第4話 「剣と魔」
ラナが持っていた依頼書の中身は、地下水道の調査というものだった。
この王都は、王国がまだ大陸の北部地域を統一するよりはるか以前より存在する街だ。その地下には、古代の技術で作られた地下水道が張り巡らされていて、街のインフラを支えている。
というより、それがあったからこそ、王都に選ばれたと言っても良い。
しかし、当然ながら古い地下水道である。老朽化して崩れる箇所も多く、そこから地下に生息する魔獣が迷い込むことも少なくない。
地下水道内で作業をする人が、そんな魔獣に襲われて怪我をした、なんて話は、夜の酒場に行けば必ずと言っていいほど聞くものだ。
というわけで、そういった人に仇なす害獣を駆除するのも、オレたち冒険者の仕事なのである。
「もっとこう...マシは仕事はなかったのか?」
「これくらいしかなかったの…」
ジメジメとした石造りの地下道を進みながら、オレは前を歩くラナに愚痴ってしまった。それくらい、この場の不快指数は高い。
湿気はあるし、場所によっては下水に繋がっていて、鼻が曲がりそうになるほどの臭いが漂ってくる。
「冒険者さんのお仕事、減ってるんですか?」
最後尾…というより、ほぼオレの隣を歩くレミィが疑問を口にする。
「あぁ、この10年くらいで半分以下になったって聞くな」
「そんなに…どうしてですか?」
冒険者といえば聞こえはいいが、やることは要するに便利屋である。ほとんどの場合、郊外の廃墟に住み着いたゴブリンの駆除や、生活圏を脅かす害獣の処理といった仕事が、冒険者募集の掲示板に貼られている。
だが、かつての戦争が終結してもう数十年。戦後に乱れた治安はかなり回復し、余裕の生まれた貴族や騎士たちが、それまで冒険者に充てがわれていた仕事を請け負うことが多くなったのだ。そこには国民の支持を得るため、という目的もあったのだろうが。
結果として、冒険者はその仕事を奪われた形となり、最近では廃業してしまう者も後を絶たない。
ということを、オレはレミィに説明してやった。
「平和な世の中に、冒険者なんて必要ない…ってことだな」
「そうなんですね…」
無論、平和は良いことだ。
しかし、平和であるために損をする者もいる。
だとすれば、平和とは何なのだろうかと、オレは答えのない疑問を浮かべてしまった。
「きゃっ!」
「おっと」
不意に、足元をネズミが走っていった。それに驚いたレミィが、咄嗟にオレに抱きつく形となる。小さく、華奢な体付きだ。急に体重をかけられても、オレは全くバランスを崩すことはなかった。
「大丈夫か?」
「は、はい、すみません、驚いてしまって…」
赤面しながらペコペコと頭を下げるレミィ。ゴロツキにもラナの冷たい視線にも動じなかったのに、ネズミ1匹に驚くのだなと、少し笑いそうになった。
「…ジュピター、遅れてる」
「あ、悪い…!」
オレは手から魔力の光を出して、光源の役割をしていた。レミィと話し込んでいたせいで、前を歩くラナから少し離れてしまったらしい。まるで刺してくるような視線を感じた。
その視線に、何か別な雰囲気が混じっていたと思ったのは、オレの気のせいだろうか。
「そう言えば、今のネズミ…」
ふと、通り過ぎていったネズミのことを思い出す。
「あれ、何かから逃げてきた感じじゃなかったか?」
「…しっ!」
オレの予想を告げるより早く、ラナの鋭い声がした。
依頼書にあった魔獣の目撃ポイントに、いつの間にか到着していたようだ。
暗闇の奥から、何らかの気配を感じる。
「…来る!」
ラナが腰にした長剣を左手で振り抜く。
同時に、おぞましい影が闇の中からその姿を現した。
「ひっ!」
さすがのレミィも、この手の存在には慣れていないのだろう。
顔を青くして、短い悲鳴を上げていた。
