第9話 「本当の宝」
改めて巨岩を見る。
一言で言ってデカい。剛力で知られる魔獣のオーガですら、動かせるのかどうか怪しいと思われるサイズだ。
「ジュピター様…」
「まぁ、見てろって」
心配そんな声を上げるレミィに、オレは片手を上げて見せた。見ればクレイ少年もフラッグ氏も、疑わしい視線を向けている。当然だとは思うが、全く期待されていないのも癪だった。
「よし、やるぞ、いけるかラナ?」
「…いつでも」
両手を擦り合わせ、冷たい視線を岩に向けるラナ。しかし、その青い瞳には燃えるような闘志が見えた。あまり表に出さないだけで、昔からかなり感情的な幼馴染である。
「よーし…」
ラナが巨岩に再び両手を当てたのを見て、オレも似たように両手を添える。しかしそれはもちろん、巨岩を押すためではない。
オレの本分は魔術。静かに呪文の詠唱を始めた。
青白い魔力の光が、オレの周囲に発生する。それは意思でも持っているかのようにフワフワと周囲を漂い、やがて巨岩にまとわりついていった。
フラッグ氏の祖父は戦士で、他に戦士が2人、そして魔術師もいたという。
ということは、きっとその魔術師が何らかの魔術を使い、巨岩に細工をした上で、3人の戦士が運んだのだろう。
そして、それはきっとこんな魔術だ。
「軽量化!」
力ある言葉が、現実を改変する。
魔力の光が巨岩に吸い込まれるように消えていき、大きく弾けた。
オレの魔術によって、巨岩の重さは大幅に軽減されたはずだ。
「今だ、ラナ!」
「ふぅんっ!」
再度、ラナが短く息を吐きながら、渾身の力を込めて岩を押す。空気が震えるような感覚が再び、周囲の空間を襲う。
ズ…
「う、動いた…!?」
クレイが目を丸くしながら叫ぶ。フラッグ氏も、写したかのように同じ表情をしていた。さすがは親子である。
だが、動いたのはわずかな距離。せいぜい手のひら1枚分程度といったところか。
巨岩の重さを軽減する魔術を使ったものの、元の重さが圧倒的過ぎる。仮に半減していたとしても、人間に動かせるような代物ではない。
「くっ…うぅ…!」
ラナはもう限界が近い。わずかに動いた程度では、岩の下にあるという宝を取ることは不可能だ。
オレの魔術と、ラナの力。2つを合わせただけでは、この岩を動かすことはできないのか。
いや、もう一手、オレには秘策があった。
ラナの力はざっと考えて、並の戦士の2倍はある。しかし、フラッグ氏の祖父たちは、戦士3人がかりでこの岩を動かしたに違いない。
なら、ラナの力をさらに上げるしかない。
「剛力化!」
再度、オレは呪文を唱えて魔術を発動。さきほどの「軽量化」と合わせて、2つの魔術の並行使用だ。
オレにだって、これくらいはできる。
今度はラナの周囲に光が広がり、彼女の身体に吸い込まれていく。
直後、彼女の目がカッと見開かれた。
「はあぁぁぁっ!」
ズズズズズズッ!
