第5.5話 「女同士」
これは慈愛の神を祀る神殿内にて、ジュピターが神官長からレミィの出自を聞いていた時の、合間のエピソードである──。
◇ ◇ ◇
「ここが私の部屋だったところです」
そう言って、金髪の少女は両手を広げてみせた。
銀髪の女剣士ラナは、その整理整頓された部屋を見て、つくづく感心してしまった。
故郷の村では、彼女も自室の清潔さには気を遣っていた方だ。その辺りは、母親から厳しく躾けられたものである。
ところが、目の前に広がる部屋はどうだろうか。旅支度をして、ほとんど引き払った部屋とはいえ、あまりに整理整頓が行き届いている様子。金髪の少女──レミィの性格がよく表れていると思った。
「…さすが、綺麗ね」
「神殿を出ると決めて、しっかり片付けましたからね!」
そう言って胸を張るレミィの可愛らしい姿に、ラナは少し口角を上げた。
最初こそ、得体の知れない娘だと思ったものだが、今ではまるで妹のようにも思える程度には、好感を抱いている。それだけ、レミィは純粋で優しい性格だった。
そんな彼女に対し、ラナは色々と聞きたいことがあった。
ちょうど、今はジュピターもいない。女同士で腹を割って話ができると思い、尋ねてみることにした。
「…レミィは、なぜ神殿を出ようと思ったの?」
「え?」
小首をかしげるレミィ。その可愛い仕草を、天然でやっているから恐ろしい。
「今時、冒険者になる神官も珍しいし、神殿で育ったあなたが、わざわざそこを出る理由は何かと思って…」
今や冒険者は斜陽と言っても良い。ただでさえ安定という言葉からほど遠く、現在は仕事数も激減している。かつては子供たちのなりたい職業でも割と上位だったが、もはやそれも過去の話だ。
ましてや、神殿で職務を全うできる神官なら、なおのこと選ぶ必要の薄い道である。
「…理由は、2つあります」
「2つ?」
元自室だった部屋を出て、レミィが廊下を歩き出す。ラナもそれに続いて歩いた。身長差がかなりあるので、ラナはその歩調を控えめにしている。
「1つはやっぱり、外の世界を見てみたいって思ったことです」
みなしごであり、神殿で育った彼女は、これまでの15年ほどの人生をほぼこの場所で過ごしてきた。
もちろん、育った環境に不満はない。育ての親である神官長は優しい人物であり、他の神官たちも彼女にとって親族のように親しかった。
「私の知らない場所は、世界にたくさんあるって、本でも読みました」
それらを全く知らないまま神官になっても、全てを愛することを教義とする慈愛の神に仕える身としては、いささかおこがましいのではないか。レミィはそう考えていたのだ。
「それにもしかしたら、本当の両親のことも分かるかもしれませんし」
自らを捨てたであろう両親に対して、レミィは怨みなど抱いていなかった。何か大きな事情があったのだろうと、神官長からも教わってきたし、自分でもそう思ってきた。
だから、もし本当の両親のことを知り、出会うことができたなら、話を聞きたいと考えていた。
「…じゃあ、もう1つの理由は?」
レミィの表情に翳りの色があることを察し、ラナは話題を進めることにした。
「それはもちろん…」
一転、レミィはパッと明るい表情になって目を輝かせた。
「運命の人に出会うためです!」
尋ねたことは間違いだったかもしれないと、ラナは頭を抱えるはめになった。
「神殿を出て、すぐにジュピター様に出会えたのは、本当に幸運だと思いました!」
両手を胸の前で組み、恍惚な表情を浮かべるレミィ。ある意味、とても神官がして良い顔ではないなと、ラナはため息をついた。
「えぇと…そう言えば聞きたかったのだけど…」
ラナはこめかみの辺りに指を添えつつ、幼馴染である黒髪の少年のことを思い返す。
「あいつの…ジュピターの何に、そんなに運命を感じたの?」
話を聞いた限りでは、ゴロツキ2人から助けてくれたというだけのことである。確かに小柄で、とてもじゃないが荒事は得意じゃないレミィにしてみれば、ありがたい助けだったのかもしれないが。
「だって、ジュピター様は素敵じゃないですか」
ふと足を止め、レミィは廊下沿いの窓から外を眺める。そこは神殿の中庭であり、木々や池が見事に整えられた庭園となっていた。
「優しくて、聡明で、頼もしくて…」
「そう…かもしれないけど…」
ラナとしては、ずっと弟分として見てきた存在である。確かに優しく、頭は良いと思うが、何かと世話を焼いてやったことの方が多く、頼りになるという印象はなかった。
守ってあげたいという想いは、ずっと抱いてはきたが。
「確かに、助けられたことがきっかけで出会いましたけど…」
レミィの自信に満ちた横顔が、窓から入る日差しに照らされる。
「もしそうじゃなかったとしても、私はジュピター様に運命を感じていたと思います」
初めて見たその時から、レミィは彼に対して直感的に「何か」を感じていた。
具体的に、それが何かは分からないが、この方こそが「運命の人」だと信じて疑わなかった。
「だから、私はあの方についていって、支えてあげたいと思っています」
「支える…」
その言葉に、ラナは切れ長の目を少し見開いた。
彼女にとってジュピターは、自分の後ろを任せられる存在であり、同時に「引っ張っていってあげたい存在」でもあった。
支えたい、などという想いは、彼女の中にはなかった。
「そうか…そういう見方も、あるのね...」
「…ラナさん?」
レミィの隣に立ち、ラナも窓の外を眺める。その顔を、やはり同じように日差しが照らしていた。
「あいつのこと、支えてあげられると良いわね」
「…! はい!」
笑顔を向けるラナに、レミィもまた満面の笑みを返した。
自分とレミィは、それぞれ違う視点から彼を見ている。
それでも、抱いている想いは、そう大きく変わらない。
守ってあげたい自分と、支えてあげたいレミィ。
(まったく、果報者ね、あいつも…)
そんなことを思いながら、ラナはレミィと共に、再び神殿内を歩き出した──。
──第6話に続く




