第6話 「怪力無双」
神殿を後にしたオレたちは、改めて近くの店で聞き込みを開始することにした。
「お父様! 行って参りますね!」
育ての親である神官長に、レミィは大きく手を振りながら声を掛けた。
あの温和な神官長は、オレたちの姿が見えなくなる時まで、その頭を90°傾けていた。
「神官長と、どんな話をしてきたの?」
「いや…後で話すよ」
ラナからの問いかけは後回しにする。レミィがいる前で話すようなことではないと判断した。
「ジュピター様! この先に美味しいお店があるんです! そこに行きましょう!」
さっきまで神官長に手を振っていたと思ったレミィは、気がつけば先を歩いて通りの先を指している。
思ったより切り替えが早い娘だと思いながら、オレたちはその後を追った──。
◇ ◇ ◇
レミィの案内してくれた店は、確かに良い料理を提供してくれた。値は少々張ったが、あのラナが目を輝かせながら頬張っていたくらいだ。
そんな良い店だから、これまで足を運んだどの店よりも客が多かった。
カップルと思しき若者たちや、それなりに身なりの良い推定商人もいるし、今では少なくなった冒険者風の者たちもチラホラ見える。
もしかしたら、ここなら父さんの情報も手に入るかもしれない。オレは淡い期待を抱いていた。
「よぉ、同業、儲かってるかい?」
食事も一段落して、腹を休めていたところ、頭上から野太い声が掛けられた。
見れば、頭の禿げ上がった40代くらいのオッサンがテーブル脇に立っている。全身を覆う革鎧には傷が多く、見るからに歴戦の冒険者という風情だった。
恐らく、オレたちのような若い冒険者が珍しくなって興味を持ったのだろう。
「ボチボチってとこですよ」
オレは肩を竦めて、当たり障りのない回答をする。
冒険者というのは、基本的に一攫千金や名声を狙っている集団である。古代の遺跡で宝物を見つけたり、強大な魔獣を倒して名を上げる。
しかし、オレは金や名声のために冒険者になったのではない。あくまで、父さんを探し出すという目的のため、各地を巡る旅をする上で、冒険者である方が都合が良かっただけのことである。
だから、他の冒険者に声を掛けられても、こういう曖昧な返事しかできない。あまりツッコまれても困るのだ。
「で、そっちのお姉さんは、剣士かい?」
どうやら、オッサンはオレの向かいの席にて、大量の空いた皿を並べる女剣士に興味津々らしい。
実際のところ、ラナの容姿はかなり良い方だと思う。クールな印象を受ける切れ長の青い目に、スラリとした長身。意外と出るところは出ているスタイルで、故郷の村では心を奪われた人も少なからずいた。
まぁ、オレとしては頼りになる姉貴分という印象でしかないが。
「剣士だけど…それが何?」
「おぉ、気が強いねぇ…で、腕っ節の方はどうなのかな?」
この手の馴れ馴れしい輩を、ラナは昔から好まない。冷たい眼差しと口調で相手を退けようとするも、オッサンは色んな意味で歴戦だったらしい。全く堪える様子もなく、その手を差し出した。
「どうだい、食後の余興だと思って、勝負ってのは?」
テーブルに肘をつき、指先で誘うような仕草。どうやら、腕相撲を挑みたいらしい。
その手には、少し下心を感じた。おそらく、腕相撲にかこつけて美人な女剣士の手を握りたいという腹だろう。まったく、人の良いオッサンと思ったらこれである。
だが、命知らずだとしか言いようがなかった。
「…別に構わない」
「お、ノリがいいね」
目の前の皿を退かし、ラナがオッサンの手にその細身の手をかける。丸太のように太い男性の腕と、色白な細い女性の腕。見た目だけなら、やるまでもなくすでに勝負がついている。
「私が勝ったら、この食事代は奢ってもらう」
「おぉ、いいさ。じゃあ俺が勝ったら、1杯付き合ってもらおうかな」
ニヤニヤとするオッサン。よく見れば、周囲には野次馬が大量に湧いていた。ゴツいオッサンと細身の女性による腕相撲。確かに目を引く見せ物ではある。
が、オレもレミィも、ラナの勝利を疑わない。
巨大なジャイアントセンチピードを跳ね飛ばすような力の持ち主だぞ。
「それじゃ、レディ…ゴー!」
オレの合図で、勝負が開始された。
果たして、オッサンの身体は見事に横転した──。
◇ ◇ ◇
「次は俺だ、俺にやらせろ!」
「俺も勝負させろ!」
それ以降、店の中はちょっとした騒ぎに発展した。
屈強そうな戦士のオッサンはあっさりと敗北。その身体は見事にひっくり返り、横転した際に頭でも打ったか、泡を噴いて倒れている。
それを見て、銀髪の女剣士に勝負を挑みたいという野郎どもが殺到してきたのだ。
何人かの冒険者の他、腕っ節に自信のある労働者も参加してきた。
「はいはい、並んでくださいねー! 順番に案内しますよー」
オレも面白くなって、案内人のような役回りを進んで行っていた。隣ではレミィが目を丸くしている。
「ちょっと…勝手に…」
「いいじゃないか、交流の一環ってことで」
どんな形であれ、こうやって何かしら関わりを持てば、父さんのことを尋ねやすくなる。ラナには気の毒かもしれないが、後で何か美味しいデザートでも奢ってやろう。
「じゃ、次の方、どうぞー」
そうやって、2人、3人と、屈強そうな男たちは次々にその自信を打ち砕かれていった。中には腕があらぬ方向に曲がってしまった者もいたが、そこはレミィが素早く「治癒」をかけて、事なきを得ていた。
死屍累々《ししるいるい》とでも言うのだろうか。
気がつけばラナの周囲には、腕を押さえた男性陣が何人もうずくまっていた。
「ホント、お前の力はとんでもないな…」
「凄いですね、ラナさん!」
最初は嫌々な様子で腕相撲勝負に応えていたラナも、段々と楽しくなってきたのか、オレたちの言葉に少し得意げになっている。
そこに、新たな挑戦者がやってきた。
「はいはい、こちらへどうぞ…え?」
オレは我が目を疑った。
ラナの前に座った新たな相手。
それは、フードを目深に被っていて、顔こそ見えないものの、どう見ても女性であった──。
──第7話に続く




