二話
配信事故から一夜明け——ネット上は未だに大揺れだった。
Twitter(現X)のトレンドには『#陸上部説』『#本名バレ』『#ヴォイイイイ(爆音)』といった単語が並び、切り抜き動画は一晩で100万回再生を突破。「天霧カナタの本名は陸上部」という謎のミームまで発生する始末だ。
当事者である佐藤陸は、自室のベッドで天井を見上げていた。
「終わった……Vtuber生命どころか、社会的に終わった……」
そこへ、スマートフォンの通知音が鳴り響く。
画面には所属事務所マネージャーの文字。陸は死を覚悟しながら通話ボタンを押した。
「……もしもし、マネージャーさん……本当にすみませんでした……」
『佐藤くん! 朗報だよ!』
「はい?」
予想外の弾んだ声に、陸は耳を疑った。
『昨日の配信事故から、チャンネル登録者が一気に3万人増えたよ! 事務所の社長も“災い転じて福となすとはこのことだな!”って大喜びで、急遽【緊急謝罪&言い訳コラボ配信】枠を取ることに決まったから!』
「たくましいなうちの事務所!? 謝罪配信って何やるんですか!?」
『あ、企画は星宮さんに任せてあるから。今夜20時からね! じゃ!』
「待っ——」
ブツッと切れた通話。
直後、結衣からのメッセージが届いた。
【結衣】:陸! 今夜の謝罪配信、完璧な企画考えたから! 汚名返上するよ!
【陸】:また変なこと企んでないだろうな?
【結衣】:大丈夫! 今回は『完全ノープラン・リスナーからの質問に嘘偽りなく答える全自動謝罪会見』だから!
【陸】:一番アカンやつじゃねえか!!!
◇
同日、20時。
待機所にはすでに5万人以上のリスナーが集まっていた。
『きたああああ』
『陸上部(仮)謝罪会場はこちらですか?』
『昨日のデスボイスで腹筋崩壊した男』
『今日は何がバレるのかな???』
画面が切り替わると、そこには黒いスーツを着たアバター(急遽突貫で作られた)のカナタとルナが、深々と頭を下げている姿があった。
「……みなさま、昨日は配信中に不適切な……というか、物理的に不吉な爆音を響かせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
カナタ(陸)が神妙な面持ちでマイクに向かう。
「本日の配信は、昨日の失態を猛省し、リスナーの皆様からの質問に包み隠さずお答えする『誠心誠意の謝罪会見』とさせていただきます」
隣のルナ(結衣)も、しおらしく頷く。
「ルナも、カナタの……その、妙な概念(陸上部)を引っ張り出して混乱させてしまったこと、深く反省していますにゃん……」
『語尾に「にゃん」付いてて草』
『反省する気なくて好き』
『で、結局「陸」って誰なんですか???』
コメント欄に流れた鋭い質問に、陸の背中に嫌な汗が伝う。
結衣が自信満々にマイクを引き寄せた。
「えー、それにつきましては私から説明させていただきます! 『陸』というのは、カナタのソウルネーム(魂の真名)でありまして! 私たちが下積み時代、河川敷で夕日に向かって“俺たちは陸の王者になるんだ!”と叫んだ思い出から来た、いわば概念なのです!」
『概念wwwwww』
『苦しすぎるwwwww』
『河川敷で何してんのwwww』
「おい結衣、余計に意味不明になってるぞ!」と思わず素で突っ込みそうになる陸だったが、リスナーからの質問は容赦なく続いていく。
マシュマロ(匿名質問)が開かれた。
【質問:昨日のラスト、お二人とも本気で動揺してましたよね? 下積み時代の“3人(カナタ・ルナ・bot)”の話は本当ですか?】
画面の空気が、ふっと変わった。
ネタとして弄り倒されていたコメント欄も、少しだけ静かになる。
陸は苦笑しながら、マイクに向かった。
「……ああ、それについては本当だよ。最初の半年なんて、同接(同時視聴者数)が『2』とか普通だったからね。1人はルナで、もう1人は配信を巡回してるbot。実質、俺の枠には誰もいなかった」
ルナも静かに言葉を重ねる。
「私の枠も同じだったよ。だから、お互いの配信を行き来して、コメント欄で会話してたの。“今日の企画面白かったよ”って。“次はもっと伸びるといいね”って」
陸は画面の向こうのリスナーに向けて、言葉を紡ぐ。
「だからさ……『陸』が本名かどうかなんて、ぶっちゃけどうでもいいだろ? 俺が言いたいのは、あの地獄みたいな下積み時代を一緒に生き残ったのは、隣にいるルナであり、そして今こうして画面の前にいてくれるお前たちだってことだよ」
コメント欄が一気に加速する。
『カナタ……っ!』
『急にイケメン発言するな泣くぞ』
『やっぱりこのコンビ最高だな』
『本名が佐藤でも鈴木でも陸でも応援するぞ!』
(よし……! いい流れだ! これで昨日の事故も完全に美談として上書きできる……!)
勝利を確信した陸が、そっと安堵の息を吐いたその時だった。
「……うぅ、カナタぁ……」
結衣がまたしても鼻声を漏らし始めた。アバターがプルプルと震えている。
(待て、嫌な予感がする)
「カナタがそんな……そんな温かいこと言ってくれるから……ルナ、嬉しくて……っ」
「落ち着けルナ、泣くな! 配信中だぞ! 事故るからマジで泣くな!」
「だってぇ……! 陸がぁ……! 陸がカッコいいこと言うからぁ……!」
「また本名呼んでる!! 学習しろ!!!」
『wwwwwwwwwwww』
『デジャヴwwwwwww』
『2日連続で草』
『もう「陸」で確定で草』
「ちがっ、違う! 今のは感極まってつい癖で!!」パニックになる結衣。
「もうダメだ、この配信!!」頭を抱える陸。
収集がつかなくなった陸は、腹を括って昨日以上の叫びをあげた。
「ヴォイイイイイイイイイ(2日連続・限界突破謝罪デスボ)!!」
『音割れひどいwwwwww』
『爆音で押し切るスタイル大好き』
『登録者さらに増えそうwww』
大爆笑のコメント欄と、割れんばかりのデスボイス。
2日続けて大惨事となった謝罪配信は、最高の盛り上がりを見せて幕を閉じた。
配信終了後。
「……で?」
『……はい』
通話の向こうで、小さくなっている結衣。
「また本名呼んだな、お前」
『うぅ……ごめんなさい……だって、陸が良いこと言うから……』
「まあいいや。見てみろよ、これ」
陸がパソコンの画面を指差し、結衣に見せるように呟いた(画面は見えないが)。
Twitterのトレンドには、新たなハッシュタグが入っていた。
『#陸と結衣』
『#てぇてぇ通り越して夫婦』
「……まあ、怪しまれるよりは『そういう仲の良い設定・ノリ』として受け入れられたみたいだな」
『……うん。怪我の功名……かな?』
「だな。……じゃ、今度こそ打ち上げ行くぞ。今度は絶対に本名呼ぶなよ」
『うん! ありがとう、カ・ナ・タ♪』
電話を切り、陸はふっと笑って椅子にもたれかかった。
どんなに失敗しても、どんなに秘密がバレかけても、このドタバタな日常がある限り、きっとどこまでも走っていける。
「……さて、明日の配信ネタ、どうするかね」
画面の中のカナタが、心なしか呆れ顔で笑っているようだった。




