第8話 「巨岩を動かせ」
「あの、依頼したいことがあるのですが…」
朝食を済ませて、さて今日も聞き込みに行こうかと思っていた矢先、そう声をかけてきたのは、10代半ばくらいの少年だった。
癖のある黒髪をした、少し浅黒い肌をした少年。なかなかに利発そうな見た目だが、どこか申し訳なさそうな様子だった。
「依頼って、オレたちに直接かい?」
「えぇ…あの、あなたにお願いしたくて…」
「…私?」
少年はオレではなく、向かいに座っていたラナに視線を送った。当の本人は大量の空いた皿を重ねていて、なかなか顔が見えなかったが。
「実は…動かして欲しい岩があるんです…」
少年はクレイと名乗った。彼の依頼は、家の裏山に置かれた、とある大岩をどかして欲しいとのことだった。
なんでも、彼の父が最近、家の掃除をしている時、冒険者をしていたという祖父──つまりクレイの曽祖父の日記を見つけたらしい。それによると、裏山のとある岩の下に、宝物を隠したと書かれていたのだとか。
「先日の怪力無双っぷりを拝見してまして…その岩を動かしてもらいたいんです、父のためにも」
クレイの父は大工を営んでいるが、最近仕事仲間とのトラブルが続き、上手くいっていないということだった。それで、日記に書かれた宝物に目をつけたらしい。
どうにかして岩を動かそうと、毎日仕事もせずに試行錯誤をする父を見て、いても立ってもいられなくなった…というのがクレイの話だった。
「怪力無双ね…良かったな、通り名ができて」
「うるさい…」
オレが茶化すと、ラナは少し赤面した様子だった。先日の腕相撲の時は、少し調子に乗ってしまったと自分でも思ったようで、ひどく反省していた。
「報酬はもちろん払います…あまり多くはないですが…」
「まぁ、岩を退かすってだけだし、それは構わないさ」
恐縮しているクレイ少年を宥めるよう、オレは気楽な様子で答えた。ラナもその程度のことなら...という感じで頷いていた。
「こういう形で依頼されることもあるんですね」
「稀だけどな」
物珍しそうに話を聞いていたレミィが口を開いた。
通常、冒険者の仕事は宿や食堂にある掲示板を使う。そこに貼られた依頼書を持って、依頼主のところを訪ねるという流れだ。
しかし、特定のパーティに依頼をしたい場合は、こんな風に直接話を持ちかけることもある。大抵、高名なパーティへの高難度な依頼だったりするが、このような形は珍しい。
「筋力をつけたいって言ってたし、ちょっとしたトレーニングになるかもな」
「……」
ラナは押し黙っているが、先日のエーゼルとかいう女性と力勝負で引き分けたことは、かなりショックだったと思われる。いつも口数は少ないが、悩んでる様子だったのは長年の付き合いで分かった。
トレーニングとは言ったが、せめてもの気分転換になればと、オレは思っていた──。
◇ ◇ ◇
クレイに案内してもらったのは、王都の北端に位置する、丘と山の中間のような場所だった。
木々が茂り、林に覆われたその山の頂き近くに、その岩はあった。
「よ、予想の5倍はデカいな…」
「こんなの、動かせるんですか…?」
そこには、ざっと高さ5メートルはありそうな、見上げるほどの大岩が鎮座していた。幅も、オレが両手を広げても収まらないくらいはある。
「勝手に冒険者に依頼しやがって、まったく…」
「ゴメン…でも父さん1人じゃ無理だよ、やっぱり」
クレイが頭を下げた相手は、彼の父親であるフラッグという人物だ。大工の棟梁らしい、頑固そうな見た目をした、角刈りの大柄な男性だった。
「倅のことは信用していますが、本当に動かせるんですかね?」
フラッグ氏はその疑いの眼差しを、銀髪の女剣士に向けている。そりゃあ、あんな細身の女性がとんでもない怪力の持ち主とは、普通は思わない。
「とりあえず、見ててくださいよ」
無言で岩に手を当て、その周囲を歩いているラナを見ながら、オレが答えた。
やがて良いポイントを見つけたか、ラナが両手を岩に押し当てる。次いで、深呼吸をしながら精神を集中させていた。
魔術が使えない戦士が使う、特殊な呼吸法による身体能力強化の術だ。ラナの細腕が、一回り大きくなったように思う。
「…ふっ!」
短く息を吐き、ラナが全身に力を込めた。
瞬間、周囲の空気が震えるような感覚。木に留まっていた鳥が何羽か、驚き羽ばたいていった。
「くっ…ぅ…!」
季節は初夏。今日の天気は快晴で、気温も高い。
ラナの額にはみるみるうちに汗が滲んでいった。
しかし、岩はビクともしなかった。
「はぁっ…はぁ…」
「さすがに無理か…」
大きく肩で息をするラナを、レミィが気遣っている。オレは顎に手を当て、大岩を見上げていた。
「俺の爺さんも冒険者でしたが、どうやってここに岩を置いたんですかね」
フラッグ氏も同じように顎を触りながら言う。確かに噂の怪力無双ですらピクリとも動かせない大岩を、いったいどうやってこの場所へ持ってきたのか。
「冒険者…」
確かに、クレイ少年もそんなことを言っていた。
オレはあることを思いつき、確認のためにフラッグ氏に尋ねてみた。
「フラッグさんのお爺さんは、戦士だったんですか?」
「あ? あぁ、そうだ」
「どんなパーティ構成だったんです?」
「えぇと、なんて言ってたかな…確か、爺さんの他は、戦士がもう2人と、あとは…確か魔術師だったかな…」
ビンゴ。オレの予想通りだった。
怪訝な表情をするフラッグ氏。そして心配そうな顔をするレミィやクレイ少年をよそに、オレはラナの肩に手をかけた。
「ラナ、もう1回やってみてくれないか」
「...無論、やってやるわ」
オレに何か妙案があることを、ラナは察してくれたのだろう。ふたつ返事でOKしてくれた。
巨大な岩を見上げ、同郷の幼馴染2人が並び立つ。
オレとラナがいれば、どんなことだって成し遂げてみせるさ──。
──第9話に続く




