三話
「陸と結衣」のハッシュタグがトレンドを賑わせた謝罪配信から数日。
ネット上の熱狂は冷めるどころか、リスナーたちの「で、二人は付き合ってんの?」という野次馬好奇心に火をつけ、収まりがつかなくなっていた。切り抜き動画のタイトルはどれも『【全全全開】ポロッと本名が出ちゃうほど距離感が近すぎる同期組』といった煽り文句ばかり。
そんな中、佐藤陸(天霧カナタ)と結衣(星宮ルナ)は、都内某所の貸しスタジオにいた。
「ねえ陸、今日って……本当に3Dモーショントラッキングの収録だよね?」
ジャージ姿の結衣が、スタジオの天井から吊り下げられた謎の設備を見上げながら、引きつった声で尋ねる。
「マネージャーの連絡では『3Dお披露目用のモーション収録』って話だったが……」
陸もまた、自分の体に装着された大量のセンサーと、目の前にそびえ立つ特設のアスレチック施設(スポンジプール、巨大バランスボール、跳び箱)を凝視していた。
そこへ、ドアが勢いよく開く。
「二人とも、準備はいいかい!?」
現れたのは、満面の笑みを浮かべた事務所のマネージャーだった。
「マネージャーさん、このサスケみたいなセットは一体……?」
「ふふふ、前回の謝罪配信で『#陸上部説』がトレンドに入ったでしょ? 社長がね、“じゃあ本当に陸上競技(物理)をやらせよう!”って大ノリでスタジオ借り切っちゃった!」
「「正気か!!!!」」
ハモる二人を無視して、マネージャーは親指を立てた。
「今日の配信は【緊急特別企画!3Dリアルタイム対決〜陸上部説を実証せよ!〜】です! 敗者には……1週間、相手の黒歴史エピソードを毎配信の冒頭で暴露される罰ゲームが待っています!」
「リスクが跳ね上がってんだよ!!」
◇
同日、19時。生配信スタート。
画面上には、モーションキャプチャーによってリアルタイムで連動するカナタとルナの3Dモデルが映し出されていた。
『おおおおお! 3Dだ!!』
『動きがヌルヌルで草』
『てか背景何?? リアル風雲たけし城??』
『マジで陸上競技やるの??www』
「みんなこんカナタ〜! 今日はなぜか豪華なスタジオから、3Dで体力測定をお届けします!」
「こんルナ〜! 陸上部疑惑を打ち破り、ルナが真の覇者になる姿を見せてあげるにゃん!」
カナタ(陸)は内心で叫んでいた。(運動神経には自信があるが、VRトラッキングの誤作動で事故ったら終わりだ……!)
第一競技:『巨大バランスボール障害物走』。
「行くぞルナ! 日頃のゲーム配信で鍛えた動体視力を見せてやる!」
陸は勢いよくダッシュし、見事な跳躍で最初の障害物をクリア。さすが元運動部といったキレのある動きだ。画面のコメント欄も『カナタ動きがガチ勢で草』『マジで陸上部だろこれ』と大盛り上がり。
しかし、隣のコースを走る結衣は違った。
「きゃあああ!? 待って待って、足がもつれるぅぅ!?」
結衣はドジっ子属性を遺憾なく発揮し、巨大ボールの上で豪快にバランスを崩した。
「ぬわーーーーっ!?」
派手に転倒した結衣のアバターが、物理演算の限界を超えて画面外へ弾き飛んでいく。
『ルナちゃん飛んだwwwwww』
『物理エンジン崩壊wwww』
『腹痛い助けてwwww』
「おい大丈夫か結衣——じゃなくてルナ!?」
陸は思わず足を止め、スポンジプールに埋もれている結衣のもとへ駆け寄った。
「うぅ……腰打った……陸、助けて……」
「ったく、ドジだな……ほら、手出せ」
陸は苦笑しながら手を差し伸べ、結衣を引き引っ張り上げた。
3Dトラッキング越しに、カナタの手がルナの手をギュッと握りしめる。
画面上では、放っておけば滑稽な事故だったシーンが、夕暮れの背景ライトも手伝って「傷ついたヒロインを王子様が救い出す」かのような完璧な絵面になっていた。
コメント欄の風向きが一気に変わる。
『……え?』
『何この少女漫画展開』
『助けに行くスピードが早すぎる』
『手が……手が自然に繋がれたんだが??』
『てぇてぇ……(語彙力の喪失)』
「あ」
陸と結衣は同時に察した。またやってしまった、と。
「ち、違うみんな! これは事故だ! こいつが自爆したから救護しただけで……!」
「そ、そうだよ! カナタの手が勝手に伸びてきて、ルナの華奢な腕を引っぱっただけで……っ!」
言い訳をすればするほど、泥沼にはまっていく。
コメント欄は完全に『助かる』『ごちそうさまです』『早く結婚しろ』のログで埋め尽くされ、配信の収集がつかなくなっていた。
「……もう嫌だこの空気!!」
限界を迎えた陸は、残りの障害物をすべて無視し、最後のゴールポールの前で大きく息を吸い込んだ。
「ヴォイイイイイイイイイ(照れ隠しの超爆音デスボ)!!」
『またデスボで逃げたwwwww』
『照れ隠しデスボ助かる』
『3話連続デスボオチwwww』
爆音と大爆笑の中、3Dリアルタイム対決配信は幕を閉じた。
◇
配信終了後、スタジオの控室。
私服に着替えた陸と結衣は、長椅子に並んで座り、それぞれのスマホでTwitterを眺めていた。
案の定、トレンドの上位には『#助け合いの美徳』『#照れ隠しデスボ』『#カナルナ3D』が並んでいる。
「……なんかさ」
結衣がポツリと呟いた。
「ん?」
「最初は『本名バレを誤魔化さなきゃ』って必死だったのに……どんどんドタバタが大きくなって、リスナーも楽しんでくれて……怪我の功名どころじゃないね」
「そうだな。……まあ、お前が毎回派手に事故ってくれるおかげだけどな」
「むー! 好きで転んでないもん!」
結衣はむくっと頬を膨らませたが、すぐにクスッと笑った。
「でも、陸がすぐ手を貸してくれるって分かってたから……ちょっと安心して転べたかも」
「……サラッと恥ずかしいこと言うな」
陸は気まずそうに顔を背けた。
二人の間には、配信中の賑やかさとは違う、静かで心地よい時間が流れていた。
その時、陸のスマホにマネージャーからのメッセージが届く。
【マネージャー】:二人ともお疲れ様! 今日の3D配信、同接10万人超えたよ! 社長が“次は二人の【リアルデュエットライブ】をやろう!”って張り切ってるから、歌の練習しておいてね!
陸と結衣は画面を見合わせ、同時に深いため息をついた。
「「……まだまだ、平和な日常は遠そうだな」」
それでも、二人で顔を見合わせて笑う声は、どこまでも楽しそうだった。




