第10話 「黒衣の剣士」
「この男を知らないか?」
もう、この台詞を言うのも何度目だろうか。
オレの手の上に、「立体映像」によって浮かび上がる、父さんの映像。長い黒髪を1つの束ね、真っ赤なマントが目立つ剣士の出立ちをしている。
「いやぁ、知らないねぇ」
こんな台詞を聞いた回数も、もう数えきれない。
朝の市場。瑞々しい果実を売っていた中年のおばさんは、映像を見て首を傾げるばかりだった。
「そうか、ありがとう」
それだけ言って、オレは次の店へと脚を運ぶ。隣には、まるで小動物のような雰囲気で、小柄な金髪の少女──レミィがついて来ていた。
ちなみに、もう1人の連れであるラナは、まだ宿にて先日の筋肉痛に苦しんでいる。
「またハズレですね」
「いつも通りさ、もう慣れた」
とは言うものの、内心では割と落ち込んでいる。王都のような人の多い場所なら、噂の1つくらいは聞こえても良いと思っていたのだが、その見通しの甘さを見透かされているように、父さんの話は全くもって聞けずじまいだ。
やはり、この王国内には居ないのだろうか。
当初の予定通り、隣の帝国に行くことも視野に入れる必要を感じていた、その時…
「お兄さん、待っておくれ」
「ん?」
先ほどのおばちゃんがパタパタとした足取りで追いかけてきた。
軽く息を整え、大したことではないけど、と前置きしてから話し始める。
「昨日訪ねてきた人も、多分その人のことを探していたみたいなんだよ」
「え、それは…詳しく教えてください…!」
おばちゃんの言葉は、直接的に父さんに繋がるものではないとは思った。
でも、これまで進展がなかった父さん探しが、少しだけでも前に進むような、そんな気がしていた──。
◇ ◇ ◇
おばちゃんの話によれば、昨日の昼過ぎに、オレたちのようなひと組の男女が訪ねてきたらしい。
もとい、実際にはオレたちとは似て非なる、大人の男女だったとのことだ。
2人のうち男の方が人探しをしているということで、いろいろと特徴を説明されたのだそうだ。
男がかなりのクール系イケメンだったから、おばちゃんはよく覚えていたらしい。
「長めの黒髪に真っ赤なマント…竜を象った剣を持っている…」
「特徴は、ジュピター様のお父様と一致しますね」
黒髪と赤いマントだけだったなら、他人の空似という可能性は捨てきれない。だが、「竜を模した意匠の剣」というのは、間違いなく父さんのことだと思えた。
「問題は、その男女のことだが…」
父さんらしき人物を探していたという男女。その見た目をおばちゃんに尋ねたところ、おばちゃんは少しうっとりとした乙女な様子で話してくれた。
それによれば、男の方は20代前半くらい。長い灰色の髪をしていて、真っ黒なロングコートを羽織った剣士風の見た目だったらしい。切れ長の瞳が、妖しい色気を感じさせたと、おばちゃんは熱弁してくれた。
あと10年若かったら、アタックしていたとも言っていたが、それはとりあえずどうでもいい。
で、女の方はどうだったかと聞いたら、オレたちとしてはそっちの方が気になった。
女の方はフード付きのマントを羽織っていて、顔はよく見えなかったが、マントの隙間から紫色の深いスリットの入ったロングドレスが見えたというのだ。
「その女性の方って、もしかして…」
「あぁ、あの女に間違いない」
数日前に出会った、妖艶な雰囲気を持つ美女、エーゼル。ラナと互角に渡り合う腕力を持った謎の女性だったが、なぜあの女が父さんを探しているのか。
そしておそらく、男の方は先日エーゼルと共にいた剣士風の人物だろう。
「父さんのことは後回しだな」
オレたちは、おそらくはまだ王都にいると思われる、エーゼルともう1人の男を探すべく、改めて聞き込みをすることにした。
いずれも特徴的な2人である。さほど時間もかからずに見つけられると予想していた。
果たして、数時間後にはその居場所を突き止めることができたのだった──。
◇ ◇ ◇
「あら、あなたたち…?」
やはりというか、とにかく目立つ二人組だと思った。
王都の西側の市場。昼前ということで、人通りはかなり多くなっている。
相変わらずフードを被った美女エーゼルと、その連れである黒衣の剣士。いずれも身長の高い、まさに美男美女のカップルといった風体で、すれ違う人のほとんどが振り返っていた。
「確か…ラナちゃんと一緒にいたわね」
人差し指を頬に当て、わざとらしく小首をかしげて見せる。明らかに演技でやってるというのが分かる仕草であったが、これにコロッとやられる男は大勢いるのだろう。
母さんなら、こんなあざとい仕草はしない。オレはそう思った。
「あの子はいないようだけど…どうかしたのかしら?」
隣に立つロングコートの剣士も、視線だけはオレたちに向けていたが、特に興味はなさそうな雰囲気だった。おばちゃんが言っていた通りの、切れ長な目が印象的な、端正な顔立ち。冷たい印象も受けるが、それがどこか寂しさを感じさせた。
「実は、あんたたちに聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
余裕を持った態度で笑顔を浮かべるエーゼル。客観的に見て、確かに美人なのは分かる。スタイルもかなり肉感的で、性的な魅力に溢れた女性だ。男性の扱いをよく分かってるということが、所作のひとつひとつから感じられた。
純朴なレミィには、悪影響を与えそうだと思った。
「あんたたち、この男を探してるんじゃないか?」
そう言って、オレは手の上に父さんの姿を映し出す。
それを見た瞬間、黒衣の剣士の目が大きく開かれたのを、オレは見逃さなかった。
「やっぱりそうなんだな。どうして探しているんだ?」
オレは男の目前まで進み、やや背の高い彼を見上げながら問い詰める。
そこに、横からエーゼルが割って入った。
「坊や、礼儀がなってないわよ」
その細長い指を、オレの胸元に軽く押し当ててくる美女。こうして見ると、彼女の身長はラナよりも高い。しっかりオレを見下ろしてくる。
「人にものを尋ねるなら、ちゃんとその意図を説明しないと」
「う…」
至近距離から覗き込まれ、さすがに顔が熱くなるのを感じた。
同時に、少々焦ってた自分を自覚し、数歩後ずさった。
なぜか、レミィが無言でオレの腕にしがみついてくる。
「実は…オレたちもこの男を探してるんだ」
「ふーん、そうなのね」
レミィの様子を見て何かおかしかったのか、クスリと笑みを浮かべるエーゼル。
「だから、あんたたちがこの男について、何か知ってるかと思って…」
「なるほどね…そうらしいわよ、ランフォード」
そう言って、エーゼルは黒衣の剣士に振り返る。
ランフォードと呼ばれた青年は、感情を感じさせない表情のまま、淡々と口を開いた。
「…俺たちも、その男のことは知らない。ただ…」
「た、ただ…?」
どこか圧倒されるような威圧感。ラナ以上に、感情を表に出さない人物らしいのに、なぜかオレは狼狽えてしまった。
そして、次の彼の言葉に、驚愕することになる。
「…殺さなければならない」
「な、なに…?」
一瞬、ランフォードが何を言ったのか、理解できなかった。
それを感じたのか、一拍置いてから、彼はもう一度言い放った。
「俺は、その男を殺さなければならない…」
母さん、この黒衣の剣士は、いったい何者なのでしょうか…。
──第11話に続く。




