第36話 「明かされる真実」
陽が落ちる直前に、オレたちは帝国北の街へと戻ってきた。
ウィンディさんが気を失った4人を運んだ方法は、オレの予想を大きく超えていた。
なんと彼女は精霊魔術の1つ、風の魔術を用いて4人を運んでいったのである。
小さな旋風のようなものが巻き起こり、ラナたちの身体を浮き上がらせる様子を見て、オレは素直に驚いてしまった。
自由度の高い魔術と言えば言語魔術だと思っていたが、その認識を少し改める必要があると思ったものだ。
途中、ラナとエーゼルが目を覚ましたので、それぞれにレミィとグリフェルを運んでもらうことになったが。
「とりあえず、無事に帰って来れたな…」
魔力はほとんど空で、体力的にも厳しかったが、なんとか山を降りることができて一安心した。
しかし、オレたちの中に漂う空気は、少々不穏な雰囲気を醸し出している。
山を降りる間、ウィンディさんはほとんど口を開かなかった。
目を覚ましたラナとエーゼルにある程度事情を話し、とにかく街を降りてから彼女の話を聞くということで落ち着いた。その際、エーゼルは何かを知っているような素振りを見せたが、その場で追及することはしなかった。
宿の一室を取り、その寝室にレミィとグリフェルを寝かせる。そしてオレとラナ、エーゼルの3人は、隣の部屋でウィンディさんからの話を聞くこととなった。
「じゃあ、聞かせてもらっていいですか、レミィのこと…」
「はい…」
ウィンディさんに対して、敵意を抱いているわけではない。ただ、レミィの事情を何か知っていて、それを隠していたことについて、やや不信感は芽生えていた。
ラナは少し前の、ウィンディさんが仲間に加わった頃のように、彼女に対して冷たい視線を向けている。元より、完全に信用していたわけではないのだろうが、今回の件でまた少し壁を作ってしまったようだ。
エーゼルだけは落ち着いた様子で、退屈そうに椅子に座りながら爪をいじっている。やはり、彼女も何か知っているということか。
「一応、前置きとして、私はレミィさんに…もちろん、みなさんにも危害を加えるつもりはありません」
ウィンディさんもまた、いつも通りの穏やかな口調。しかしその表情には、いつもの笑顔はない。細い目はそのままに、真剣な面持ちをしている。
「それはさすがに疑っていません。ただ、レミィについて何を知っているのか…そしてなぜ知っているのかを、教えて欲しいんです」
オレも努めて落ち着いた口調を作る。内心では、不安がないわけではない。しかし、焦りは禁物だと自分を律していた。
「分かりました…では、単刀直入にお答えしますね」
ウィンディさんはそう言って、一息置く。
そして、はっきりとした口調で言葉を紡いだ。
「レミィさんは「聖女」です。そして私は、彼女を守護するという使命を受けた、「竜の教団」の一員なのです」
その言葉の意味を理解するまで、オレは数秒の時間を要した──。
◇ ◇ ◇
かつて、「聖剣」の勇者であるオレの父さんと共に、魔王を封印したという存在、それが「聖女」だ。
1000年以上昔、伝説の竜と魔王による大戦があったのは有名なおとぎ話だ。
しかし父さんから聞いた話では、その大戦で竜は魔王を封印したが、力を使い果たして消滅してしまったらしい。
竜はいずれ、魔王の封印が弱まることを予見し、その魂の一部をこの世界に遺した。
それが「聖剣」と「聖女」というわけである。
邪悪な者を滅する力を持つ「聖剣」。
そして魔王に再度の封印を施す力を持つ「聖女」。
この2つが揃えば、強大な魔族にも対抗できたのだという。
「レミィが…「聖女」…?」
オレはウィンディさんの言葉と、父さんから聞いていた話を、頭の中で照合していった。しかし、驚きのせいで上手くまとまってはくれない。
隣に座るラナもまた、目を見開いていた。
「そして…ウィンディさんが「竜の教団」の一員…」
それもまた、父さんから聞いていた。
いつの時代から存在するのか定かではないが、古より竜を信仰し、世界の平和を志す組織。「聖女」や「聖剣」の勇者は、教団にとってみれば英雄のような存在である。
