第11話 「狡猾な罠」
「ど、どういうことだ…?」
目の前に立つ黒衣の剣士の言葉が全く理解できず、オレの口からはそんな言葉しか出なかった。
「理由は…分からない」
「な、なんだと?」
もうずっと、オレの言葉には疑問符しか付いていない気がする。
殺さなければならないと、明確な目的を言った矢先に、その理由が分からないだと?
しかし、ふざけているような様子は、ランフォードからは微塵も感じられない。
「ここはアタシが補足するわね」
そのランフォードの肩にもたれ掛かるようにして、エーゼルが割って入った。
「実は彼ね、いわゆる記憶喪失ってやつなのよ」
「記憶喪失?」
またしても疑問符を付けてしまった。
エーゼルが言うには、数ヶ月ほど前に、森で魔獣に襲われているランフォードを偶然見かけたのだそうだ。そして、剣を振るまでもなく、ひと睨みするだけで魔獣を退散させてしまった様子を見て、彼を強者だと判断し、興味を持ったらしい。
「彼、自分の名前くらいしか覚えてなくて…でも1つだけ、やらないといけないことがあるって言ってね」
「それが、この男を殺すこと…」
「…そういうことだ」
オレの手に浮かぶ映像をじっと見ながら、ランフォードは無表情のままだ。本当に殺意があるのかも分からない。
「そんな…理由も分からないのに…」
少し顔を青くしながら、レミィが信じられないと言った口調で言う。
無理も無い。周囲から愛情を受けて育った彼女に、そんな話は想像もできないだろう。
オレだって引くほど驚いている。
「じゃあ、今度はアタシから質問。貴方はなぜ、その男を探しているのかしら?」
艶めかしい声色を使いながら、エーゼルが尋ねてくる。
「そ、それは…」
オレは口篭った。
ランフォードは、自分が探している男が伝説とまで言われる竜剣士だとは思っていないだろう。まして、目の前にいるオレの父親などと。
下手なことを言って、何も知らないヤツに情報を与えるのは良くない。何か言い訳を考えなければ…。
「…まぁ、言いたくないなら構わないわ」
僅かとは言え、迷いを見せたオレを、エーゼルはあっさり解放した。いったいどういうつもりかとも思ったが、ただの気まぐれかもしれないと、内心でホッとしてしまった。
「じゃあランフォード、行きましょうか…居場所は分かったし」
ドクン
心臓が高鳴るのを自覚した。背中を冷たい汗が流れていく。
今なんと言った? 居場所が分かった? どういう意味だ? まさか、父さんの居場所ということか?
すでにどこからか情報を得ていたのか? いったいどこから? いや、そんなことよりも…
父さんが危ない。
「待て!」
咄嗟に、オレはそう叫んでいた。
エーゼルとランフォードが振り返る。周囲にいた通行人も、いったい何事かと視線を送ってきた。
「なぜ、止めるのかしら?」
「止めるに決まってるだろ!」
この時、エーゼルが意味深に笑顔を浮かべていたのを、オレは見過ごしてしまった。
「父さんを殺そうって言ってるヤツを、黙って行かせられるか!」
言った直後、オレは慌てて自分の口を手で塞いだ。エーゼルはその笑みをさらに深くして、オレを見下ろしている。
やられた、完全に《《ハメられた》》。彼女が言った「居場所は分かった」というのは、単なるカマかけだ。
「なるほど、お父さん…なのね?」
「…ほう、そうなのか」
クスクスと楽しげに笑うエーゼルと、抑揚のない声のランフォード。対照的だが、両者の視線が突き刺してくるような気がして、オレはひたすら、自分の迂闊さを後悔した。
「オイ、お前たち、何を騒いでいる!」
そこに、簡易的な甲冑を纏った複数人の男たちが声を荒げて近づいてきた。
「ジュピター様、巡回の騎士です…!」
「っ…場所を変えるぞ」
「ふふ…賛成よ」
別にやましいことをしているわけではないが、騎士が関わると面倒なことになりかねない。
オレたち4人は、群衆の中に紛れて、騎士の目を誤魔化しながら移動することになった──。
◇ ◇ ◇
当然ながら王都は人口も多く、住宅も密集している。
しかしそんな中にも、人気の少ない場所というものはあるもので。
「ここなら、騎士たちもそうそうやってこないかしらね」
そこそこの距離を走ったというのに、エーゼルもランフォードも、息ひとつ乱れていない。レミィはもちろんのこと、オレだって肩で息をしているというのに。
王都の中でも外れの方にある、いわゆるスラム街。その裏路地といった感じの場所に、オレたちは駆け込んでいた。ぱっと見は美しく見える王都にだって、こんな場所はあるものだ。
「さて、じゃあ話の続きといきましょうか」
腕を組み、表通り側に立ちながら、妖艶な美女は笑う。しっかりと逃げ道を塞いでる辺り、この女の狡猾さが窺える。
「要するに、行方不明の父親を探してるってわけね、貴方は」
「…そ、そうだよ」
もはや誤魔化しは効かないと、オレは素直に答えるしかなかった。
「それで、どうやってアタシたちを止めるつもりなのかしら?」
尋ねながら、エーゼルはまた、ランフォードの肩にもたれかかる。そして、その長い指を黒衣の剣士の胸元から首筋にかけて這わせていく。艶めかしい動きに、ついオレも空気を忘れて赤面した。
「ねぇ、ランフォード…どうしたら貴方は止まる?」
真っ赤な唇を、ランフォードの耳元に寄せて囁く。いちいち所作が扇状的だ。だというのに、当のランフォードは眉ひとつ動かさない。
「…止めたければ…」
ゆっくりと口を開いたランフォードは、やはりゆっくりとした動作で、腰に下げた長剣の柄に手をかけた。
「…俺を、倒してみせろ」
なんと抑揚のない物言い。本気で言ってるのかも怪しい台詞。
だが、言葉で説得できるとは到底思えなかったため、むしろ向こうからその提案をしてきてくれたことを、ありがたく思った。
とはいえ、すんなり勝てる相手とも思えなかったが。
「分かりやすくて助かるぜ…」
「ジュピター様…」
そっと手で制して、傍に立つレミィを下がらせる。表情は見えないが、きっと心配そうにしているのだろう。
「フフ、彼はスゴいわよ…アタシの知る中で、最高の剣士だもの…」
そう言って、エーゼルもゆっくりと下がる。この状況をもっとも愉しんでいるのは、間違いなく彼女だった。
なら、こっちは最高の竜剣士の息子だ、などとは言わない。言えるほど、剣に自信があるわけではない。
オレは腰に下げた小剣を抜き放つ。この場にラナがいたらと、思わざるを得なかった。だが、戦えるのはオレだけ。
やるしかない。
「いくぞ」
「…来い」
黒衣の剣士が長剣を抜いたのを見計らい、オレは地面を蹴って突撃した──。
──第12話に続く




