第7話 「妖しい女」
「えっと、お姉さん…ホントにやるの?」
「えぇ、ヤらせてもらうわ」
恐る恐る尋ねるオレに、その女性は迷うことなく答えてきた。
紫のフード付きマントを目深に被り、その顔はあまり見えない。しかし、マントの隙間から覗く衣服から、かなりのグラマラス体型だと分かった。
深いスリットの入った、紫色のロングドレスを着ているらしい。その引き締まった腰と、対照的に主張の激しい胸元。下半身も肉感があり、まさに砂時計のような体型であった。
どう見ても、巨大ムカデを跳ね飛ばす怪力女に勝負を挑む人物の雰囲気ではない。
「アタシはね、強い人が好きなの…男も女も、関係なく…ね」
フードから見える真っ赤な唇が笑みを作る。それを見て、周囲の男性客の誰かがゴクリと喉を鳴らしたのが分かった。確かに、客観的に見ても妖しい魅力に溢れた女性だと思える。
オレとしては、もっと清楚な雰囲気の方が好みだが。
具体的には母さんみたいな。
「アナタがどれくらい強いか、確かめさせてもらうわ…」
女性がゆっくりとその脚を組む。スリットから露になった太ももに、男どもの視線が集まっていた。
「…わかった」
怪訝な表情をしていたラナも、女性のあまりに自信に満ちた様子から、勝負を受けることにしたらしい。
相対し、互いの右手をがっしりと握る両者。
「ジュピター様…」
「やらせてみるしかない…な」
隣で不安そうな声を上げるレミィに聞かせるよう、オレはそう呟く。
この女性のただならぬ雰囲気には、どこか圧倒されるような威圧感があった。
そして、握り合う2人の手に、自分の手をそっと添える。
「いくぞ…レディ…ゴー!」
直後オレは、否、その場にいた誰もが目を疑った。
動かない。
数倍の太さがある男性陣を、例外なく瞬殺してきたラナの腕が、開始地点から全く動かなかったのだ。
周囲からどよめき声が溢れたが、オレも戦慄を覚えてしまった。ラナほどの力を持った人物は、これまで見たことがない。それも相手は女性である。
隣ではレミィも、両手を口元に添えて驚いていた。
観客のざわつきに反して、ラナも女性も静かなものだった。とはいえ、それは物音を立てていないという意味なだけで、本人たちの肩や腕はよく見ると小さく震えている。どちらも表情こそ真顔のままだったが、よほどの力を込めていることが見て取れた。
メキッ!
乾いた音と共に、ラナが掴んでいたテーブルの縁が砕けた。
バキッ!
同じく、女性が傍に置いていた手のところでも音が響く。指がテーブルに食い込んだ音だった。
気がつけば観客もシンと静まり返っている。誰もが固唾を吞んで、勝負の行方を見守っていた。
「ジュピター様…」
ある意味で怖くなったらしく、レミィがオレの腕にしがみついてきた。
無理もない、オレだってちょっと怖い。
そのまま、1分ほどは膠着状態が続いただろうか。
勝負は唐突に終わりを迎えることになった。
バキバキバキッ!!
両者の力に耐えられなかったらしい。
テーブルの天板が割れ、支柱も半ばから折れてしまった。むしろ、これまでよく耐えてくれたと、オレは称賛を送りたい気持ちだった。
「っ…!」
「あら…残念、壊れちゃった」
不意に支えるものがなくなり、ラナも女性も一瞬だけ体勢を崩す。
両者とも椅子から立ち上がり、互いをじっくりと見つめていた。
「フフ…楽しかったわよ、お嬢さん♪」
腰に手を当て、妖艶な笑みを浮かべる女性。その視線は、目の前の銀髪の女剣士にねっとりと注がれていたらしい。あのラナが身震いをしていた。
「貴方…いったい何者?」
「アタシはエーゼル」
睨むような視線を向けながら尋ねるラナ。
それに対しエーゼルと名乗った女性は、クスクスと笑いながらさらに言葉を続ける。
「あなた、今まで出会った同性の中では一番強かったわね。名前を教えてくれるかしら?」
その言葉を聞いて、では異性も含めたらラナは何位になるのだろうかと、ふと思ってしまった。
「…ラナ」
「そう、覚えておくわ、ラナちゃん♪」
そう言って、エーゼルはオレやレミィの方にも目配せをする。艶やかな視線だ。隣でレミィも赤面していたが、気持ちは分かる。
「それじゃあ、またどこかで会いましょうね」
周囲の野次馬たちを見渡し、エーゼルはその場を離れる。男性客たちの誰もが、その妖艶さに見惚れつつ、恐ろしい怪力を目の当たりにしたことで、恐怖も抱いていたようだった。
「…あ」
ふと、レミィが何かを言いかけた。
「どうした、レミィ?」
「あ、いえ…なんでも…ないです」
レミィの視線は、エーゼルの向かう先を見ているらしかった。
そこは店の隅の席。腕組みをしながら目を伏せて座っている男性が見えた。
長いグレイアッシュの髪をした、おそらくは冒険者と思しき人物。やけに色白な肌と、胴体を覆う簡素な金属鎧以外は、ほとんど黒ずくめという服装だ。ロングコートの裾から、腰に下げた長剣が見えた。
もしかしたら、その男はエーゼルにとって「異性でもっとも強い人物」なのかもしれない。
しかし、なぜレミィの視線がそこに向いていたのか、皆目見当もつかない。とはいえ、そこを追及するのも野暮と思い、それ以上は何も言わなかった。
「とんでもないお姉さんだったな…」
「……」
エーゼルと黒ずくめの男性が店を出ていくのを見送り、オレはずっと黙っている幼馴染に声をかける。返事はない。
ラナも自分の力には相当な自信があったはずだ。だが、それをまさか女性に打ち砕かれるような形になるとは、想像もしていなかっただろう。ショックも大きいかもしれない。
「…おかわり」
「は?」
そう思っていたから、ラナが唐突に放った言葉の意味を理解するのに数秒を要した。
「まだまだ修業が足らない…もっと食べて、筋力をつけないと」
ラナはそう言うと、隣のテーブルに座って店員を呼んだ。
オレもレミィも、そして野次馬たちも、そんな怪力女の行動にただただ目を丸くするばかりだった。
なお、壊れたテーブルの弁償について、ラナは最初のハゲ頭のオッサンに請求するように言っていた。
なんだかんだと、ちゃっかりしているのである。
母さん、この幼馴染に、あなたのようなお淑やかさがあれば…そう思わざるを得ません──。
──第8話に続く