現れたのは、巨大なムカデ。
ジャイアントセンチピードと呼ばれるヤツだった──。
◇ ◇ ◇
ラナの剣がムカデの体表を走る。
金属音のようなものが響き渡り、剣はその甲殻の上を滑っただけだった。
「…硬い」
ラナの腕力は、オレなんかより遥かに上。それどころか、故郷の村にいた屈強な男たちすら凌駕していた。
その彼女の剣が通じない。驚くほど硬い甲殻だと思えた。
剣がダメなら、魔術ならどうだ。
「魔力矢!」
呪文を唱えたオレの右手から、青白い魔力の光弾が飛び出す。
狙いを違わず、それは巨大ムカデの体表に命中。
が、それも効果は薄い。
甲殻がわずかに傷ついた程度だった。
ギチギチと気味の悪い音を立てながら、ムカデは夥しい数の足を動かして素早く動く。魔術で作った光源で照らされたその大きさは、実に通常の人間の倍はありそうだった。
ムカデの標的は、どうやらオレのようだ。魔術で多少の手傷を負わされたことから、オレの方が脅威だと本能的に感じたか。
その動きは、オレの予想よりかなり素早かった。
「ジュピター!」
ムカデの凶悪な顎を、オレの目前でラナが食い止めた。体重的には何倍あるかも分からない相手を、彼女はしっかりと受け止めている。恐るべき馬鹿力だが、今はそれが頼もしかった。
「はぁっ!」
前言撤回。やはり恐ろしい。
ラナはその怪力で、なんと巨大ムカデを押し戻すどころか、跳ね飛ばしてしまった。
オレの背後で、レミィが驚きの声を上げているのが聞こえた。
「はぁ…はぁ…」
「ラナさん、怪我してます!」
見れば、ラナの右の二の腕あたりに血が滲んでいた。押し合った時に、ムカデの顎か足が当たったのだろうか。
「これくらい、平気」
「ダメです、ムカデには毒があるんですよ」
やはりレミィは芯が強い。ラナの言葉を押し切り、魔術を発動する。
彼女が使ったのは「治癒」と「解毒」の神聖魔術。その2つを同時に発動していた。魔術の並行発動は、かなりの高等技術である。やはりレミィは、オレたちの予想より遥かに実力のある神官だと分かった。
「よし、レミィ、ラナのことは頼むぞ」
「ジュピター様…!」
体勢を立て直したムカデが、ゆっくりとその頭を持ち上げ、オレを見下ろしてくる。
感情のない目に見つめられ、背筋に寒気が走った。
「剣も魔術も効かないなら…」
その2つを同時に食らわせてやればいい。
オレは腰に帯びた小剣を引き抜き、構えながら魔術を発動した。
剣の腕は、竜剣士と呼ばれた父さんほどの才能には恵まれなかった。並の剣士よりは上だという自負こそあったが、ラナという存在がすぐ隣にいれば、その自信がいかに小さなものか良く分かる。
代わりに、オレには言語魔術の才能があった。
力を持つ言葉である「呪文」を唱えることで、意志の力を使って現実を改変する魔術。
理論上はあらゆることを可能とする、無限の可能性を秘めた力だ。
剣と魔術。その2つを組み合わせるのが、オレの十八番である。
「魔力光剣!」
小剣の刀身から、青白い光の刃が伸びた。
輝く刃が、地下水道を眩く照らしだす。
その光に臆したか、ムカデはわずかに後退。
否、それは勢いをつけるための助走の動作だった。
次の瞬間、ムカデの顎が一気に突き出される。
「おぉぉぉぉっ!」
オレはそれに真っ向から挑み、光の刃を突き出した。
果たして、刃は巨大なムカデの顎を切り裂き、その勢いのまま強固な甲殻も貫く。
次の瞬間、巨体が音を立てて崩れ落ち、その動きを止めた。
オレは光の刃を消し、背後にいる女性陣2人に向けて、親指を突き上げてみせる。
レミィが飛びついてきて、今度こそその勢いに負けて、オレは押し倒されてしまった。
それを、ラナが妙にイラついた表情で見下ろしてきたが、とりあえず見なかったことにした──。
──第5話に続く




