第3話 「伝説の竜剣士」
今から20年ちょっと前、人類は滅亡の危機に瀕していた。
古の時代に、世界を護る存在である竜によって封じられた、邪悪なる魔王。それが目覚めかけ、眷属である魔族たちが世界の各地で暴れ回った。
その世界の危機を救った存在が、「聖剣」を持つ勇者と、「聖女」と呼ばれる女性。
2人の活躍によって、魔王は再び封印され、魔族たちの脅威は去ったとされている。
そして、オレの父マークこそが、その「聖剣」の勇者であった。
「お父様を…探しているのですか?」
「あぁ、そういうことになる」
レミィは目を丸くして、驚きの表情を浮かべている。まさかオレが実の父を探しているなど、予想もしていなかったのだろう。
「「聖剣」の勇者…竜剣士…」
少し呆けたように、オレが簡潔に説明したことを繰り返しているレミィ。さすがに、にわかには信じられなかったのかもしれない。
竜剣士という存在は確かに伝説ではあるが、一般的に広く知られているわけではない。そもそも、古の時代に竜が魔王を封印したという話も、お伽話として伝わっているものであり、事実だと知る人はほとんどいないのが現状だ。
しかしオレは、小さい頃から母さんに聞かされてきた。
父さんが邪悪な魔王と戦って、「聖女」と一緒にこれを封印したこと。
そして実際に、父さんの持つ竜の「聖剣」を見て、触れたこともあった。
ただならぬ気配を持つその剣の美しさに、目を奪われたのを覚えている。
「その…お父様は、いなくなってしまわれたのですか?」
「そうだ…2年くらい前にな」
邪悪なる魔族と戦うのが、「聖剣」の勇者の使命。その脅威が去った後も、父さんはたびたびどこかへ出掛けていった。だいたい年に数回。いつも数ヶ月ほどすれば帰ってきた。
詳しくは教えてくれなかったが、父さんは何者かと戦っていたのだと思う。帰ってくるたびに、どこかしら怪我をしていたから。
そんな父さんを、母さんはいつも心配そうにしていた。
家にいる間は、父さんはよくオレに剣を教えてくれた。といっても、オレは父さんのように剣の才能にはさほど恵まれなかったし、何より父さんは人にものを教えるのがあまり上手くない。
元傭兵だというラナの親父さんの方が、剣の先生としてはよほど優秀だと思った。
それでも、父さんに教えてもらうことそのものが嬉しかった。
「あの日、いつものように父さんは旅立っていったきり、帰ってこなかったんだ…」
最初の半年は、それほど心配はしていなかった。いつもより長引いているだけだろうと。
しかし1年が過ぎた頃、母さんの表情はどんどん暗くなっていった。
そして2年が経とうとした頃には、母さんはほとんど笑顔を見せなくなった。
あんな母さんを、オレはもう見ていられなかった。
「それで、ラナと一緒に父さんを探す旅に出たってわけさ」
「私も、ジュピターのご両親にはお世話になっていたから…」
「そうだったんですね…」
レミィは神妙な面持ちになっている。
もっと簡単に話すつもりが、つい重たい雰囲気になってしまった。
「な、なんか悪かったな…湿っぽい感じにしちゃって…」
今日会ったばかりの女の子に話すようなことではなかったと後悔する。
見れば、向かいに座るラナに軽く睨まれている気がした。
慌てて両手を振りつつ、場の雰囲気をなんとか和ませようとしたが…
「…必ず、見つけましょうね…」
「え…?」
レミィが小さく呟いた言葉。一瞬、何を言ったか分からずに間抜けな声を上げてしまった。
「ジュピター様のお父様は、きっとどこかで無事だと思います!」
顔を上げたレミィの表情は、とても力強いものだった。
両手で握り拳を作り、眉尻を上げてキリッとした顔立ちになっている。
「私にもぜひ、そのお手伝いをさせてください!」
大きく身を乗り出し、キラキラとした顔を近づけてくるレミィ。
さすがに近すぎる。視界いっぱいのあどけない少女の顔が広がった。
つい、オレの顔も熱くなる。
いや、オレはこんな年下の娘は好みではないのだが…。
「少し離れなさい…!」
そこにラナが強引に割って入る。わざわざ向かいの席からこっちに移動し、両腕をオレとレミィの間に差し込んできた。
言っている言葉はレミィに向けてのもののはずだが、なぜかオレに向けて怒ったような、冷たい視線を向けている。
「さっきも言ったように、まずはこっちを手伝って」
そう言って、ラナは改めてテーブルに置いた依頼書を指差した。
「そ、そうだな…まずは一緒に、冒険者としての仕事をやってみてからだ」
どうにもレミィは押しが強く、それでいて何の悪意もないから、つい流されてしまいそうになる。真っ直ぐで良い子なのは間違いないのだが…。
「わかりました! それで、どんなお仕事なんですか?」
「あ、あぁ…そうだな、えーと…なになに…」
オレは依頼書を手に取り、その内容に目を通した。
だが、読み込んでいくにつれ、オレの眉間にはどんどんシワが寄っていく。
「なぁ…ラナ…本当にコレに彼女を連れていくのか?」
「冒険者になるなら、こういう仕事は受けて当然でしょ」
たぶん、オレは苦虫でも噛み潰したような顔をしていただろう。
しかしラナは腕を組み、オレの無言の訴えを軽くあしらってしまう。
「そんなに大変なお仕事なんでしょうか…?」
「い、いや…大変というか…」
小首をかしげるレミィ。
確かに、冒険者ならこの手の仕事はやらなければならないだろう。
しかし、清潔感に溢れたこの娘を連れていくのは、少々抵抗がある内容だった。
「大丈夫です、どんなことでも、ジュピター様と一緒なら!」
相変わらずキラキラとした目を向けてくる。
本当、いったいオレの何に、「運命」とやらを感じたのか…。
「わかったよ…君に一緒にやって欲しい仕事だけど…」
一息つき、オレはレミィに向き直って言い放った。
「下水道探索だ」
──第4話に続く