気合いの声と共に、巨岩はゆっくりとその位置を変えていった。
「や、やった!」
「これは…たまげた…」
クレイが笑顔を浮かべ、フラッグ氏は口をポカンと開けていた。
「はぁっ…はぁっ…!」
ラナは激しく息を乱していたが、満足そうに小さな笑顔を浮かべている。
オレの作戦は見事に成功。
巨岩は10メートルは動かされ、そこに隠されていた「ある物」が姿を現した。
「これは、箱…?」
レミィが覗き込むと、巨岩のあった場所に、真っ黒な四角い箱のようなものが埋まっていた。かなり頑丈なようで、長年岩の下敷きになっていたにも関わらず、ほとんど変形もしていない様子だった。
「い、いったいどんな宝が入ってるんだ…!」
興奮した面持ちで、フラッグ氏がその箱を掘り出す。かなり小さい。両手を揃えたのと変わらない程度のサイズだ。
金銀財宝の類ではないだろう。何らかの宝石でも入っているのだろうか。
フラッグ氏が箱を開けた。
「な、なんだこりゃ…?」
それは、球形をした黒い物体。赤くて丸い、小さな突起が付いていた。
「これは…魔装具の一緒…ですかね?」
魔術と同様の効果を表す道具のことで、物によってはかなり高い値が付くこともある。
だが、冒険者が「宝物」として隠すほどのものとは、到底思えなかった。
「父さん、そこ、押せるんじゃないか?」
クレイが指摘したのは、例の赤い突起だ。確かに、押せるような構造に見える。
恐る恐る、フラッグ氏がその赤い突起を押し込んだ。
「うおっ、な、なんだ…!?」
押し込まれた瞬間、球体はその形をガシャガシャと変えていく。フラッグ氏は驚いて、推定魔装具を落としてしまった。
地面の上で、魔装具は三角錐の形を形成。
そして、頂点から光が浮かび上がる。
「こ、これは…」
オレが覗き込むと、そこには「立体映像」が映し出されていた。
肩を組み、笑顔を浮かべる、4人の冒険者風の若者たちの姿が、そこに描かれていた。
「こいつは…爺さんたち、か…?」
フラッグ氏が映像をじっくり見て呟く。確かに、彼によく似た戦士風の男性が混ざっていた。
「お爺さんの宝物...これがそうなんですか?」
「あぁ、そういうことだな」
レミィも映像をしげしげと眺めている。
オレは、幸せそうに笑顔を向け合う映像の中の4人を見て、全てを理解していた。
「そう…か…爺さんが残したかったのは、金なんかじゃなかったんだな…」
「と、父さん?」
フラッグ氏も分かったのだろう。力が抜けたように座り込み、苦笑いを浮かべている。だが、何かを悟ったような、澄んだ目をしていた。
「爺さんにとって、仲間との時間や、仲間そのものが宝だった…ということか」
あの巨岩は、フラッグ氏の祖父たちが力を合わせてここまで運んだものだ。当然、この「宝物」を取り出すことは、1人ではまず不可能。
仲間との協力、つまり「絆」が必要不可欠だった。
「クレイ…悪かったな…お前には苦労をかけた…」
「父さん…」
あの頑固親父然としていた雰囲気はどこへやら。フラッグ氏は実に穏やかな「父親の顔」をしていた。
「もう一度、仕事仲間と話をしてみるよ。そして、「協力」して仕事をやっていこうと思う」
「父さん…!」
クレイはパッと明るい笑顔を浮かべ、父親の手を握りしめていた。
ある父親の心を入れ替えさせ、親子の絆を救ったこの魔装具は、確かに「宝物」だったのかもしれない。
オレはふと、そんな風に考えていた──。
◇ ◇ ◇
オレたちは報酬は受け取らなかった。これからやり直そうとしている大工の親子から金を取るのは、どうにも気が引けた。
それに、協力することの大切さを改めて教えられたのは、オレたちも同じだったから。
「痛い…」
オレとラナは見事に協力して、あのデカすぎる岩を動かすという偉業を成し遂げた。
次は、レミィに協力してもらう番だ。
「だ、大丈夫ですか、ラナさん?」
宿のベッドに横たわったまま、ピクリとも動けない銀髪の幼馴染。時折、そのクールな顔を歪めて痛みに耐えている様子だった。
「悪かったな…あの魔術、割と反動が大きくてさ…」
「先に…言って…っ…」
今、彼女の全身は重度の《《筋肉痛》》に支配されていた。
あの「剛力化」の魔術は、人間の本来あるべき身体のリミッターを一時的に解除して、大きな力を発揮する効果がある。
当然、その状態で限界を超えた行動をすれば、反動は自らの身体に降りかかるのだ。
「い、1日か2日あれば良くなるはずだから、な?」
幼馴染からの強烈な怒りの視線を向けられ、オレはゆっくりと部屋を後にすることにした。あとは神官であるレミィに、看護を任せよう。
きっと、筋肉痛が治った後にこっぴどく怒られることになるだろうが。
母さん、怒っている相手は、どうやって宥めれば良いですか…?
──第10話に続く