確かその本拠地は、魔術師たちの総本山である「塔」にあると聞いた。
そういえば、以前ヴァイパー辺境伯が話していたことを思い出す。
彼の弟、ウィンディさんの父親は「塔」にいるらしいということ。
その「塔」は「竜の教団」の本拠地。
そしてウィンディさんは教団の一員。
それらが1本の糸で繋がった。
「そうか…だとすれば、やはりウィンディさんは「塔」から来たんですね」
「えぇ、私は教団の幹部である父の指示により、王都へと赴きました」
そう言って彼女が見せてくれたのは、金色の腕輪。魔術師であるオレには一目で分かったが、それは魔装具の一種に間違いなかった。
その腕輪に込められた魔術によって、「塔」から王都まで一気に移動してきたと、ウィンディさんは話してくれた。
「レミィさんが「聖女」であるかを見極め、そうであれば彼女を守護する…それが目的でした」
「そして実際に、あの子は「聖女」だったわけよね」
ニヤニヤした表情でエーゼルが続ける。
「エーゼルは、ウィンディさんのことを知ってたのか?」
「まぁねー」
どういう経緯で知ったのかは知らないが、さすが抜け目のない女である。
「…なぜ、それを黙っていたの?」
そう静かな口調で話したのはラナだ。ウィンディさんの素性を知れて、ある程度は納得したらしく、その表情は幾分か柔らかくなっている。
「レミィさんを、特別視して欲しくなかったから…ですね」
「どういう意味です?」
その言葉の真意が分からず、オレは首を傾げた。
「「聖女」は、人であって人ならざるもの…もし周囲の人が彼女の正体を知ったら、大なり小なり、普通の人として接するのは難しくなってしまうでしょう…」
そんなことはない。レミィは仲間だ。正体が何であれ、これまで通りに接することができる。
そう言いたかったが、オレの中の冷静なオレが、その言葉を口にすることを制止していた。
エーゼルが半魔と知った時とはまた事情が違う。「聖女」は魔王を封印する力を持つ、まさに特別な存在。どうしても色眼鏡で見てしまうのは避けられない。
そこで、1つの疑問が生まれた。
「待ってください。魔王はもう封印されたはず…いまさら「聖女」に、役目なんてないんじゃ…」
そう、魔王の脅威はすでに去っている。「聖女」が戦うべき相手はもういないはずだ。
「魔王だけが、「聖女」の敵とは限りません。現に、「聖剣」の勇者であるマークさんは、魔族のいない中でも戦い続けていましたし」
ウィンディさんは落ち着いた口調で返答した。
確かにその通りだ。父さんはずっと、何かと戦い続けていた。世界を脅かす存在は、魔王だけではないということか。
「それに、ジュピターくんは気付いているんじゃないですか?」
「な、何にです…?」
不意に、ウィンディさんの緑の瞳がオレを映す。
「レミィさんの力によって、貴方の魔術は変異し、怪物を人間へと戻した…ということに」
やはりそうなるか。
レミィの声を聞いて、オレの魔術は確かにその効果を変えた。その結果、国境の街で戦った巨大な怪物、そしてグリフェルも、人間に戻れたということだろう。
だとすれば…
「もしかして、「大魔の種」というのは…」
「魔族由来の品って可能性が出てきたわね」
エーゼルが険しい表情を浮かべる。
レミィの「聖女」の力がその効果を発揮したということは、怪物たちは魔族に準ずるものという可能性が出てくる。つまり、「大魔の種」もまた、魔族が関わっているかもしれないということ。
「そうか、だから父さんはそれを追っていたのか…」
「かもしれませんね」
ここに来て、また話が進んだ気がした。父さんが「大魔の種」を追っていたのは、単に危険な物だからというわけではない。
魔族が関わっているのだとすれば、「聖剣」の勇者として当然のことだ。
また一歩、父さんに近付いた。そんな気がして、オレの心は再び高揚していた。
と、その時…
「そう…だったんですね…」
オレたち4人が一斉に振り向く。
その視線の先。
静かに佇む、淡い金髪の少女の姿があった──。
──第37話に続く




