第5話 「彼女の出自」
「とりあえず、乾杯っと」
オレがそう言ってグラスを掲げると、ラナとレミィもそれに続いた。
地下水道での依頼を無事に果たし、報酬を得たオレたち3人。戦勝祝いということで、ちょっと豪華なディナーと洒落こんでいた。
「あなたが見つけたにしては、悪くないお店ね」
「素敵なお店ですね、ジュピター様」
2人の反応は良好と言ったところだ。
王都の中央広場にほど近い場所に構える、なかなかに洒落た料理店。
諸国を漫遊して修業をしたという店主が作る品々は、どれも逸品だという触れ込みだった。ついでに、給仕には男女問わずエルフや獣人族などもいて、非常に華やかという話も聞いていた。
父さんのことを聞き込みする中で、たまたまこの店のことを聞けたのは、実に幸運だった。
「依頼は達成できたし、レミィの歓迎会も兼ねてって感じでな」
「ありがとうございます。私、合格できたんですね!」
両手を合わせ、満面の笑みを浮かべるレミィ。その隣で、ラナがやや複雑な表情を浮かべている。
「なんだよ、まだ認めたくないのか?」
「…そういうわけじゃ、ない」
レミィの神聖魔法の腕は実に見事で、ラナが受けた傷は綺麗に消え去っていた。後で聞いた話では、ジャイアントセンチピードの毒は激しい痛みを誘発し、重症化すれば心臓発作を起こして命を落とすこともあるという。
解毒の魔術も同時に使った彼女の判断は、まさに正しかったということだ。
「レミィの魔術がなかったら、ラナも今頃どうなっていたか分からない…ありがとうな」
「そんな…神官として当然なことをしたまでですから…」
レミィの顔は耳まで赤い。率直な感想を述べただけのつもりだったが、褒めすぎただろうか。
運ばれてきた料理を、ラナはなぜかイラついた様子で口に運んでいた──。
◇ ◇ ◇
宿に一泊した翌日、オレたちは王都の西側の通りを歩いていた。父さんの行方を探すためには、地道な聞き込みをするしかない。
なお、部屋割りでオレと同室になりたいと言い出すレミィを、ラナが必死な形相で説得するという一幕もあったが、この場では割愛しておく。
王都はなかなかに広い。1日で全てを巡ることなど不可能と言ってもいい。
特別アテもなかったので、レミィの案内で王都内を散策しながら聞き込みをすることになった。
目についた店に立ち寄っては、オレが「立体映像」の魔術を発動して、父さんの姿を映し出す。故郷を出てから、もう数えきれないほどやっていることだ。
だから、何の収穫もなくても特別残念に思ったりはしない。
いや、本当に。
「この辺りに、私が育った神殿があるんですよ」
「へぇ、そうなのか」
笑顔で案内してくれるレミィ。本当に小動物のような雰囲気で、実に可愛らしいと思う。
「ん…神殿で育ったってことは…?」
「あ…そうなんです、みなしごなんですよ、私」
なんでもないような口調だったが、彼女の表情はやはりどこか寂しそうではあった。
両親がいないという境遇。オレにもラナにも、それを完全に理解することはできない。
「…神殿に案内してもらってもいいか?」
「え…いいですけど…?」
レミィが首を傾げる。隣では、ラナも怪訝な表情を浮かべていた。
「レミィが育ったところを見てみたいし、挨拶もしておいた方が良いかなってさ」
「ジュピター様…」
神殿の神官たちが、手塩に掛けて育てた娘を預かるようなものだ。
しかも、いつ終わるかも分からない旅に連れ出すのだから。
挨拶くらいしておくのが、礼儀だと思った──。
◇ ◇ ◇
「そうですか、あの子が冒険者に…」
王都の西にある、慈愛の神を祀る神殿。
その神官長を務める穏やかそうな老年の男性は、感慨深そうにそう呟いた。
神殿内は厳かな雰囲気に包まれていたが、一方でステンドグラスから差し込む日差しは柔らかく、とても温かだった。
この場にいるだけで、心が洗われるような、そんな気分がしてくる。
「とても優秀な神官ですね、彼女は」
「えぇ、小さな頃から、才能に溢れていましたよ」
そう言う神官長は、とても誇らしげな表情をしていた。
親こそいないが、レミィはとても愛情を注がれて育てられたのだろうと、それだけで分かる。
その当人は、今はラナを伴って神殿内を案内している。この聖堂には、今はオレと神官長しかいない。
「彼女は、孤児だったとか…?」
「あの子から聞きましたか…」
まるで自分のことのように、神官長は胸を押さえて辛そうな表情を浮かべた。
「15年ほど前、あの子はこの神殿の前に捨てられていたのです」
それは雪の降る夜だったと、神官長は話した。
消灯の時間で、外の灯りを消して回っていた時、ふと泣き声を聴いて、慌ててその方向へ足を運んだ。
すると、神殿の入り口付近に、布に包まれた赤子が置き去りになっていたのだという。
「これは、他の者には話していないことなのですが…」
そう前置きして、神官長は続けた。
その日は夕方から雪が降っていて、地面にはそれなりに積もっていた。
だというのに、赤子の周囲には1つの足跡もなかったのだとか。
「それは…妙…ですね」
「もしかしたら、あの子は天から降ってきたのかもしれませんね」
誰かが置き去りにしたのだとしたら、間違いなく雪に足跡が残っているはずだ。それがなかった。
神官長は冗談混じりに言っていたが、もしかしたら本当に、レミィは空から降ってきたのかもしれない。オレはそう思った。
「あの子は本当に優秀で、神官の修業もわずか数ヶ月でこなしてしまったのですよ」
聞くところによれば、神官の修業は普通は1年以上、場合によっては数年かかることも少なくない。それを数ヶ月で修了してしまったのだとすれば、その優秀さには疑問の余地がない。
あの魔術の並行発動を見れば、それも頷けた。
「ところで、彼女は「運命の人」などと言っていませんでしたか?」
「…い、言ってましたね…」
神官長からの問いかけに、オレはつい顔を引き攣らせてしまった。
とりあえず、昨日の路地裏での一件を、簡潔に説明することにした。
「そうでしたか、あの子を助けていただいて、ありがとうございます」
「い、いえ、当然なことですから…」
頭を90°ほど下げる神官長。その仕草は、昨日のレミィと全く同じだった。
「それより、「運命の人」というのは…?」
「どうやら、小さい頃に何かの本を読んだみたいなのですが…」
それは他愛のない物語の本だったらしい。親のいない独りぼっちの主人公が、幸せを求めて旅をして、やがて「運命の人」と巡り会うという内容だった。
「自分の境遇に重ねて、憧れていたのかもしれませんね…」
それ以来、他人から親切にされるとすぐに「運命の人」などと言って懐いてしまうようになり、少し手を焼いたものだと、神官長は語った。
親心としては、確かに厄介な話だろう。ただ、彼女の境遇を思えば、同情せざるを得ない部分もあると、オレは思った。
「しかし、冒険者になる決意をするほどとは…」
神官長は顎に手を当て、首を傾げてみせた。
「もしかしたら、貴方には本当に何か感じるものがあったのかもしれません」
「そ、そうなんでしょうか…?」
いきなり運命を感じられてしまった身としては、どう受け止めれば良いのか分からない言葉である。
「ジュピター殿…あの子のこと、よろしくお願いします」
「は、はい…」
再び、その頭を直角に下げられ、オレはそう返事するしかなかった。
母さん、貴方も父さんに対して、運命を感じましたか…?
──第5.5話に続く




