↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/20

十三話

葵(あおい)がすくすくと育ち、ついに「たっち(つかまり立ち)」ができるようになった今日この頃。

佐藤家には、新たな、そして決定的な悩みが浮上していた。

「陸……大変なことになったよ……」

防音室でパソコンの画面を見つめる結衣の顔が、蒼白になっていた。

「どうした? また機材の初期化でもしたか?」

「違うの……! 葵ちゃんがね……『言葉』を覚え始めてるの……!」

「え? マジで!? 『ママ』とか『パパ』とか言ったのか!?」

歓喜する陸に、結衣は悲壮感たっぷりに首を振った。

「ううん……昨日ね、おもちゃを落とした葵ちゃんがね……『ぶぉい……』って言ったの……」

「………………は?」

「どうしよう陸ぅぅ!! 葵ちゃんの初めての言葉が、陸の照れ隠しデスボイスになっちゃうよぉぉぉ!!」

「嘘だろ全日本!? 俺のデスボが遺伝……じゃなくて環境汚染してんの!?」

子どもの教育環境として危機感を覚えた二人は、緊急の夫婦会議を開催。

「葵ちゃんの前では絶対にデスボイスおよび配信用語(草、てぇてぇ、事故等)を禁止する」という鉄の掟を制定した。

しかし、その決意を試すかのように、今夜は【チャンネル登録者数350万人突破&夫婦対抗・リアル料理対決配信】が予定されていた。

◇

同日、19時。生配信スタート。

今回はキッチンからの実写手元&3Dアバター合成配信。

お互いに葵ちゃん用の離乳食と、夫婦用の晩御飯を手際よく作る対決だ。

『きたああああ!』

『クッキング配信!』

『陸パパの料理腕前に期待』

『今日も事故る準備はできてます』

「みんなこんカナタ〜! 今日は上品に、静かに美味しい料理を作っていきます!」

「こんルナ〜! 今日の私たちは一味違うよ! エレガントなパパママだからね♪」

コメント欄からは『急に上品になって草』『何か隠してるだろ』と察しの良いツッコミが飛んでくるが、二人は徹底して「おしとやか」を貫いた。

陸は包丁をトントンとリズムよく動かし、見事な手さばきで野菜を刻んでいく。

「ふふん、どうだルナ。俺のこの包丁さばき。まさにプロ級だろ」

「すごーい! 陸……じゃなくてカナタ、かっこいいー!」

順調すぎる展開。

(よし……! このまま上品に料理を完成させれば、デスボイスも出さずに完璧な配信が終わる……!)

陸が勝利を確信し、フライパンで特製ハンバーグを香ばしく焼き上げた、その時だった。

ペタペタ、ペタペタ。

キッチンの入り口から、可愛らしい足音が聞こえてきた。

リビングのベビーサークルを自力で乗り越えた葵ちゃんが、お気に入りの音の鳴るガラガラを手に、つかまり立ちをしながらキッチンへ侵入してきたのだ。

「あ、葵ちゃん!?」

焦る結衣。

「待て待て、ここは火使ってるから危ない!」

陸は慌てて火を消し、葵ちゃんのもとへかがみ込んだ。

画面上のアバターも、焦って下を向くモーションになる。

『葵ちゃんきたああああ!』

『侵入者だ!』

『足音可愛すぎる』

「葵〜、ここは危ないからリビング戻ろうね〜」

陸が優しく抱き上げようとした瞬間——

葵ちゃんが、手に持っていたガラガラを床にポロッと落とした。

そして、転がるガラガラを見つめ、陸の顔をじーっと見上げ——小さな小さな口を「あー」と開けた。

静まり返るキッチン。

静まり返るマイク。

数万人のリスナーが見守る中、葵ちゃんが放った言葉は——

「……ヴォイ♪」

完璧なイントネーション。

可愛すぎる高音の「ミニ・デスボイス」だった。

一瞬の静寂。

コメント欄:

『!?!?!?!?』

『今言ったwwwwww』

『「ヴォイ」って言ったwwwww』

『DNA恐ろしすぎるwwwwww』

『英才教育の成果wwwww』

「あ」

「あ」

陸と結衣の顔から、一瞬で血の気が引いた。

「つ、伝染してるぅぅぅぅぅ!!」

頭を抱えて叫ぶ結衣。

「俺のせいだぁぁぁぁぁ!! 葵ちゃんごめん!! パパが変な叫び声ばっかり出してるからぁぁぁ!!」

ショックのあまり膝から崩れ落ちる陸。

当の葵ちゃんは、両親の大騒ぎを見て楽しそうに「きゃははっ! ヴォイ! ヴォイ!」と両手を叩いて喜んでいる。

完全に大惨事(?)となったキッチン。

観念した陸は、娘の「初・ヴォイ」を祝うため、そして己の罪を噛み締めるため、魂の咆哮を解き放った。

「ヴォイイイイイイイイイ(娘への謝罪&初・単語記念爆音デスボ)!!」

それに合わせて、葵ちゃんも「ぶぉーいっ♪」と可愛くコール&レスポンス。

『親子デュエットデスボきたあああwww』

『世界一平和なデスボwwww』

『13話連続デスボ達成wwww』

『葵ちゃん天才すぎるwwww』

大爆笑と、愛おしすぎる事故(?)に、リスナー全員が温かい涙を流したのだった。

◇

配信終了後。

すっかりご機嫌で離乳食を食べ終え、すやすやとベッドで眠りについた葵ちゃん。

暗いリビングで、陸と結衣は疲労困憊の体でソファに倒れ込んでいた。

「……ハァ。明日からマジで言葉遣い気をつけるわ……」

陸が心底反省したように呟く。

「ふふっ……でもね、陸」

結衣が陸の肩に寄り添い、クスクスと笑った。

「『ママ』でも『パパ』でもなくて、陸のトレードマークを一番最初に真似したんだよ? 葵ちゃん、やっぱり陸のことが大好きなんだよ」

「……慰めになってねえよ。大きくなって『うちのパパ、デスボイスしか出さない』とか作文に書かれたらどうすんだ」

そう言いながらも、陸の口元は緩みっぱなしだった。

「いいじゃない。世界で一番賑やかで、世界で一番笑い合える家族なんだから」

「……まあな」

陸は結衣の肩を抱き寄せ、寝室から聞こえる小さな寝息に耳を澄ませた。

ハプニングだらけで、事故ばかりで、でもどこまでも愛おしい。

佐藤家のドタバタ育児日記は、これからもたくさんの「笑い」と一緒に続いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。