃん」
結衣はハッとしたように目を丸くし、それから懐かしそうに目を細めた。
「……あったね。私、悔しくて配信終わったあと泣いちゃって」
「そしたらお前、なんて言ったか覚えてるか?」
『次は絶対に、世界で一番上手なハモりを届けて見せるんだから!』
陸は結衣の顔を覗き込み、ニッと笑った。
「あの時の意地、忘れてねえだろ? 俺は覚えるまで何百回でも付き合うぞ。俺たちの武器は……泥臭さだからな」
結衣の瞳に、すっと強い光が戻る。
「……うん! 陸、もう一回! もう一回合わせて!」
「おう!」
真夜中のレッスン室に、何度も、何度も、二人の歌声が重なり合っていった。
◇
そして迎えた、ライブ当日。
3Dモデルとなったカナタとルナがステージに立つ。画面の向こうには、数万人の視聴者と、サイリウムを振るコメント欄の嵐。
『始まったああああ!』
『てぇてぇライブきた!』
『がんばれ陸上部!!』
曲が始まる。アップテンポなイントロに乗せて、二人が弾けるように踊り出した。
(いくぞ、結衣……!)
(うん、陸……!)
「〜〜〜〜♪」
何度も繰り返し練習したパート。完璧なタイミングで重なる二人のハーモニー。
かつて音ズレを起こしていた二人の歌声は、今や完璧なシンクロを見せていた。コメント欄も爆発的な盛り上がりを見せる。
『え、うますぎない??』
『ハモり完璧で鳥肌たった』
『二人の努力が伝わってくる……!』
曲はクライマックスへ。ラスサビの激しい掛け合い。
息が切れそうになる極限状態の中、陸と結衣は視線を交わした。言葉なんていらない。アバターの瞳越しに、互いの呼吸が完全に一致するのが分かった。
最高の盛り上がりの中で、曲の最後の決めポーズへ——!
……と、ここで終われば最高の感動ライブだった。
感極まった結衣は、最後の最後で決めポーズの足を滑らせた。
「きゃっ!?」
「っと、危ねえ!?」
陸が咄嗟に結衣の腰を抱き寄せ、そのままステージ上で二人して派手に転倒。
ドスーン! という重い効果音とともに、画面上で「カナタがルナを押し倒すような姿勢」で倒れ込んだ。
静寂。
コメント欄の流れる速度が、時を置き去りにして加速する。
『きゃあああああああああ!?』
『押し倒したたたたたたた!?』
『ごちそうさまです!!!!』
『てぇてぇの限界突破wwwww』
「あ」
上になった陸と、下になった結衣。
3Dトラッキングは無情にも、互いに真っ赤になって目を見開く二人の表情を完璧に捉えていた。
「ち、ちが……! これは滑って……!」パニックになる結衣。
「お前っ、最後になんで転ぶんだよ!!」焦る陸。
生放送のカメラは無情にもアップで二人を映し続けている。
観念した陸は、マイクに向かって魂の咆哮を上げた。
「ヴォイイイイイイイイイ(照れ隠し&フィナーレ爆音デスボ)!!」
『4話連続デスボきたあああwww』
『期待を裏切らない男wwww』
『神ライブをありがとうwwww』
大爆笑と絶賛の嵐の中、1stデュエットライブは幕を閉じた。
◇
ライブ後の楽屋。
「……ハァ。結局、最後はコメディになっちゃったね」
衣装を脱ぎ捨てた結衣が、ジュースを飲みながらぽつりと呟く。
「まあな。でも……楽しかったろ?」
「……うん! めちゃくちゃ楽しかった!」
結衣は満面の笑みを浮かべた。
「ねえ陸。これからも、たくさんハプニング起こして、たくさん笑って……一緒に歌っていこうね」
「……手伝わなくてもハプニングは起きるけどな。まあ、付き合ってやるよ」
トラブル続きの二人の配信。だけど、このハチャメチャな日常こそが、二人にとっての「最高のステージ」だった。




